美しさは誰かと競うものなのか?プラスサイズ女性のビューティーコンテスト「Today's Woman」が教えてくれたこと
美しさとは、誰が、何を基準に決めるものなのだろうか。2021年から始まった、プラスサイズ女性のためのビューティーコンテスト「Today's Woman Plus Size Beauty Contest」。今年掲げたテーマは「I am ME〜私はわたし〜」。ステージに立った16人の女性たちが、自分自身と向き合い、葛藤の末に見つけた「私らしさ」を表現した。美しさを競うことの意味とは。そして、彼女たちがこの舞台で手にしたものとは。心揺さぶられた一日をレポートする。
「美しさ」を競い、順位をつけることに、どんな意味があるのだろう。
そもそも、美しさとは誰が、何を基準に決めるものなのか。容姿や体型によって人の価値が決まるわけではないのなら、ビューティーコンテストという形式そのものが、矛盾をはらんでいるようにも思える。
そんな問いに、ひとつの答えを示してくれたのが、プラスサイズ女性のためのビューティーコンテスト「Today's Woman Plus Size Beauty Contest」だった。
今年で6年目を迎えた同コンテスト。2026年のテーマは、「I AM ME〜私はわたし〜」。
ステージに立った16人のファイナリストたちが見せてくれたのは、単なる華やかなドレス姿や美しいウォーキングだけではない。それぞれが自分自身と向き合い、葛藤し、見つけ出した「私」という存在そのものだった。
「今の自分」を肯定するためのビューティーコンテスト
Today's Womanを創設したファウンダー/CEOを務めるスティーブン・ヘインズ氏は、コンテストに込めた思いをこう表現している。
「もし自分が太り過ぎだと感じるなら、変わりたいと思っても構いません。でも、今の自分が心地いいなら、変わるべきではありません。自分に対して心地よさを感じること、それが美しさなのです」
Today's Womanにおける「プラスサイズ」とは、単に身体のサイズを指す言葉ではない。それは、自分自身の生き方を魅せること。そして、どんな体型であっても、自分の美しさを理解し、それを謳歌する権利があるという考え方だ。
コンテストが掲げる理念は「DISCO」。Diversity(多様性)、Independent(自立)、Smile(笑顔)、Confidence(自信)、Opportunity(機会)の頭文字から生まれた言葉である。
大切なのは、他人が決めた美しさの基準に近づくことではなく、自分が自分であることに誇りを持つこと。
そして、そのために必要なのは、ただ「ありのままでいい」と自分に言い聞かせることだけではない。
Today's Womanのファイナリストたちは、コンテスト当日までにさまざまなワークショップやレッスンを重ねる。ウォーキングやスピーチといった表現の技術を磨く一方で、自分の長所や苦手なこと、これまでの人生や価値観と向き合い、「私らしさとは何か」を掘り下げていく。
そうして見つけた答えを、自分自身の言葉と身体で表現するのが、コンテスト当日のステージなのだ。
今年、その舞台となったのは銀座のディスコクラブ。コンテストの理念「DISCO」を体現するかのような華やかな空間で、16人のファイナリストたちが、それぞれの「私らしさ」を披露した。
「どうせ私なんて」から「私は私」へ。16人が語った、それぞれの物語
ファイナリストは16人。ソフィスティケイテッドクラスは39歳以下、エレガントクラスは40歳以上と、2つのクラスがあり、それぞれのステージでウォーキングとスピーチを披露する。
華やかな衣装をまとい、笑顔でランウェイを歩く女性たち。しかし、マイクを握った彼女たちの口から語られたのは、決して華やかな経験ばかりではなかった。
「どうせ私なんて」「私なんか」。そんな言葉が自分の中で大きくなり、周囲の人たちの愛情さえ受け取れなくなっていたという女性は、Today's Womanへの挑戦を通して、あることに気づいたと話した。
自信とは、自分ひとりの力で生み出すものではなく、自分を信じて応援してくれる人たちの思いや言葉を、自分自身が信じることでもあるのだと。
幼い頃に容姿を理由としたつらい経験をした女性は、大好きなピンクや花柄に身を包み、「プラスサイズのプリンセス」としてステージに立った。細くて可愛いプリンセスだけではなく、いろいろな姿のプリンセスがいてもいい。自分の存在が、誰かにとって夢を諦める理由ではなく、夢を見てもいいと思える理由になってほしい。そんな願いを語った。
自身がレズビアンであることを公表した女性は、セクシュアリティや体型を理由に、いわゆる「普通の幸せ」を手に入れられないのではないかと感じた経験を明かし、「普通って何でしょう」と問いかけた。
娘には「ありのままの自分を信じて」と伝えながら、自分自身を愛することには臆病だったという女性もいた。誰かの役に立つことでしか自分の価値を感じられず、完璧であろうとして感情を抑えてきた。それでも、これからは未完成な自分も大切にしたいと語った。
そして、長年「八百屋のさっちゃん」として親しまれ、家族や仕事のために生きてきた女性は、50代になってから、自分が本当に好きなものを探し始めたという。可愛い服も、メイクも、おしゃれも楽しみたい。そんな自分を見つけ、今の自分が大好きだと笑顔を見せた。
ほかにも、年齢を理由に挑戦を諦めないと決めた人、失敗や不安さえ自分の魅力として受け入れようとする人、誰かに助けを求めることで初めて自分の弱さを肯定できた人。
