助けを求めることも助けることも、決して難しいことじゃないと気づいた体験【私のウェルビーイング】

 助けを求めることも助けることも、決して難しいことじゃないと気づいた体験【私のウェルビーイング】
Chiaki Okouchi

2021年「世界幸福度ランキング」で2位に選出されたデンマーク。デンマークでの暮らしを通して私なりに感じた"ささやかな幸せ"について綴る連載、第3回目となる今回は、私がデンマークで体験した、心がほぐれる感覚をシェアさせていただきます。

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今回は、私にとってフォルケホイスコーレの授業の中で、印象的だった体験を2つお話したいと思います。前回前々回とご紹介した学校生活についても、ぜひあわせてご覧ください。

助けを受け取るということ

デンマークでの生活を振り返ってみて、いつもどこにいてもありがたいことに本当にたくさんの人に助けてもらいました。今日はその中から1つ、例を挙げてみたいと思います。

前回までの記事でご紹介した通り、私は2つの学校に通っていました。そのうち、2つ目に通った学校では、アジア人は私だけ、しかも完全にデンマーク語がわからないのも私だけという環境でした。

私はこれまで正直に言うと、自分がマイノリティであったり、平均と比べて自分一人だけがすごく何かができない状況を経験したことがあまりなかったように思います。しかし、授業を含めて言語はデンマーク語のため、初日のオリエンテーションからどこに集合したらいいのかに始まり、これから何をするのかなど、全て誰かの翻訳なしでは何もできないという状況でした。また、先生が一部英語で説明をしてくれる場合でも、その時間はほぼ私のために話してくれているようなもので、これまでの私だったら罪悪感やうしろめたさを感じていただろうと思います。

そんな環境にも関わらず、ストレスを感じずに、毎日小さな喜びを味わうことができたのは、周りの人の爽やかな助けがあったからです。私が「翻訳してくれる?」と聞くと「もちろん!」と笑顔で答えてくれる。こちらが尋ねる前に、向こうから先に翻訳をしてくれる友人も、私が「ありがとう」と言うと「もちろん!」と返してくれる。助けてくれたにも関わらず、「どういたしまして」ではなく、誰もが「もちろん!」と言ってくれることに、どれだけ救われただろうと思います。

それはまるで、「助ける」という言葉が似合わないほど当たり前のように、そして見返りを求めない軽やかさがそこにはいつもありました。だから私の側も、申し訳なさを感じることなく、みんなの助けを受け取り続けることができました。ちなみに、私の担任の先生は8歳下で、クラスメイトとはひと回りほど離れていました。年齢は関係ないとはいえ、今の自分でさえこんなにも爽やかに、人に働きかけることができるだろうかと考えさせられました。

デンマーク
学校近くの森、春は満開のアネモネが絨毯のよう
photo by Chiaki Okouchi

今の私の気持ちに気づくこと、それを伝えること

そんな担任の先生とクラスメイトとは週に一度、ホームルームのような時間がありました。ここでとても驚いたのが、初回からいわゆる自己紹介はせず、「今どういう気持ち」かを順番に話していったことです。私はその思いもよらない展開に頭が真っ白になったのですが、みんな正直に「ナーバスです」「疲れました」とか、逆に「楽しみです」など感情を話していました。それらを聞いているうちに「あ、私は今ここにいられることが嬉しいと思っているんだな」とやっと自分の気持ちに気が付くことができ、そのことを話しました。

これまでの私の経験で、見ず知らずの集団の中で、初っ端から自分の「気持ち」を話すことにフォーカスされた機会なんてあっただろうか?と振り返りました。私は特に人一倍に自分の感情を話すことに苦手意識があります。けれども、こんなにも正直に話していい機会があること、そして耳を傾けてもらえることがある環境で育ったら、話すことにも抵抗がなくなるだろうな、と思いました。

そして先生はそんな各々の気持ちに対して、答えやアドバイスらしきものを言うこともなく、生徒と同じになって話を聞く。そして「これからも出していっていいからね」と言って会が終わる。もちろん私は翻訳頼りなので、全体を理解できているわけではないですし、見落としている部分もあると思います。しかしながら、確実に感じられたのは、出会って間もない私が「どういう気持ち」かを気にかけてくれて、実際に声にして尋ねてくれる人が周りにいたということです。

このほか、一部の生徒にトラブルがあった時にも、私に「大丈夫?」「どういう気持ち?」と、仲の親密度に関わらず、いつもみんなが私の気持ちを問いてくれました。またそれは私に対してだけではなく、彼ら同士もそのようにケアし合っている様子が伺えました。そういった、自分を含めた「気持ち」を再確認できることは、凝っていた心がほぐれるような感覚でした。

これまで私は、何か起きていることに気が付きながらも、「私なんかが踏み込んでしまっていい問題なのかな?」とか、「声を掛けてみたものの…となったらどうしよう」と考えているうちにその瞬間は通り過ぎてしまい、何もできなかったという経験が少なくありません。けれども、そんな心配を一切感じさせないみんなの姿に、私も軽やかに「大丈夫?」と声を掛けていきたいと思うようになった出来事でした。

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AUTHOR

大河内千晶

大河内千晶

1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。



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