古くから伝わるヨガの考え方を学びなおそう
ヨガマットに初めて乗った時から、深呼吸の方法をプラクティスし、早朝に座り、ろうそくの炎を見つめ、個人の光をより大きな光の領域に結び付け始める。完全に新しい生活を始めるのだ。習慣で動くのではなく、能力の幅を広げ、自分たちにとって本当に良いことを知り始める。見られるのではなく、むしろ見る人になる。かつての『サンスカーラ』が突然現れたら、その習慣に縛られてはいないということだ。すべての存在、形、生き物、エネルギー、可能性の領域を一つにすること関わる。これこそが行おうとしていたことで、ヨギは一体化されたと感じる。心よりもむしろ『プルシャ』が主導する。これまでに聞いたことがあるはず ― 「心に従いなさい」。「魂の決めるままに」。神話学者のジョゼフ・キャンベルが作ったフレーズの「至福に従いなさい」。これはとても重要なことなので、何度も耳にすることがある。でも私たちは、心は忠実なしもべでありながら、ひどい主人でもあることを忘れている。ヨガのすべての動きと呼吸が、私たちを不思議な力、神秘や神の遺産に満ちた共鳴場の『プルシャ』にもう一歩近付けてくれる。
愛、呼吸と変革
最後に、ヨガはさまざまな関係、生気の回復、宇宙との関係を育むことへの祈りだ。愛ある関係と毎日の習慣は、解放された状態の非常に重要な部分だ。何千年もの間、私たちの祖先は、夜明けと共に起き、ランプをつけて水を注ぐという儀式を行い、最初と最後の呼吸の儀式を行った。あらゆる形のヨガは愛、人生や死に関する深い瞑想を引き起こす呼吸の意識を教え、こうして一つの特性を確立していく。すべてのプラクティスで最初と最後の呼吸を見ることで、意識、潜在意識、超意識状態の層を貫き、視点を再構築することができる。この開かれた新生面は『サマーディ』と呼ばれる。『サマーディ』では、束縛、『カルマ』の重荷、苦しみや痛みから解放される。私たちは時空と因果関係の限界を超越する。私たちは自由にヴルクシャーサナ(木のポーズ)で立ち、木になり、木に登り、それどころか空中浮揚することもあり得るのだ。
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