そしてお散歩は、これからも私の中で続いていく|デンマークお散歩日記・後編【私のウェルビーイング】

 そしてお散歩は、これからも私の中で続いていく|デンマークお散歩日記・後編【私のウェルビーイング】
Chiaki Okochi

デンマークでの暮らしを通して私なりに感じた”ささやかな幸せ”について綴る連載、第6回目は、お散歩にまつわるエピソードの後編をお届けいたします。デンマークでの暮らしは”お散歩に始まりお散歩に終わった”そんな気さえもする体験でした。

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お散歩がきっかけとなった偶然の出会い

前編の記事にてご紹介した、陶器工場での思わぬ出会い。その後、そこで知り合った女性にお礼のメールを送りました。すると、「あまりに突然の出会いであることはわかっているけれど、まずは娘に会ってみて、もしあなたに時間と興味があれば、日本語を教えてもらえませんか?」という内容がとてつもなく丁寧に長文で送られてきました。

私はまさかの機会にワクワクして快諾したものの「本当にできるだろうか?」と不安もよぎります。けれども、次の返信には「最初に会う時には、一緒にお散歩に行くのはどうでしょう?」と書かれていました。私は「初めましての機会に、なんて素敵な提案なんだ!」と、さっきまでの不安が吹き飛びました。そして私たちは、お互いの状況が落ち着いたら会う約束をしたのです。

学校の裏手にある遊歩道
学校の裏手にある遊歩道

新しい学校にて

ようやくロックダウンが段階的に解除され、2つ目の学校が始まります。前の学校に比べて年齢層が若く、20代前半のデンマーク人が多い印象です。その中で、入学してまだソワソワしている私を、ルームメイトがお散歩に誘ってくれました。

学校の裏手がすぐ森になっていて、少し歩くと渓谷に繋がっています。まだ話したことのない友人たち4人で、学校に来る前までのこと、デンマークでイケてるファッションブランドのことなど、歩きながらおしゃべりをしました。他愛のない会話があんなにも温かく、そして嬉しかったことを今でも覚えています。

またとある日には、夕食後に先生と生徒たちでお散歩に出かけ、夕暮れを眺めながら歌った日もありました。

夕暮れ時の眺め
夕暮れ時の眺め

「初めまして」はお散歩から

そしてついに私は、日本に留学予定の彼女に会う日を迎えました。私たちは彼女のサマーハウスがある海辺の美しい町へ。海岸沿いを2人で歩き、休憩にはアイスクリームを食べながら、どうして日本に興味を持ったのか、趣味や学校のことなどを話しました。

彼女は小さい頃からジブリのアニメを見ていたらしく、「日本にはまだ行ったことがないけれど、なぜだかデンマークに通じるものがあると思うんだよね。何でかは言葉にできないけれど」と言っていました。これはまさに私がデンマークに初めて来た時に感じたことで、何だかそれだけで「きっとお友達になれるんじゃないか!?」と強く感じたことを覚えています。こうして私は時折、週末に彼女のお家にお邪魔して日本語を教えるようになったのです。

思いがけない提案

あっという間に時は経ち、気が付けば学校生活も残すところ1ヶ月を切ろうとしていました。すると、今度はママが「2人でお散歩に行かない?」と、誘ってくれました。この日はよく彼女が家族と歩くコースへ。そして「もしまだデンマークに居たいのなら、私たちと一緒に住むのはどう?」と提案をしてくれたのです。

前に冗談半分で「デンマークにまだ住みたい」と口にはしていたものの、あまりの厚意に素直に受け取るのをためらう私。この上ないありがたさを感じるのと同時に、思春期の娘2人がいるご家庭にいきなり同居だなんて、もし逆の立場だったらと想像することが難しかったのです。そして、初めての同居に「せっかくこうして出会えたのに、もしもそれが壊れてしまったらどうしよう」という怖さもありました。

