そこにはかけがえのない時間があった。デンマークお散歩日記・前編【私のウェルビーイング】
デンマークでの暮らしを通して私なりに感じた”ささやかな幸せ”について綴る連載、第5回目は、お散歩にまつわるエピソードの前編をお届けいたします。もともと好きだったお散歩ですが、デンマークに行って変化した気持ちがあります。そして、ただ目的もなく歩いたお散歩が、今にも続くかけがえのない人々との出会いにも繋がりました。
趣味「お散歩」
突然ですが、私は今まで「趣味は?」と聞かれたら「お散歩」と答えていました。
デンマークに留学する前から地元を散歩するのが好きで、目的地もなくただ歩き回るのは穏やかな時間でした。また特に近所のベーグル屋さんに行くのは毎週末の楽しみで、顔は確実に覚えられているんだけれども、深入りし過ぎない、とっても優しくてほんわかした店主さんとの会話も”ささやかな幸せ”のひとつ。
2020年の春、当時妊婦だった友人とどうしても会いたくて、お互いの家から中間地点を割り出し、徒歩で落ち合うプランを立てました。たしか片道1時間半ぐらいずつ歩いて、駒沢公園でソーシャルディスタンスを取りながらクリームパンとドーナツを食べたのも良い思い出です。
そんな”お散歩が好き”という自負があった私が、デンマークではもう”散歩好き”を名乗れないのではないかと感じました。それは、デンマークの人たちが当たり前のように散歩に行くからです。もちろん、私が現地で出会った人たちのお話なので、デンマークの人全員ではないと思います。ですが、今日は私が触れた”お散歩”にまつわるお話をしたいと思います。
毎日散歩
私の通っていたフォルケホイスコーレでは、授業以外の自由な時間がたくさんあります。その過ごし方は人それぞれなのですが、毎日欠かさずお散歩に行く人が多かったのが印象的です。
1つ目の学校では80歳手前のクラスメイトもおり、会えばほぼ必ず「今日は散歩に行ったか?」と聞いてくれます。また散歩に行くのは年齢を問わずで、愛犬と一緒に行く人、1人で海辺を2時間コースする人など様々です。地元の人もよく散歩をしていて、目が合うと「Hej(こんにちは)」と挨拶をしてくれた時には、これまでの東京とは違う散歩の楽しみがありました。
デンマークの冬は晴れの日が少なく、日照時間もとにかく短いです。朝は8時半頃まで暗く、14時には夕方の匂いがして、16時には日が沈んでしまいます。その合間を縫うように、貴重な日光を求めてみんな散歩に行くようです。
新しい場所へ
2つ目の学校がある島へ1人移ったあとも、お散歩は続きます。私がこの島へやって来た時、ロックダウンの影響で全国のフォルケホイスコーレは休校中。本来であればすでに学校が始まっていた予定のところ、待機したまま2ヶ月ほどが過ぎようとしていました。
いつになったら学校へ行けるか目処が立たず、ただただ時間だけが消耗されていくような感覚。さらに、とりあえず勢いだけで島にやって来たはいいものの、冬はオフシーズンのため閑散とし、加えて今はスーパー以外はどこもやっていません。けれども、「だったら島中練り歩いたるわい」と、私はここでの時間を「フィールドワーク」と称して過ごすことに決めました。
私がまず興味を持ったのは、とにかく可愛らしい住宅たちです。1800年代と思われる家屋も残る街並みには、外壁が赤や青、黄色などとてもカラフルです。加えて、様々なデザインの窓やドアが設えられ、家に表情があります。また通りに面した窓際には、1軒1軒ランプやキャンドルから、観葉植物、あるいは陶器やガラスのオブジェなど、個性溢れるものがずらりと並んでいます。
「きっと住んでいる人のお気に入りなんだろうな」と感じられる、窓際がまるで小さなギャラリーのような光景でした。そんな壁たちを写真に収めては、好きなものを並べ替えて遊んでいました。
こんな近くに「いつか行ってみたかった場所」があった!
この日もただ目的もなく歩いていると、私が滞在していた宿の敷地内に陶器工場があるのを発見しました。実はそこは、以前からインスタグラムでフォローしていた、ぜひ行ってみたい場所だったのです。
自然が豊かなこの島は、デンマークの中でも工芸とアートが盛んな場所として知られ、たくさんの陶芸、ガラス作家やアーティストたちが暮らしています。またギャラリーやショップもあり、それらを訪ねるのがこの島に来た楽しみでもありました。私も新しい学校ではアートに加え、ずっとやってみたかった陶芸のクラスを受ける予定だったこともあり、思わぬ発見に驚きました。
早速ダメ元で見学をさせてもらえないか連絡をしたところ、あっさり「明日のお昼においで」との返信。翌日行ってみると、メールをくれた女性がとても丁寧に工場の中を案内をしてくれました。一通りの見学を終え立ち話をしていると、実は15歳のお嬢さんが日本への留学を予定していることを教えてくれました。
まさか日本から遠く離れたこんな小さな島で、そんな若い子が日本に興味を持ってくれているだなんて!と思わず私は興奮気味に。ロックダウンの最中、素性も知らない私に親切にしてくれたことに感動し「もしかしたら日本語を教えられるかも!?」と、普段だったら絶対に見せないノリを発揮してしまいました。彼女の方も「本当にまた連絡しちゃうかも!?」と、信じられないぐらいの偶然と奇跡に小躍りし、カップを一つ買ってその日は帰りました。これがのちに今にも続く、私たちの出会いでした。
「お散歩からこんな不思議な出会いもあるのだな」としみじみ感じ、ようやく始まる学校への準備をしたのでした。その後の「デンマークお散歩日記」は、後編としてお届けしたいと思います!
AUTHOR
大河内千晶
1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。
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