「一人でいることを愛する」人々の物語を描く漫画家が語る【一人は「寂しい・孤独」ではない理由】

 『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より

「一人でいること」にどのようなイメージを持ちますか。寂しい・孤独・人として劣っているなど、マイナスのイメージを向けられることは少なくありません。『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)では、登場人物がそれぞれ一人でいることを楽しんだり、「一人でいること」に対する思い込みや偏見に対するモヤモヤを共有したりする様子が描かれています。男女二元論や恋愛や結婚への考え方など、“普通”とされていることを問う内容も。作者の中村あいさつさんも“当たり前”にとらわれたり、人の顔色をうかがうクセに悩んだりした経験があると言います。詳しくお話を伺いました。

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「恋愛や結婚をしない方が劣っている」という思い込み

本作では「一人でいることが好き」にも色々な側面があることが描かれています。

ネイリストとして働く心(ここ)は、仕事好きの26歳。現状で幸せであり、恋人はいらないと思っているものの、ギャル系ファッションという外見から勝手にイメージを持たれ「強がり」「こじらせ」と判断されて悩んでいます。友人に結婚の良いところを聞いたところ、なぜか仕事が好きなことをけなされる場面も。

「作中で登場人物たちがモヤモヤしていることは、人から言われたこともありますし、自分でも思っていたこともあります。『結婚するかしないかだったら、した方がいい』『子どももいた方がいい』といった風潮はありますし、『一人より二人の方が幸せ』といったフレーズも一般的に存在します。それらを素直に受け取っていたので、その囚われから抜け出すのが大変でした」(中村さん)

漫画
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より

当太朗(あたろう)は整った容姿を持った28歳の男性。とにかく「モテる」人生を送ってきました。モテるから素敵な生活を送っているというわけではなく、付きまといや勝手に声を録音されるなどの行為に悩み、人に対する恐怖心、特に女性への警戒心が強いのです。

男性が女性から好意を持たれることは、一義的にポジティブなことと捉えられがちで、悩んでいても「モテるからいいじゃん」「自慢?」など真剣に受け取られないことも珍しくありません。

「大学時代のバイト先に、当太朗くんのように顔が整っていて背が高くて、モテる男性がいました。お客さんに連絡先を渡されることも多く、付きまとい行為もあって大変そうで。

体格的には男性の方が大きくて取っ組み合いになっても勝てるだろうとは思います。でも、待ち伏せされて、仮に暗がりで相手が凶器を持っていることを想像したら……。そういう恐怖心に性別は関係ないと思いました」(中村さん)

当太朗はモテるだけでなく、人からの要求を断れなくて悩みます。バウンダリー(心理的境界線)が上手く引けず、相手を優先し、自分の気持ちを犠牲にしてしまうのです。

「私自身も以前は相手の顔色をうかがって、目の前の人の機嫌が悪くならないように行動しがちでした。なんでこんなにつらいんだろうと思っていたところ、バウンダリーという言葉に出会い、変えられることもわかって、今は大分改善できました」(中村さん)

漫画
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より

本作には「一人でいることを好きになりたい人」も登場します。風実香は恋人が途切れることのない人生でしたが、29歳の誕生日に恋人にフラれてしまい「30歳」という区切りが近いことからも焦ります。そんなとき『Barソリチュード』の存在を知ります。最初は「一人が好き」の意味が理解できないものの、「仕事をする意味」「自分にとっての幸せ」に向き合い始めたとき、本当に恋人がいた生活が幸せだったか疑問を持ち始めます。

「風実香ちゃんのように『一人でいることを好きになりたい』と思っている人は、本当に一人でいたいか自分に問うことも大切だと思います。周りを見ていても、一人でいることが向いている人と向いていない人はいると思うんです。一人になりたいのではなく、関係が近い人との付き合いや、その関係性にいる自分が嫌な場合もあります。

一人になることを選択するのではなく、人といるために今の状況を改善する方が向いている人もいると思います。一人にならなきゃいけないわけではないので、たとえば急に恋人と別れるのではなく、会う回数を減らしてみるとか、家族からの食事の誘いを断ってみるとか、一人で過ごしたらどうなるかを試してみるのもいいのかなと思います」(中村さん)

漫画
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より

婚活をやめてすごく楽になった

振り返ると、小さい頃から比較的一人でいることを好んでいたという中村さん。とはいえ、明確に意識したのはここ3年ほどという。

「3、4年ほど前に婚活をしていたものの行き詰まってしまって。作品では心ちゃんが婚活する様子を描いていますが、私の実体験をベースにしています。私も心ちゃんのように実際にやってみないと気が済まないという思いが強くて。

