「なぜ伝わらないのか」がわかれば関係は変わる。ADHD当事者が夫婦で実践している工夫【経験談】

『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)より
『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)より

ADHDの当事者である、はなゆいさんが「パートナー側」の視点から話を聞いたことで見えてきたものとは——。『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)の制作を通じて得た気づきや、ご自身の夫婦間で実践している工夫、そして同じ悩みを抱える人におすすめしたい自助会の魅力について伺いました。「相手を変える」のではなく「仕組みでカバーする」という発想が、日々の暮らしを少し楽にしてくれるかもしれません。

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パートナー側にインタビューして得た気づき

——前作『ただのぽんこつ母さんだと思っていたらADHDグレーでした。』では、はなゆいさん自身がADHDグレーと描かれていましたが、本作を描く中での新たな発見はありましたか?

ADHDに関する本はこれまでずっと読み続けているので、細かな発見自体は日常的にあります。

ただ、今回いちばん大きかったのは、ADHDの当事者ではなく、その周りにいる人たちに焦点を当てたことで得られた気づきでした。とくに印象的だったのは、ADHDの夫と妻、両方の立場から実際に話を聞けたことです。

たとえば、忘れ物や遅刻、軽はずみな発言といった、いわゆるADHD特有のミスについて、私は当事者側なため、それが起きても、「なぜそうなってしまうのか」がある程度想像できてしまうので、「そういうものだよね」「仕方ないよね」と受け止めてしまうところがあります。けれど、ADHDを知らない、あるいは理解する前の人は、同じ出来事をまったく違う風に受け取ります。

「怠けているのでは」「大切にされていないのでは」そう感じてしまうことも、決して珍しくありません。受け取り方が違えば、そこから湧き上がる感情も変わってきます。

この“受け取り方の違い”は、当事者だけではなかなか気づけない部分で、実際にパートナーの方々にインタビューして初めて、「ああ、こんなふうに感じていたんだ……」と、何度も驚かされました。同時にそれは、私自身の行動が、相手にどんな影響を与えていたのかを知る、とても貴重な機会でもありました。

——はなゆいさんは、翔太さん(ADHDの夫)と結衣さん(ADHDの夫との関係に悩む妻)、それぞれの立場や視点について、共感する部分はありますか?批判的な気持ちになった部分もありますか?

翔太と結衣、それぞれの立場や視点については、どちらにも共感する部分があります。反対に、批判的な気持ちになることは、正直ほとんどありません。

まず翔太についてですが、彼の言動には、私はかなり共感しています。というより、昔の自分がそのまま重なって見える部分が多い、という感覚に近いです。

たとえば、ADHDだと認められず、それを指摘してくる相手に対して「そっちの方がおかしいんじゃないか」と感じてしまったり、頭の中に過去の批判的な言葉がいつまでも残って、イライラして八つ当たりしてしまったり……。そうした感覚は、かつての私自身そのものでした。

ただ、ADHDについて学び続ける中で、今はそう感じることはほとんどなくなっています。だからこそ、翔太に対して批判的な気持ちはなくて、むしろ批判されているのを見ると、少し悲しくなるくらいです。

一方で、結衣に対しては、母親として強く共感する部分があります。子育てでも、「子どものため」と思って自己犠牲をしすぎると、どうしても疲れてしまう。どこかのタイミングで、自分を大切にしながら、子どもとの時間も大切にする——そんな生き方のバランスを考える時期が、誰にでも訪れるのではないかと思っています。

結衣の場合、それが「夫との関係」だった。夫との関係を見つめ直すことを通して、自分の生き方そのものを問い直していく。その過程に、とても共感しています。

性格という点では、結衣は私とは真逆のタイプですね。結衣はしっかりしていて、面倒見がよく、よく気がつく。でも、その分、決断が苦手で、押しに弱いところもある。だからこそ、真逆のタイプの夫に惹かれるのだと思います。

実際、私の周りには結衣のようなタイプの友人が多くて、結衣にはどこか感謝しているような気持ちもあります。というのも、過去の自分の言動を振り返ると、意図せず誰かを悲しませたり、傷つけたり、怒らせてしまったことが何度もあったなと思うからです。それでも、今もそばにいてくれる友人がいる。結衣は、私にとって、そんな友人の一人のような存在です。だからこそ、彼女には幸せになってほしいです。

「相手を直す」のではなく「仕組みでカバーする」

——本書に、はなゆいさんが実践している工夫(夫さんと使うものを分けること)が描かれていましたが、ほかにも取り入れていることはありますか?

