「極端な生き方・極端な行動から見えてきたこと」画家・フランキー・スィーヒさんの笑顔の元にあるものとは

Azusa Hasegawa

「極端な生き方・極端な行動から見えてきたこと」画家・フランキー・スィーヒさんの笑顔の元にあるものとは

関早保子
関早保子
2018-08-11

自分の心の声に向き合うことは、簡単なようでいて難しい。「本当にやりたいことって何?」私たちは、自分の心の声を無視して、日々をサバイブすることに慣れている。だけど、そんなあなたは心の底から笑えているだろうか? 本連載ではインタビュー形式で、笑顔が素敵な女性たちの「笑顔のきっかけ」を探っていく。彼女たちにとって、笑顔にさせてくれるコトって何だろう? どうやってそれを見つけたのだろう? そして、それを始めたときの「はじめの一歩」って?

「インスピレーションを与える存在になりたい」フランキー・スィーヒさんインタビュー【わたしの、はじめの一歩】#08

連載8回目は、画家のフランキー・スィーヒさん。テラスハウスに出演して一気に画家としての知名度を上げ、その才能を世に知らしめた彼女。カラフルな作品からもイメージされる明るい笑顔の元にあるものとは。

――幼い頃から絵を描くことは好きだったのですか?
「そうですね。絵を描くこと、物を作ることが大好きな子でした。おそらく絵を描き始めたのは3歳で、職業にしたいと思ったのは小学校1年生の頃だったと思います。学校で将来の夢を聞かれたら『絵の道に進みたい』と言っていました。そして進学について真剣に考えるようになり、NYの美大に行くことなど、少しずつ具体的にしていきました。」

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Photo by Azusa Hasegawa

――小学校1年生の頃からの夢を叶えたわけですね。NYの大学に進んだことで、いよいよ夢に向かって順調に走り出したのでしょうか。
「いざ大学に行ってみると、大変なことだらけでした。全く順調な走り出しではなかったですね。辛口な先生たちの言葉に、絵が描けなくなるくらい落ち込むことが何度もありました。もう筆を止めた方が良い、絵を描くことは向いていないと言われて、私という存在そのものを否定されている気持ちになってしまいました。今思うと、もう少し気楽にできたら良かったのかもしれませんが、プライドが高く完璧主義者の私は、中途半端なものは見せたくないと思ってしまって。周りの目線が気になり、受け入れられたいと思いすぎてしまい、描けなくなってしまいました。そうすると人と話ができなくなり、とても暗い日々でしたね」

――どうやって立ち直ることができたのでしょうか。
「描き続けていたら、絶対にどこかで誰かが見てくれるだろうと、自分を何度も奮い立たせました。立ち直ったと言うよりは、続けてさえいれば何とかなるだろうという思いだけで、どうにか立ち向かっていました」

――その頃の絵は今も取ってありますか?
「その頃の絵も含め、3歳の頃からの絵をすべて保管してあります。ふと見返すこともあるんです。その時の自分の気持ちは言葉でも書いているので、たまに両方を見返して『ふーん…』って(笑)。今は今で、違う悩みがあります。どんなライフステージにおいても、悩みはつきもの。だから昔の悩みを見ながら開き直ったりしますね」

Text by Sahoko Seki
Photos by Azusa Hasegawa

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