同時に自分の望む生き方が『結婚』という型には合わないことには薄々気づいていたので、諦めるきっかけとして結婚相談所に入った部分もあります。お金がかかりますし労力も必要なので、そこまでやりきったら諦めがつきますし、人に説明するときもわかりやすい。

実際に婚活を続けていくのはしんどかったです。たとえばお見合い相手に、自分はフリーランスであるし、子どもを産んでも働き続けたいから育休は取れるなら取ってほしいと思っていることを伝えていました。最初は『自立していていいですね』と言われるものの、話が進むと『自分の思っている結婚観とは違う』という反応が多かったです。私が会った方は、働いていてほしいけれども、家庭のことは多めにやっていてほしいという人が多くて、それだと私が望む生き方はできないので結婚できないと思いました。そういったこともあって、一人の方が好きだという気持ちがじわじわと確信に変わっていきました」(中村さん)

婚活をやめると決めたときの心境については「すごく楽になりました」と振り返ります。

「病気や災害、金銭面で一人だと不安という意見も聞くのですが、私は共感できなくて。どちらかというと、子どもがいたらお金を貯めなきゃいけないですし、パートナーがいれば、お互いに病気になって働けなくなったときに養う必要性があることの方が不安でした。一人でいるなら、誰かに迷惑をかけることも、誰かの何かを背負うこともない。老後については、自分で調べて備えればなんとかやっていけるだろうと思いました。

ただ、友達を増やそうとは思いました。パートナーを一人決めてその人と支え合ったり、大事なことを相談し合ったりする必要性は感じないのですが、常に一人が好きなわけではなく、人と話すのも好きでして。程よい距離感の友人は欲しくて、実際に自分と考え方の近い方が複数人いて、定期的に遊びに行っています」(中村さん)

結婚しても子どもがいても「一人の時間」が必要な人はいる

実生活では「一人が好き」という人にはなかなか遭遇しないという中村さん。作品には賛同の声が多数集まり「ネットを介すると、たくさんの人に共感してもらえることが嬉しかったです」と話します。

「漫画を用いて、パートナーに一人でいることが好きなことを上手く伝えられたというお話を伺いました。そのカップルは『ソリチュード』という考え方を結婚式のテーマにしたそうです。作中にも描いているのですが、日本語の『孤独』は他者がいなくて寂しいことを意味していて、それは英訳すると『ロンリネス』です。一方、ソリチュードは『孤独』という訳ではあるものの『一人でいることの自由さを歓迎する』という意味があります。

作品には未婚のキャラクターばかり登場しているのですが、独身の方だけに向けて描いたつもりはなくて。結婚していても、子どもがいても、一人の時間が必要な方はいらっしゃると思うんです。だから結婚という選択をした方にも『ソリチュード』の意味が届いていて嬉しいです」(中村さん)

漫画
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)より

好きなことを描くため、自分のこだわりを貫いた

2023年3月21日にソリチュードの第1話をX(旧Twitter)に投稿した際には、大きな注目を集め、10月時点で約1.5万リポスト、約4.5万いいねを集めています。印象的なのは、20誌に持ち込みしたものの企画が通らなかったというエピソード。その背景についてもお話しいただきました。

「周囲からの抑圧などつらい部分を描いて、対比を出した方が一人でいることの楽しさも伝わるのではないかと提案してくださる編集者さんは多くて。確かに『葛藤を乗り越えて幸せになる』という流れは漫画のスタンダードな形式ではあるのですが、悲しい側面を描きたくなくて、そこは譲れない部分でした。

実は内容よりも形式的な条件の方が合わない部分が多くて。絶対にカラーで描きたくて、かつ週1回更新で連載したかったんです。書籍化を踏まえるとカラーだと値段が上がってしまうので、白黒で描いてほしいとも言われました。更新頻度も隔週か月1でしか対応していないと言われることも多かったです。

以前連載していた作品が完結したとき、一度好きなことを描きたいという思いがありました。自分のこだわりを貫いて、KADOKAWAさんにて望む条件で描くことができ、結果的に99%好きなことを描けて、やりきることができました」(中村さん)

『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)
『ソリチュード ひとりを愛する人が集まるバー』(KADOKAWA)


【プロフィール】
中村あいさつ(なかむら・あいさつ)

漫画家。過去作に『サンクチュアリ』(Kindleにて配信中)、『死逢わせサポートセンター』(GANMA!)電子書籍全9巻、『マワルあすたりすく!』。

■X(旧Twitter):@n_aisatsu
■Instagram:@n.aisatsu

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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