「鍛える」だけではなく「ととのえる」。フィジカルのプロ・竹下雄真が見つめ直す日本古来のウェルネス|連載 #シン・身体論
「痩せる」「鍛える」だけではなく、呼吸や姿勢、所作、意識まで含めて、身体を捉え直す――。連載「シン・身体論」では、現代を健やかに生きるための新しい身体との向き合い方を考えます。ナビゲーターは、麻布台ヒルズを拠点に、心身を総合的に整えるウェルネスを提案するデポルターレクラブ代表の竹下雄真さん。第1回は、日本古来の精神性や美意識に目を向け、「鍛える」だけではなく「ととのえる」ウェルネスについて竹下さんに伺います。
西洋的なアプローチだけでは届かない領域がある
――情報にあふれ、目まぐるしく変化する時代の中で、脳疲労やメンタルの不調を抱える人が増えています。その解決法のひとつとして、ジムに通い、体を整える人もいます。竹下さん自身も筋トレを通して体と心を整えるサポートをされていますが、一方で、それだけでは十分ではないと感じる場面もあるそうですね。
ジムで筋トレをすることで体の不調が改善されたり、気持ちがはつらつとしたりして、十分に効果を感じている人は、それでいいと思うんです。ただ一方で、それだけでは解決できないことも増えてきていると、現場にいて肌で感じています。
僕なりにウェルネスという言葉を解釈すると、「よりよく生きること」「美しく生きること」なんです。そうやって大きな視点でウェルネスを考えたときに、果たしてトレーニングによるアプローチだけでいいのだろうか、と。それを本業としている僕が言うのもおかしいかもしれませんが、日本人として、どこか物足りなさを感じるようになったんです。
――トレーニングだけでは届かない領域というのは、具体的にはどんなことでしょうか。
トレーニングは、身体を変えるという意味ではものすごく優れています。筋力が上がる、姿勢が変わる、体型が変わる。目的に対して非常に合理的です。
でも、人が「よりよく生きる」ということを考えると、それだけではないですよね。今、自分がどんな呼吸をしているのか。自分の身体をどう感じているのか。どんな姿勢で人と向き合っているのか。あるいは、忙しい毎日の中で自分自身に戻る時間を持てているのか。
筋肉を鍛え、身体機能を高めることとはまた別に、自分の内側に意識を向けて、心と体の状態をととのえていくことも必要だと思うんです。
日本には昔から、呼吸や姿勢、所作をととのえることを通して、心まで整えていく文化があります。僕はそこに、現代のウェルネスに必要なヒントがあると思っています。
――筋トレやトレーニングという文化は、もともとは西洋から入ってきたものですよね。
そうですね。筋トレを西洋的なアプローチだとすると、東洋である日本にも、ウェルネスにつながるさまざまな考え方やアプローチがあります。神道だったり、武道だったり。
僕は西洋的なものを否定したいわけではありません。筋トレには筋トレの素晴らしさがあるし、僕自身、それをずっと仕事にしてきました。
ただ、身体を鍛えたり、機能を高めたりする合理的なアプローチだけではなくて、呼吸や所作、精神性、美意識といった、数値では測れないものも、人間が健やかに生きることと深く関わっているのではないか。そう感じるようになったんです。
――日本人である私たち自身が忘れがちな美意識や文化を、むしろ海外の方が魅力として捉えていることもありますよね。
おもしろいですよね。僕自身、研修などで海外を訪れる機会が多く、今も海外の人と接する機会が多いのですが、その中で、あらためて日本古来の文化や感覚の魅力に惹かれるようになりました。
――「日本」に興味を持った竹下さんは、特に日本の「神話」がおもしろいと感じているそうですね。
日本人らしさや美意識の源をたどっていくと、神話に行き着くんじゃないかと思っています。古事記や日本書紀があり、その後さまざまな時代を経ながら精神性が受け継がれ、武士道のような考え方にもつながっていく。その途中には、インドから仏教やヨガのような思想も入ってきます。そういった長い歴史の流れの中で、日本人独自の思想や身体感覚が形づくられてきたのではないかと思っています。
――目に見えない知恵や思想も、私たちのウェルネスに関わっているということですね。
はい。トレーニングによって筋肉がついたり、理想の体になったりすることで得られるものはもちろんあります。
でも、それとは別のところで私たちの体や心に作用するものもあると思うんです。姿勢を正す、呼吸をととのえる、一つひとつの所作に意識を向ける。そうすることで、自分の内側が静かになったり、自分自身に戻れたりすることがある。
そういう日本に昔からある感覚を、現代のウェルネスとしてもう一度捉え直してみたい。「自分だから伝えられることがあるんじゃないか」と考えるようになったんです。

