蛍光灯が痛い・貧乏ゆすりが苦痛…それは「気にしすぎ」じゃない。自閉スペクトラム症(ASD)の脳内で起きていることは
なぜ、日常がこんなにも大変なのだろうか「エアコンの低い唸りが気になって集中できない」「服のタグがチクチクして耐えられない」今回はその理由を予測符号化理論から解説します。
ASD当事者から、「他人の貧乏ゆすりが気になり集中できない」「蛍光灯が眩しくてつらい」といった悩みを聞くことは珍しくありません。一見、「気にしすぎ」「敏感すぎでは」と受け取られてしまうこともあるかもしれませんが、近年の脳科学は、彼らの苦痛が決して誇張ではないことを示し始めています。比喩的ではなく、文字通り「世界がうるさすぎる」状態が起きている可能性があります。
2024年、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の研究グループは、自閉スペクトラム症モデルのマーモセットを用いて、脳における予測符号化の働き方の違いを報告しました。この研究は、ASDの感覚過敏やこだわりといった特性を、「予測エラーの調整」という観点から理解するための手がかりになると期待されています。私たちの脳は常に「次に何が起こるか」を予測し、その予測と現実との差を調整しながら世界を認識しています。ところがASDの脳では、この調整機能がうまく働きにくいことがあると考えられています。本記事ではこの理論を用いて、ASDの困りごとを脳の情報処理システムの違いとして再定義していきます。
1.脳の「音量調節機能」が働かない世界
私たちは日常生活の中で、無意識のうちに情報の取捨選択をしています。例えばカフェで会話をしているとき、周囲のざわめきやエアコンの音は「聞こえてはいるが気にならない」状態になります。これは脳が「その刺激は変化がなく、重要ではない」と判断して、自動的にボリュームを下げているためです。
予測符号化の視点からは、すぐに気にならなくなるような小さな刺激が、ASDの人にはいつまでも「重要な刺激」として感じられる可能性がある、と考えられています。蛍光灯の音、服の感触、人の動きといった刺激が、時に「緊急情報」として脳に流れ込みます。私たちにとっての何気ない日常は、ASDの人にとって常にアラームが鳴り続ける世界かもしれません。
2.「こだわり」は生き延びるための安全装置
この理解に立つと、ASDに特徴的な「こだわり」や「ルーティーン」は、単なる頑固さではありません。それは、予測困難な世界で脳の負荷を減らすための、非常に合理的な戦略です。「いつもの道」「決まった手順」「同じ食事」それらは、予測エラーが起こりづらい安全な世界なのです。
急な予定変更が強い混乱やパニックを招くのも、単純に「変化が苦手だから」ではありません。予測の立て直しが困難な脳にとって、変更は「少し困る出来事」ではなく、「世界が崩れるほどの誤差」として体験されます。
3.なぜ人付き合いは、こんなにも消耗するのか
人間ほど予測しづらい存在はありません。表情、声色、沈黙、言葉の裏の意味。私たちは無意識にそれらを統合し、おおよその予測を立てながら会話をしています。しかし予測符号化モデルの観点からは、ASDの人は「相手の表情・声色・沈黙」など多くの手がかりを、その都度ていねいに処理する必要があり、雑談のような短いやりとりでも強い疲労感につながりやすいと考えられています。
その結果、相手の一挙手一投足に注意を向け続けることになり、たった数分の雑談でも脳はフル稼働します。予測が外れるたびに内部アラームが鳴り響くのです。ASDの人が一人を好む場合、それは対人関係が嫌いだからではなく、予測エラーの嵐から脳を休ませたいという、ごく自然な生理的欲求かもしれません。
4. 「脳のOSの違い」
ASDの特性は、感覚入力と予測のバランスに独自の傾向がある、脳の仕様の違いとして説明されることがあります。ASDの人は、私たちが気づかない微細な世界を、驚くほど鮮明に受け取る「高精細な感覚の持ち主」かもしれません。
「どうしてそんなに気にするの?」と感じたときこそ、「今この人の脳では、私の声が警報のように響いているのかもしれない」と思い出してください。その一瞬の視点の切り替えが、理解と関係性を大きく変えてくれます。
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