『買わない生活』がもたらすもの|「買う=幸せ」の資本主義社会で、私たちは「お金という一神教」から抜け出せる?
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。
近年、日本は貧しい国になってきています。実質賃金は1990年をピークに右肩下がりで、収入は下がっているのに、税負担やインフレによる生活費負担は上がり続けているのです。
これに伴い、「お金がない」「将来が不安」だという人も増えています。
かくいう私も、お金に対する不安を抱いている庶民の一人です。先日、賃貸の更新のお知らせがきたのですが、なんと、家賃の3万円アップを打診されてしまいました。交渉の末、結局2万円アップで合意を得たのですが、「何もかも値段が上がっていく」ことに、漠然とした不安を感じざるを得ませんでした。
「このままでいいのだろうか」「もっとお金があったほうが安心できるのでは」という不安を感じるとともに、「でも、収入が多くても不安は消えないのかもしれない」「お金を稼ぐ以外の方法で不安を解消する方法があるのではないか」という思いも同時に湧き上がりました。
そんな時、手に取ったのが、稲垣えみ子さん著『買わない生活』(東洋経済新報社)です。
買わないことで全てが手に入る?
『買わない生活』は、50歳で朝日新聞社を退社し、以来、冷蔵庫なし、ガス契約なしの家に引っ越しフリーランスライター生活を開始した稲垣えみ子さんによって書かれた一冊です。
稲垣さんは、一般的にエリートと言われるルートを50歳まで歩んできた女性です。会社員時代は、お金を使うのが大好きで、遊びに、ファッションに、家に、稼いだお金をつぎ込むことに快感を覚えていたと言います。
そんな稲垣さんの生活が一変したのは、50歳で早期退社を決めたことがきっかけでした。これまでのように定期収入が見込めなくなった稲垣さんは、生活費を切り詰めるため、必要に迫られて格安の狭い家に引っ越したのです。
稲垣さんは、生活のために『買わない生活』を始めたのですが、意外なことに、待っていたのは辛い節約生活ではありませんでした。逆に、稲垣さんは買わないことで全てを手に入れた、と語っています。全てとは、オシャレな服、美味しい食事、快適な家、健康、友達、自由な時間、老後の安心……さらにはお金まで手に入った、と言います。『買わない生活』はなぜこんなことになったのか、を記録した、稲垣さんの手記なのです。
稲垣さんの買わない生活は、客観的に見るとかなりハードコアです。
・炊飯器、電子レンジ、掃除機、冷蔵庫を買わず、ほぼ家電なしで生活する
・タンポポやヨモギなど、野草を調理して食べる
・化粧品は買わず、肌のケアは食用油を使う
など、到底真似できないな、と思うものも多いのが事実です。
しかし、『買わない生活』は、たとえ全ては真似できないとしても、読者に安心を与えてくれる一冊でもありました。
それはなぜかというと、本書が、私たちが普段さらされている「資本主義の価値観が絶対。できるだけ効率的にお金を稼げ」という価値観とは全く違う、オルタナティブな価値観を提示してくれているからです。
お金という"一神教"から抜け出すためのヒント
稲垣さんは本書で、資本主義的価値観とは異なる価値観を自身の実践とともに提示しています。
できるだけ安いところから買う→応援したい相手から買う
例えば資本主義的価値観では、「何かを買うときは、できるだけ安い値段でお得に買えた方がいい」というものがあります。しかし稲垣さんは、「お金を手元に貯めておこうとすると、そのために一円でも安く買おうとしてしまう。でもそうすると、買い叩かれた相手は潰れ、使ったお金はそれっきりで決して帰ってこない。その悪循環を断ち切る必要がある」と言います。
そして、「何かを買うとは、自分の暮らしを支えてくれている相手、好きな相手、尊敬する相手を励まし喜ばせるための手段」だと考え、「誰から買うか」を重視した上で、「買い叩く」ことなく、適切な報酬を支払うことを意識していると言います。これはつまり、「そのモノを作っている人、売っている人、そしてその人たちの将来を見据えて、末長く、この素晴らしい仕事を続けてくださいね、という気持ちをお金に込めている」ということでもあります。
何かが欲しいと思ったら、すぐに「買う」→「買う」ときは敗北感でいっぱい
資本主義社会では買うことは推奨されています。趣味を「ショッピング」と答える人もいるように、買うことは趣味であり、楽しみであり、経済を回すための良き行為だ、と捉えられているのです。
しかし、稲垣さんは現在、何かを欲しいと思ったとき、以下の三つの方法をまずは検討すると言います。
1)あるものでなんとかする
2)もらう
3)買う
これを1から順番に検討していくと言います。まずは、修理するとか、作るとか、代用するとかできないか、を考えるのです。それが無理なら、誰から貰えるか検討します。さらにそれも無理なら、最後の手段として、「買う」が出てくるのです。
そして1と2はそれぞれ知恵や工夫、人間力を駆使したクリエイティブな行為である一方、3は金さえあればなんのクリエイティビティーもなくてもできてしまうので、面白くもなんともない、と言います。「仕方がない、買うか」となったとき、稲垣さんは敗北感でガックリする、と言うのです。
会社員時代の稲垣さんは、買うことは人生で最もキラキラした行為だったと言いますが、買うことに対する意識を変えたことで、価値観は一変したと言います。
また、お金の心配とは、「買う幸せ」と不可分に結びついているものですから、「買う=幸せ」ではなく「買う=敗北感でガックリ」にすることで、お金の心配が急激に減った、と言います。
『買わない生活』という選択肢
本書には、資本主義的価値観から抜け出す生活のヒントがたくさん散りばめられています。ただ、読者が稲垣さんと同じような生活ができるか、というとそれはまた別の話です。稲垣さんが現在のような生活ができているのは、独り身で、かつ比較的健康に恵まれているから、という側面もあるでしょう。誰もが真似できる生活ではありません。
ただし、本書が、「お金の不安」に悩まされ、視野狭窄になっている人に、視野が広がるようなモノの見方を提案してくれる一冊であることは間違いありません。
私は家賃が上がったことにより、「引っ越しをするべきかな。でも家賃を下げて狭い部屋に住むことになったら嫌だな」と憂鬱に感じていましたが、本書で稲垣さんが「暮らしを小さくすることは、みじめでもなんでもないこと。それは転落などでは全くなく、自分の能力を高めていく大きなチャレンジなのだ」と書いているのを読み、「そういう考え方もあるのか」と少し気が楽になりました。
『買わない生活』は「買い続けるしかない、お金をもっと稼がなければならない、成長しなければならない」というメッセージを日々受け取っている現代人に、「それ以外の選択肢もあるよ」と語りかけてくれる一冊だと言えるでしょう。
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