自分の中にたぎる「嫉妬の炎」と向き合った時の話|チョーヒカル連載#とびきり自分論

Cho-Hikaru

自分の中にたぎる「嫉妬の炎」と向き合った時の話|チョーヒカル連載#とびきり自分論

誰かが決めた女性らしさとか、女の幸せとか、価値とか常識とか正解とか…そんな手垢にまみれたものより、もっともっと大事にすべきものはたくさんあるはず。人間の身体をキャンバスに描くリアルなペイントなどで知られる若手作家チョーヒカル(趙燁)さんが綴る、自分らしく生きていくための言葉。

助けてください!嫉妬で丸焦げになりそうです!!

嫉妬の炎とはよく言ったもので、嫉妬に悶えている時って本当に体が燃えているみたいな苦しさがある。考えても仕方がない、時間の無駄、そんなことを現在進行形で体が燃え上がっている人に言っても仕方がないだろう。燃えているんですよ、こっちは。

別に誰かがバズっているとかお金を稼いでいるとかはどうでもいい。ただ本物の才能を目にしてしまった時は嫉妬の業火が燃え盛る奈落の底に落ちてしまう。年が近い(もしくは若い)なら尚更だ。そして最近私はだいぶ黒焦げである。なぜなら、個人的に知っている人が世間からも業界からもバンバン注目をされているからだ。なにくそ!という気持ちで彼女の仕事を見に行って、必死に粗探しをしてみたりする。いや綺麗なだけじゃん、中身がない、ここが粗い…そしてふと我に帰ってそんな自分の浅ましい姿に死にたくなる。彼女は成功して当たり前なのだ。だって、彼女はホンモノだ。才能があり、謙虚で、研究家気質もあり、コツコツと重ねてきた努力が少しずつ認められ、頂点までの道が真っ直ぐ見えた、今そんなところに彼女は立っている(ように見える)。

一方私は一瞬のバズりで成り上がり、そこからはものすごく良いものを残すこともなく、緩やかな下り坂を嘲笑されながらゆっくり降りている(ような気がする)。これが本物と偽物の差なのだろうか。私が突然仕事をたくさんするようになった時、色々な知り合いから嫌なことを言われたけれど、彼らは今「やはりあいつは偽物だった」とニコニコしているのだろうか。そう思ったら吐き気がした。目から吐瀉物の涙が出てきそうだ。そしてこの自分の足りなさ、自信の無さこそがいつだって嫉妬の大元なのだ。多分この気持ちが客観視できないほど醜くなった時、攻撃に出てしまうのだろう。自分の醜さを認めるより相手を責める方がマシだと思ってしまった時、人はひどいコメントを残したり口汚く罵ったりしてしまうのだろう。

さて、ではどうしたらいいのか。どう鎮火したらいいのか。自分の精神を殴ってゲロの涙を流すか他人を殴るかしか選択肢がないなんで酷すぎる。藁にもすがる思いでgoogle先生に聞いてみたら謎の占いサイトに誘導された。そうじゃないんだよ。よくわからない女のストックイメージと一緒に「嫉妬は疲れるだけ!嫉妬深いあなたの傾向5選!」とか書かれたうっすい記事を読んでも意味ないんだよ。あとなんで写真いつも女なんですか?嫉妬は性別関係ないぞ。

あまりにどうしたらいいか分からず、私は同じように物作りを生業としている友人にLINEをした。思ったままのことを長文でダラダラと送って、最後に「君も嫉妬する?」と聞いた。

「しない、フィールドが違うし。すごい人見ても別に自分と比べない。違う人だし。」

非常にフラットな正論。なんで私ばかり…と再度自己嫌悪サイクルが始まりそうになる

「でも今チョーさんのことを羨ましいなと思ったよ」

「え?私を?」

この嫉妬に醜く悶える真っ黒焦げの私をですか?皮肉かな??

「うん、だって、私にはもうそんなエネルギーないもん。チョーさんはまだやる気があるからそんなに嫉妬できるんだと思うよ、ちょっと羨ましい。」

その言葉に気づかされた。あ、まさか、私、まだ、戦う気でいるんだ。言い換えれば、それぐらい自分がすごいものを作れるポテンシャルがあると過信しているのだ。奢っているのだ。才能があると、心のどこかでは信じているのだ。なんだか急に自分のバイタリティに感心してしまった。私は27歳でまだこんなに自分を過信できてるんだ、すごいな。そうか、嫉妬心はバイタリティでもあったのか。

嫉妬心はバイタリティであるけれど、嫉妬心だけではなににもならない。それは美大受験時代に嫌というほど学んだ。嫉妬して負け惜しみを言っても、ただ醜いだけ。結局は前に進むしかない。それぞれの人が歩いている道は違って、歩く速さも違う。だから結局比べることができるのは自分だけなのだ。昔の自分と比べてどう成長したか、そんなところにしか見る意味はないのだ。嫉妬心が自分への希望なのだとしたら、嫉妬の炎が燃えなくなるのはそれはそれで寂しい気もしてきた。鎮火しなくてもいい、だけど、自分の身を焦すのではなく、その炎でやる気エンジンに着火してやれ!そのぐらいでいいのかもしれない。

ライター/趙燁(チョー ヒカル)

1993年東京都生まれ。2016年に武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、衣服やCDジャケットのデザイン、イラストレーション、立体、映像作品なども手がける。アムネスティ・インターナショナルや企業などとのコラボレーション多数。国内外で個展も開催。著書に『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』『ストレンジ・ファニー・ラブ』『絶滅生物図誌』『じゃない!』がある。twitterinstagramでも発信。

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