「結婚しないの?」と言う前に、読んでほしい一冊『あした死ぬには、』 | 連載 Vol.21
社会起業家・前川裕奈さんのオタクな一面が詰まった連載。漫画から、社会を生きぬくための大事なヒントを見つけられることもある。大好きな漫画やアニメを通して「社会課題」を考えると、世の中はどう見える?(※連載当初は主にルッキズム問題を紐解いていたが、vol.11以降は他の社会課題にもアプローチ。)
いつも通り、友人Rとオタ活を満喫した帰り道。普段は9割以上は推しの話で盛り上がる我々だが、この日は少し違っていた。夜ご飯を食べながら、友人が最近の会社での出来事を話してくれたのだ。「最近さ、社内でやたらと『結婚しないの?』って、聞かれるんだよね。『彼氏できたの?』とか、『男紹介しようか?』とか……頼んでないのに全部そういう話題ばっかりでさ。私が結婚しようがしまいが、正直、みんなには関係ないのに」と。私たちは36歳、いわゆる「アラフォー」、最近巷で流行りの「平成1桁ババア」とかいうやつだ。結婚や出産に関する話題は頻出過多。私自身も、思い返せば「ガム食う?」みたいなテンションで「まだ結婚しないの?」とか聞かれていたし、たとえ悪気はなくても、それが繰り返されると決して良い気持ちはしない。
「結婚」はたしかに、人生のひとつの選択肢。 でも、それが“まだしてないの?”という言葉になるとき、そこには「本来はその年齢では結婚しているべき」という社会的前提が透けて見える。“する・しない”じゃなくて、“したい・したくない”でもなくて。もっと根深い、「“していない”=何かが足りていない」みたいな、ラベルの貼られ方。まるで、「未婚は未完成」というような価値観が根強く刷り込まれているように感じる。中には、結婚したいと思いつつ、タイミング的にしていないケースもあるだろう。しかし同じくらい、“したくなくて、していない”ことだってある。学生の頃、部活に入るか帰宅部でいるかを自分たちで決められた世界線では、帰宅部の人に「部活いつ入るの」と永遠に問い続けないだろう。(ちなみに、私は学生の頃からオタ活全力投球だったので、推しの番組観覧などにいつでも行けるように帰宅部だった。)
私たちは、人にはそれぞれの人生の選択肢や文脈があることをきちんと尊重すべきだ。けれど、時には、自分とは違う選択肢を選んできた人の立場を想像するのは難しいかもしれない。そんな時におすすめしたいマンガが、雁須磨子さんの『あした死ぬには、』だ。出版社に勤める40代の”独身”女性・多子と、卒業後すぐに結婚と出産を経て地方で専業主婦として生きてきた塔子、過去のトラウマから引きこもりがちな沙羅。それぞれの話がオムニバス形式に綴られている。元同級生だった3人が、それぞれの選択肢の先での生活で葛藤、決断、揺らぎ、幸せ、喜怒哀楽が描かれている。社会的には“独身”と“既婚”という、よくある二項対立のように見えても、彼女たちが何を考え、どんな日々を送っているのかを追体験していくうちに、単純な「幸せ/不幸せ」の話ではないことが、じわじわと見えてくる。
『あした死ぬには、』をおすすめしたい理由は、自分とは全く違う環境にいる女性たちの“生活の手触り”を、静かに追いかけられるところだ。「幸せの形は人それぞれ」なんて当たり前のことのようで、案外私たちは自分とは違う境遇の人の感情を汲み取ることが難しかったりもする。私自身も、多子のような仕事人間の描写には共感できても、地方で専業主婦をする透子の抱える葛藤には、自分だけでは気づけなかった視点があった。他者の人生を覗き見ることで、無意識に自分の価値観を問い直せる読書体験だったと思う。やっぱ漫画って、すごいわ、人生の幅を広げてくれる。
結婚していて幸せな人もいれば、結婚しなくても幸せな人もいる。その逆だってある。結婚している人も、していない人も、そのすべてに、それぞれの“背景”がある。だからこそ、「結婚しないの?」「いつ結婚すんの?」のひと言の前に、ほんの少しだけ、その人の背景や歩んできた道を想像してみてほしい。それだけで、社会はもう少しだけ、やさしくなる気がする。そして、友人Rの周りの人にも、このコラムが届きますように。
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