「自分はずっと共に歩いていくパートナー」他者依存から卒業した50代女性の新たな生き方【経験談】
マンガ家でイラストレーターのなとみみわさん。49歳で離婚をし、最初は一人の生活を楽しんでいました。ところがだんだんと寂しさや不安がやってきて、特にお金の不安は大きく……。 『老後のお金が不安です! おひとり様マンガ家の50代からの資金計画』(扶桑社)では不安と向き合い、解消していく過程が描かれています。インタビュー後編では、東京から石川へ引っ越してからのことや、一緒にキッチンカーをやっている息子さんとのコミュニケーション、他人へ依存しなくなった考え方の変容について伺いました。
石川県に引っ越してからやることがいっぱい
——石川県に引っ越してからとても忙しいとおっしゃっていました。
引っ越してからキッチンカーを息子と始めたのですが、すごく時間が取られてしまうんです。午前1時に起きて準備を始め、日中にキッチンカーで販売して、夕方に帰ってきて寝るのですが、連日キッチンカーですと翌日も午前1時に起きなければならない。
キッチンカーが2、3日続くと、準備と片付けを含めて4、5日はほかのことができなくなってしまうのですが、合間にイラストの仕事もしているので、日々のやるべきことを回していくだけで本当に大変で。でもキッチンカーはやると楽しいので、癖になっちゃいました。
ただ、北陸は寒いので、冬はイベント自体が少ないですし、イベントの来場者も少なくなるみたいで。だから12月~3月は恐ろしいくらいキッチンカーの収入が減ってしまいました。
ほか、回数は多くないですが、講演に呼んでいただくことがあります。大学でコミックエッセイの描き方の講師の助手もやっていて、今年で3年目になります。
——石川県に移住して始まったお仕事も多いのでしょうか。
そうですね。地元紙の北國新聞での連載もしていて、キッチンカーをしていても「北國新聞でマンガの連載してますよね」と声をかけてくださるご高齢の方も多くて。毎週連載は大変な部分もあるのですが、やっていてよかったと感じます。
新聞の連載もですが、昔からのブログやインスタグラムの投稿も「見てます」「楽しみにしてます」と言ってくださる方がいて、キッチンカーをやりながら読者さんに生で会えることはうれしいですね。
引っ越してから忙しくなったこともあって、東京にいた頃に悩んでいたようなことを考えることもほとんどなくなりました。
息子との距離感
——息子さんと一緒にキッチンカーやYouTube投稿をされています。なぜそんなに仲良しなのでしょうか?
「仲がいいですね」と言っていただくことは多いのですが、なぜ仲良しかと聞かれるとわからなくて。
——なとみさんが子育ての中で意識してきたことはあるのでしょうか。
本人の好きにさせたいとは思っていました。自分で考えてやりたいことをやってもらいたいと思っていて、「自分がやりたいことには、覚悟を決めて自分で責任を持ってやるように」ということを示してきました。
そういう方針だったので、息子も全部自分で決めるようになっていて、内心「なんでそれをやるんだろう」と思っていたこともあったのですが(笑)、息子が決めたことなので、口出しはしなかったです。
——キッチンカーを一緒にやっていて、新しく知った息子さんの側面はありますか?
息子はあまり考えていないイメージを持っていたのですが、意外と論理的に物事を考え、先を読んで行動できる人間なのだとわかりました。
あと、人と話すのも苦手だと思っていたのですが、意外と誰とでもすぐに話せて、受け流した方がいいところは上手く受け流し、大切な人とは丁寧に関係を築いていくこともできるんですよね。
反対に私は「これ言ったらかわいそうかな、嫌われちゃうかな」と気になって言えないことも結構あるのですが、息子は割り切って言うべきことは言えるので、すごいなと思いながら見ています。
料理が上手なのも知らなかったので、知ることができてよかった側面ですね。
——一緒にいる時間が長い中で、喧嘩になることはないのでしょうか?
あります。特にキッチンカーを始めてからは、距離感が難しいと感じますね。親子で遠慮がない分、言葉がきつくなってしまう気がします。「何やってんのよ」とか「は?」とか言葉に棘が出てしまうことがあって、他人だったらそういう言い方をしないので、気をつけないといけないとは思っています。
息子といえど、キッチンカーは一人の大人として一緒にやっているので、やっているからには、嫌な空気で終わらせたくないとも思っていて。近すぎるとイライラしてしまう部分もあるので、あえて離れる時間を設けることも大事なんじゃないかって。なので、私だけが能登に帰る日があるのは良い選択だと思っています。
それに私も一人になる準備を少しずつしていきたいとは思っているんです。
——具体的にはどういうことでしょうか?
いずれ息子は離れていくと思っていますし、一緒に暮らしている犬のりくも15歳なので、いつかはいなくなる。そうすると、私は一人になるんですよね。
離婚して一人になったときに、物と人に依存しないよう頑張って生きてきたのですが、果たしてそれが自分に定着しているのか確かめたいという気持ちもあって。自分で自分のことを大切にして、再び一人で生きていけるかということを、試してみたいですし、最終的には一人になるので、その時のために今から少しずつ準備をしたいですね。
「不安」との向き合い方
——老後のお金や生活に向き合って、「不安」との向き合い方は変わりましたか?
「考えていても仕方がないかな」と思えるようになってきたので、自然と考えないようになりました。「こうだったらどうしよう」「あのときあんなふうに言わなければよかった」など、不安や後悔があまり浮かばなくなったり、少し考えても長くは考えないようになりました。
人に何か言われたときも、以前はいちいち腹を立て、帰宅してからまた思い出して……とやっていたのですが、最近は「みんな色々あるよね」とざっくりと受け止められるようになりました。
金沢近郊と能登で二拠点生活をするとなると、能登での生活のために新たに色々なものを買わなきゃいけないのでお金がかかります。そんなことを考えると少し気持ちも滅入っていたのですが、「最低限必要なものだけ買えばいいや」「あるもので代用してみよう」と適当に考えられるようにもなりました。
——「私、すっごく他人に依存して生きてきたんだな」と書かれていましたが、どのように考え方が変わって依存しなくなったのでしょうか?
結局、人はいなくなっちゃうって思ったんです。何十年も一緒にいた元夫は、結局今は一切連絡を取っていない。人の縁が切れちゃうことは自分ではどうすることもできないんですよね。
人それぞれ、自分の道を生きていくので、私の思い通りにすることはできない。でもそれに気づいたときも「そっか」という感覚でした。
友達だっていつかは離れてしまうことがあるし、物だって大切にしていても壊れることがある。最後に何が残るかといったら「自分」。だから自分が一番自分の味方でいる必要があると思いました。「自分」はずっと共に歩いていく大切な相手なので、自分のことを大切にした方がいいと考えるようになりました。
【プロフィール】
なとみみわ
マンガ家、イラストレーター。雑誌・広告・Webでマンガやイラストを中心に幅広く制作。
2024年の能登半島地震を受け、被災地での心温まるエピソードを北國新聞「のとはやさしや」にて連載中。
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