職場における性暴力でキャリア喪失、被害者の24%が出勤不能に。深刻なPTSD状態も|専門家が解説

職場における性暴力でキャリア喪失、被害者の24%が出勤不能に。深刻なPTSD状態も|専門家が解説
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SNSで「#私が退職した本当の理由」というハッシュタグをつけた投稿が多数見られたように、職場での性暴力・セクハラによってキャリアを失っている人が少なくないことが可視化されました。『「助けて」と言える社会へ 性暴力と男女不平等社会』(西日本出版社)の中で、職場における性暴力について分析を行っている、日本女子大学名誉教授の大沢真知子先生に、被害実態や被害者の心身に与える影響についてお話を伺いました。※本記事には性暴力に関する具体的な記述が含まれます。

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性暴力が原因でキャリア形成が困難になるということ

——性暴力が原因でキャリアを形成できなかったり、失ってしまったりする場合、どういった背景が考えられるのでしょうか。

個々で見ると色々なケースがあることは前提として、大きく分けると、まず子どもの頃から性暴力被害に遭っている場合が挙げられます。

学校で集中できなかったり、精神的にも不安定になったりするうえに、自分でも何が原因で起きているかわからず、被害に気づくまでに時間がかかり、出来事を理解できたのが30歳や40歳になってからという話も珍しくありません。

キャリア以前に普通に日常生活を送ることが難しかったり、社会生活を送るのに困難がともなったりします。

キャリアが不安定な女性の背景を聞くと、非正規で仕事を失っただけでなく、過去に親や配偶者からの暴力があって、精神的に不調を抱えている方も少なくないと言われています。

次に、大人になってからの被害ですが、仕事とは関係のない場で性暴力被害に遭い、心身の不調から、仕事を続けたり、日常生活を送ることが困難になるケースがあります。

仕事に関連した場での性暴力をきっかけにPTSDの状態になる可能性が高いことも、調査からわかっています。

性暴力の背景には支配的な権力構造があり、入社したばかりの若手の女性が標的にされることが多く、学生時代から積み上げてきた努力が無駄になってしまったり、再スタートが難しくなってしまったりするのです。

——「職場における性暴力」とはどういったものが挙げられるのでしょうか。

性暴力とは、いわゆるレイプに該当するものだけでなく、性暴力のターゲットにされたものの、なんとか回避できたという「未遂」の状態や、身体接触を伴う加害行為、言葉での暴力も含みます。

本書に掲載している調査で「最も衝撃を受けた性暴力」について、複数回答で尋ねたところ、下記のような回答がありました。

・衣服の上から体を触られた:75.7%
・からかいなど性的な言葉をかけられた:69.1%
・体を直接触られた:45.8%
・あなたが望んでいないのに唇や舌などを体に当てられた:36.0%
・加害者の性器、胸などを見せられた:35.9%
・加害者の性器、胸などを触らされた・押しつけられた:32.4%
・性器や体の一部を自分の口、肛門、腟に挿入された:25.4%
・あなたが望んでいないのに脱がされた:21.2%

自由記述には倉庫で荷物を調べていたら、スカートを覗かれたり、洋服を脱がされた・同僚が毎日自分を盗撮した写真を送ってくる・上司の夫婦間のプライベートなことについて毎日聞かされたといったことなどが書かれていました。

調査では、24.3%の被害者が仕事に全く行けなくなった、12.1%が一時的に職場に行けなくなったと回答しており、仕事のパフォーマンスへの影響だけでなく、キャリア形成にも影響を及ぼしていることがうかがえます。

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——調査では加害者の69%が上司や先輩、37%が仕事の取引先や客などの関係者とありますが、上司や取引先ですと強く指摘するのは難しいと思います。

被害に遭った際に、多くの人は驚いて何が起きているかわからず、そんな状況で、抵抗するのは難しいですし、調査でも「相手が自分よりも上の立場だったので断れなかった」という回答が45.7%、「相手に合わせる、あるいは相手を受け入れないと、安全が守られない、ひどい目にあうと思った」という回答が37.6%ありました。

また、全体の回答に比べて、職場関係者が加害者であった場合の回答の方が、加害者に合わせたり、加害者を喜ばせるような言動をしたりと、加害者に迎合している割合が高いのです。

仕事を続けなければならない中で、相手に嫌われたり、従わなかったりすると不利な状況に置かれてしまう。被害者にとっては、加害行為を拒否しても拒否しなくても、追い詰められてしまうのです。

職場での性暴力が心身に不調を及ぼしている

——職場での性暴力において、被害者がPTSD状態である可能性についても指摘されています。

加害者の行為別にPTSDの状態である可能性について、下記の数字が出ています。

・脱がされた:75.6%
・性器や体の一部を自分の口、肛門、腟に挿入された:74.7%
・唇や舌などに体を当てられた:72.5%
・盗撮された:67.1%
・加害者に自慰行為を見せられた・手伝わされた:66.4%
・体を直接触られた:65.3%
・加害者の性器、胸などを触らされた・押しつけられた:64.9%
・からかいなど、性的な言葉をかけられた:62.8%
・加害者の性器、胸などを見せられた:58.3%
・衣服の上から体を触られた:55.0%

性暴力におけるPTSDというと、いわゆるレイプと言われるものや、その未遂などを想像されやすいと思うのですが、調査からは、からかいや性的な言葉、衣服の上から体を触るといった行為も、深刻な影響を及ぼしていることが見えています。

心身への影響については、気分が落ち込む・自分を責める・自分には価値がないと思うといった心理的な影響への回答があり、3割は「死にたいと思う」と回答しており、決して軽視できない問題です。

——毎日行かなければならない職場が、被害に遭った瞬間、安全でなくなるということですよね。

学校での性暴力被害についても調査を進めているところなのですが、加害者が同級生であった場合より、先生であった場合の方が、PTSDの発症率が高い傾向が見えています。

それだけ信頼していた相手からの性暴力は信じたくないもので、「信頼している人があんなことをしてきた」という苦しみや葛藤があるのだと思います。

仕事の場における性暴力でも、仕事相手として接していた人が、自分を性的な対象として見ていたことに直面させられるということです。

加害者が上司や先輩であった割合が約7割ですから、色々と相談に乗ってくれたり、自分が責任ある立場に就くことを応援してくれたりと、仕事として尊敬していた相手であるケースも少なくないと思います。

そんな中、急に性暴力に遭ったら、信用していたものの全てが崩れていくような感覚になり、仕事を続けるのが難しくなってしまうことは想像に難くありません。

自分に落ち度のないことで、自分のアイデンティティの1つであるキャリアを失うことは、心に深い傷を負うことだと思います。


※後編に続きます。

【プロフィール】
大沢真知子(おおさわ・まちこ)

日本女子大学名誉教授。専門は労働経済学、女性キャリア研究。日本ペンクラブ女性作家委員会委員。東京都女性活躍推進会議専門委員。
主な著書は『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社、2015)『なぜ女性は仕事を辞めるのか』共編著(青弓社、2015) 『21世紀の女性と仕事(放送大学叢書)』(左右社、2018)『なぜ女性管理職は少ないのか―女性の昇進を妨げる要因を考える』共編著(青弓社、2019)『「助けて」と言える社会へ 性暴力と男女不平等社会』(西日本新聞社、2023)等多数。

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