すぐには答えが出せない私に対し、彼女は「返事は急がないからね」と時間をくれました。数日経っても「心配だな、大丈夫かな?」とこの期に及んで感じながらも、ここは勇気を振り絞って厚意に甘えてみることにしてみました。

同居生活1日目

学校が終わり、こうして始まった同居生活初日。「きっと1人の時間も欲しいだろうから」と、母屋とは別の離れに私の部屋を用意してくれていました。しかもパパが、私のためにわざわざ床を綺麗に塗り直してくれたそうです。到着すると、「ここに置く家具は、母屋と納屋から好きなものを選んでデコレーションしていいからね」とママ。お嬢さんは観葉植物を用意してくれていました。窓際には、ひいおばあちゃんが所持していたクロスをピンで打ちつけてカーテンに。何もなかった空間が、あっという間にお気に入りのお部屋になりました。

荷解きを終えると、今度は「エルダーフラワーを摘みに行こう!」と裏庭へ。満開のこの時期、デンマークではお花を摘んでジュースを作るそうです。バスケットいっぱいにお花を摘んで、初めてのジュース作り。季節を感じながら、自然と共に暮らす美しさを満喫しました。

夕方には、彼女は学校がある本島のお家へ帰ったため、私とママでお散歩へ。この日、学校のお別れ会で朝から号泣していた私は、家族の温かい迎えもあり胸がいっぱいに。すでにお疲れ気味だと話しながら歩いていると、ママが「私の好きな花!」と見せてくれました。「あ、これも!これもだ!」と3つ摘み、私にくれました。お家に帰ると、私は陶芸のクラスで作った花器にそれらを飾ってみました。

「ここがあなたにとってのお家だと感じられるように、自由に過ごしてね」と何度も声をかけられ終わった初日。私はこれからの暮らしもきっと大丈夫な気がして、ぐっすりと眠ることができました。

お散歩の途中で摘んだ花たち
お散歩の途中で摘んだ花たち

3回目のお引っ越し

その後、家族と共に本島のお家に移り、3ヶ月ほど一緒に暮らすことになります。ある日曜日の朝、17歳のお姉ちゃんとパパが「お散歩に行ってくる」と出たきり、帰ってきたのは1時間半後。また別の日には、パパ、ママ、おじいちゃんの3人で夜のお散歩に出かけていました。姉妹が揃った時には、私と3人で運河をお散歩へ。若い2人に混じってタピオカミルクティーを飲みながら歩いた時には、この姉妹のお姉さんになれたような気がしました。本当によくお散歩に行くこの家族。きっとそれが大切な家族のコミュニケーションの時間にもなっているんだろうなと感じました。

こうして、ついに迎えた帰国当日。家族みんなで朝食を取り、この日も私はママとお散歩に行きました。池のほとりを歩いていると、彼女は枝を摘んでいます。お家に帰ると、それを私がプレゼントしたアンティークの花器へ。今から振り返ると、私のデンマークでの暮らしはお散歩に始まり、お散歩に終わったような気すらします。

 

東京に戻り、私はいつものベーグル屋さんへ。「1年以上も会っていないし、覚えているかな?」と思っていましたが、いつものほんわか笑顔で迎えてくれました。そして、「ちょうどこの前、主人とそろそろ帰ってくる頃なんじゃない?って話してたんです」とのこと。お互いにまだ名前すら知らない、けれども前よりもう少しお家のこと、仕事のことなどを話すようになりました。

そして今回、私はママに「私たちの出会いと、お散歩について書いていい?」と連絡をしてみました。その時に彼女は、「お散歩をしている間は、なぜだか心や思考がいつの間にか解放されて、大きな絵の一部であると感じることができる美しいもの」だと言っていました。

“お散歩は美しいもの”そして”これからも私の中で続くもの”。こうして私は、またお散歩に行こうと思うのです。

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AUTHOR

大河内千晶

大河内千晶

1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。



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