私たち夫婦の間で自然と定着していった工夫は他にもいくつかあります。どれも、「どちらかが相手を変える」ためというより、お互いが日々の生活で疲れすぎないために、話し合いながら決めてきたものです。

たとえば、物を置きっぱなしにしてしまうことについては、「見つけた人が困らない場所に一時的に集める」というルールを作りました。私の場合、それがキッチンの決まった場所になることが多く、そこに集まっていると「あ、後で片づけよう」と気づけるようになりました。

また、忘れがちなことや、何度も同じことでお互いに疲れてしまう部分については、注意や指摘を繰り返す代わりに、メモや目印を使って“思い出しやすくする”形にしています。空気清浄機のスイッチや、ゴミの捨て方なども、「責める」より「思い出せる」方が楽だったからです。

時々出すことを忘れてしまう郵便物についても、「忘れやすい前提で、どうしたら動きやすいか」を一緒に考えました。見えやすい場所に置いたり、「これを出すと、こういう良いことがあるよ」と目的を共有してもらう方が、私自身も納得して動けます。

最初からうまくできたわけではありませんし、正直、試してみて合わなかったものもあります。でも、「相手を直す」ではなく「仕組みでカバーする」という方向に切り替えたことで、お互いにイライラすることは、かなり減ったように感じています。

『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)より
『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)より

自助会で得られること

——ADHDの夫がいる人たちの自助会のお話もありましたが、どんな効果があると思いますか?悩んでいる読者さんにどういうところをおすすめできますか?

自助会は私は本当に心からおすすめしたいもののひとつです。

私自身、これまでADHD当事者の自助会に、オンライン・対面あわせていくつか参加してきましたが、正直に言って「行かなければよかったな」と思ったことは一度もありません。

参加費も、かかっても数百円程度のことが多く、心療内科を受診するよりも、ずっとハードルは低いと感じています。

何より大きいのは、「同じような立場の人が、ちゃんとここにいる」と知れることだと思います。それだけで、気持ちが少し軽くなることがあります。同じ境遇だからこそ、本当に同じような悩みを抱えていて、しかも知り合いではない。その距離感が、かえって話しやすいんですよね。普段は言いにくいことも、変に気を使わずに口にできる感覚があります。

また、自助会では、「本にはこう書いてあるけど、正直それは無理だよね」「だから、うちはこうしてるよ」といった、実際にやっている工夫を聞けることも多く、それがとても参考になります。

机上の正論ではなく、生活の中でのリアルな話を聞けるのは、本当に貴重だと感じています。私自身は、対面のほうが話しやすいと感じるタイプですが、場所や時間の制限も出てきます。なので、最初はオンラインから参加してみるのも十分アリだと思います。

探し方としては、「自助会」「カサンドラ」「地名」などで検索したり、イベント告知サイトなどをのぞいてみると、見つかることがあります。数自体は多くはないので、まずは日程的に参加できそうなものに、一度だけでも参加してみる、というくらいの気持ちでいいと思います。

 

『もしかして、うちの夫はADHD?』(はちみつコミックエッセイ)
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【プロフィール】
はなゆい

「笑う母には福来る」をテーマにクスッと笑えて時にウルっとする育児漫画をブログやSNSで投稿。家族の「笑い」と「感動」を漫画にしてます! 

■X:@hanayuistudio

■Instagram:@yuihanada7
 

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