16人のスピーチに共通していたのは、必ずしも「私は自分が大好きです」という完成された自己肯定ではなかった。
むしろ、まだ自信がないこと、傷ついてきたこと、今も迷っていること。そうした弱さも含めて「これが私です」と差し出す勇気だったように思う。
ライバルであり、自分を信じるための仲間でもある
ウォーキングとスピーチによる一次審査を経て、ファイナリストは8人に絞られる。その後、審査員との質疑応答を経て、各クラスのクイーンが選ばれる。
今年、ソフィスティケイテッドクラスのクイーンに輝いたのはSuuu(スー)さん。エレガントクラスのクイーンにはChiaki Yamamotoさんが選ばれた。
結果発表を待つ最後の2人が、互いの手を握り合う姿。そして、クイーンの名前が呼ばれた瞬間、抱き合う姿が印象的だった。
コンテストである以上、そこには審査があり、結果がある。
けれども、彼女たちを見ていると、誰かに勝つことが目的なのではないと感じる。
ステージに立つまでの努力を知り、互いの弱さや葛藤を知り、成長を間近で見守ってきたからこそ、相手の成功を自分のことのように喜べるのではないだろうか。
そのことを強く感じさせてくれたのが、歴代クイーンたちの存在だった。
客席からファイナリストを見守る彼女たちのまなざしは、驚くほどあたたかい。スピーチに耳を傾けながら、時折、目に涙を浮かべる姿もあった。
そこにあったのは、過去の受賞者が新しい挑戦者を評価するという関係ではなく、同じ経験を通して結ばれた仲間同士の深い共感だった。
「自分の美しさを信じる機会」を取り戻すために
審査の後、2025年のクイーンたちがファイナルスピーチを行ったが、そこでエレガントクラスのクイーン、Yasukoさんが話していたことが忘れられない。
Yasukoさんは、プラスサイズ女性は自分の美しさを信じる機会を奪われてきたのではないか、という問題意識を語った。
また、自身の経験を振り返り、Today's Womanは単に「ありのままの自分」でステージに立てばいいコンテストではなかったと話した。
自分の苦手なことに向き合い、得意なことを仲間と分かち合いながら、ともに成長していく。その過程で、これまで自分の中にしまい込んできたコンプレックスや、本当はやってみたかったことにも向き合うことになったという。
自分と向き合うことは、時に苦しい。けれども、その苦しさを一緒に引き受け、支えてくれる仲間がいた。
Yasukoさんがクイーンという称号以上に得たものは、自分自身の可能性を信じること、そして仲間たちの可能性を信じることだったという。
この言葉を聞いて、Today's Womanが目指しているものが、少しわかった気がした。
私たちは、一人ひとりがかけがえのない存在だ。けれども、そのことを自分自身で信じられる人は、どれほどいるだろう。ましてや、社会の中で繰り返し「こうあるべき」という美しさの基準を突きつけられてきた女性たちにとって、自分自身の美しさを肯定することは、決して簡単なことではない。だからこそ、自分の美しさを自分で見つけ、それを自分の言葉で表現し、誰かに受け止めてもらう経験には、大きな意味がある。
それは、他人に美しいと認めてもらうための行為ではなく、自分自身の美しさを、自分の手に取り戻すための行為なのかもしれない。
美しさを競うのではなく、自分らしさを証明する場所
正直に言えば、これまでは、美しさに順位をつけることの意味がよくわからなかった。
誰もがそれぞれに美しいのなら、あえて優劣を決める必要があるのだろうか、と。
けれども、Today's Womanを見て、その考えが変わった。
コンテストという目標があるからこそ、人は自分自身と真剣に向き合い、苦手なことにも挑戦し、なりたい自分に向かって努力する。そして、同じ目標に向かって努力してきた仲間だからこそ、その挑戦を心から称え合うことができる。
ここで問われているBeautyとは、造形的な美しさだけではない。
その人が、その人らしく在ること。自分の人生を引き受け、自分の可能性を信じ、自分という存在を誇りを持って表現すること。
Today's Womanは、そのための舞台なのだと思う。
もちろん、クイーンに選ばれるのは限られた人だけだ。けれども、ステージに立った16人が、自分自身の言葉で「私は私」と語ったことの価値は、順位によって変わるものではない。
コンテストの最後には、出場者も、歴代クイーンも、スタッフも、応援に駆けつけた観客も、一緒になって踊っていた。そこには、勝者と敗者という境界も、誰かが決めた美しさの序列も感じられなかった。ただ、それぞれに違う人生を歩んできた人たちが、互いの存在を祝福していた。
踊る観客たちの中で、健闘を称え合ったファイナリスト同士の会話が聞こえてきた。ーー「これで終わりじゃない。ここから始まるんだって、そう思ってる」。その力強く逞しい言葉から、ファイナリストたちにとってToday's Womanがどんな場所なのかを表していると感じた。
「I AM ME〜私はわたし〜」。
それは、ひとりで自分に言い聞かせる言葉ではなく、誰かに受け止められ、誰かの「私」を受け止めることで、少しずつ確かなものになっていく言葉なのかもしれない。
美しさは、誰かと比べて証明するものではない。
自分の中にすでにある美しさに気づき、それを世界に向けて、自分の言葉で解き放つ。
Today's Womanは、そんな瞬間を祝福する場所だった。
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