前歯が欠けて思った「"美しい"って、"醜い"って何だろう?」|チョーヒカルの#とびきり自分論
誰かが決めた女性らしさとか、女の幸せとか、価値とか常識とか正解とか…そんな手垢にまみれたものより、もっともっと大事にすべきものはたくさんあるはず。人間の身体をキャンバスに描くリアルなペイントなどで知られる若手作家チョーヒカル(趙燁)さんが綴る、自分らしく生きていくための言葉。
前歯が折れた。いや、冗談ではなく、おそらく歯の中で一番の看板娘であろう左の前歯が、ニューヨークの自宅のリビングで親と電話をしながら水を飲んだ瞬間にパキッと軽快な音を立てて取れたのだ。え!?と動揺しながら鏡を見にトイレに駆け込むと、そこに移っていたのはレレレのおじさんを彷彿とさせる素っ頓狂な顔だった。
どうでもいい補足だが、実はこの前歯は虫歯によってとうの昔に神経が抜かれ、伽藍堂のゾンビ歯になっていた。ゾンビ歯は経年でどんどん粘土のような色に変色していく。ある時点でそれが耐えられなくなり、私は日本の歯医者でゾンビを小さく削ってセラミックのクラウンを被せてもらっていたのだ。そして神経がない故に弱りきっていたゾンビの体がとうとう根を上げて、クラウンごと折れた。
アメリカに対してよくされる批判に健康保険についてのものがある。国が一括で管理していないため健康保険の制度がとっても面倒なのだ。保険会社によって治療を受けられる病院が違ったり、そもそも歯科の治療はカバーしてくれない保険が多い。保険のないまま歯医者に行くとなんと初診が4万円近くしたり、抜歯が15万したりする。そんなことでメソメソしても仕方がないのでとりあえず休日営業をしている歯医者へ。医者が口を覗き込みながら明らかに訝しい顔をしていて不安になる。
「歯がかなり根本から折れているので新しいクラウンを被せる処置ができません」
「あ、あれま…」
「なので基本的にはインプラントしかないですね」
「インプラントってあの、金属のネジみたいなのを歯にぶちこむやつですか…」
身体中の血がさっとひく。悲しいというわけではないが体が動揺して涙が出そうだ。
インプラントにしないといけないだけでなく、どうやら噛み合わせが悪いとかで矯正もしないといけないとか。
「全部やるといくらかかるんでしょうか…?」
「これと、これと、このプランで、計15200ドルですね」
150万円。
150万!?
歯一本に150万ってどう言う価値観ですか??車ですか???
エンジンもなにもついてない1センチ程度の白い塊が!?150万ですか???
高すぎる値段に飛び出た目玉を歯医者の床から拾い上げて「考えさせてください…」と私はレレレのおじさんのまま帰宅した。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
AUTHOR
チョーヒカル
1993年東京都生まれ。2016年に武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、衣服やCDジャケットのデザイン、イラストレーション、立体、映像作品なども手がける。アムネスティ・インターナショナルや企業などとのコラボレーション多数。国内外で個展も開催。著書に『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』『ストレンジ・ファニー・ラブ』『絶滅生物図誌』『じゃない!』がある。
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