大切なのは「今、この瞬間」に意識を向けること
――スマホの普及や情報過多な生活の中で、現代人は「今」に意識を置く感覚を失いつつあるとも言われています。
今、この瞬間に意識を置くことを「中今(なかいま)」と言います。神社の宮司さんとお話をしているとよく出てくる言葉なのですが、現代人に足りないのは「中今を生きる感覚」だと言われています。
もちろん現代に限ったことではなく、人間はどうしても過去の後悔に引っ張られたり、未来の不安に囚われたりするものですよね。頭の中では、常に過去と未来を行き来している。
さらに今は、スマートフォンを通じて絶えず新しい情報が入ってくる時代です。昔とは比較にならないほど多くの情報や刺激にさらされていることも、「今」に意識を置くことを難しくしている理由のひとつだと思います。
――次々と情報が入ってくると、意識が外側へ外側へと向いてしまいますよね。
そうなんです。次々と考えることが出てきて、脳はずっと動き続けている。そうすると睡眠にも影響が出てきて、体調やメンタルのバランスを崩すことにもつながっていきます。
だからこそ大事なのが、「自分で選択する」ということだと思います。
すべての情報を遮断することも、考えることを完全にやめることもできません。だからこそ意識的に「今」に戻る時間をつくる。そして、自分にとってちょうどいいバランスを知る。その感覚が、これからますます重要になると思っています。
――筋トレをしているときにも、副次的な効果として「今」に意識が向く瞬間はありそうですね。
そうですね。たとえば重いバーベルを挙げている最中に、過去の嫌だったことを思い出したり、未来の心配をしたりする人はあまりいません。その意味では、筋トレによって結果的に「今、この瞬間」に意識が向くことはあります。
ただ、筋トレの場合は、筋力を高める、身体機能を向上させる、体を変えるといった目的がまずあって、その過程で「今」に集中する瞬間が生まれる。
一方で僕が今考えているのは、「今、この瞬間に意識を向けること」そのものを大切にするということです。呼吸や姿勢、所作に意識を向けながら、外側ではなく自分の内側へ戻っていく。そうした感覚は、日本の文化の中に昔から存在していたと思うんです。

合理性だけでは測れない、日本の「精神性」
――筋トレは、取り組んだことが結果として見えやすく、ダイレクトな達成感や喜びにつながります。
はい。筋トレは非常に合理的なものなんです。その人に必要なトレーニング量や負荷を設定して、そこに必要な食事や休息を組み合わせていけば、目に見える成果が表れてくる。その楽しさや達成感は、筋トレの大きな醍醐味だと思います。
一方で、日本に昔からある神道の考え方や武道には、そうした合理性とはまた違う価値があります。
たとえば、姿勢をととのえる。呼吸をととのえる。ひとつの所作を丁寧に行う。何かをすればすぐに数字が上がるとか、目に見えて体が変わるというものではないかもしれません。でも、繰り返していくうちに自分の内側がととのい、心と体が一致していくような感覚がある。
僕は、そういうところに人間としての深みをつくるものがあると思っています。
――体を変えるという「目に見える成果」だけではなく、呼吸をととのえたり、道を極めたりする中で得られる「目に見えない変化」もあるということですね。
そうですね。
筋力や身体能力を高めることも大切です。でも、それだけでなく、自分がどう立つのか、どう呼吸するのか、どんな意識で日々を過ごすのか。そういったことも含めてととのえていけたら、人としてもう一つ上のレイヤーに進めるんじゃないかと思っています。
西洋的なトレーニングで身体を鍛えることと、日本古来の感覚を通して自分自身をととのえること。そのどちらか一方ではなく、両方があっていい。
そして今の時代だからこそ、後者のような感覚を必要としている人が増えてきているんじゃないかと感じています。
プロフィール:竹下雄真さん

デポルターレクラブ代表。早稲田大学スポーツ科学研究科修了。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員。
米シアトルでパーソナルトレーナー研修に参加。帰国後、都内パーソナルトレーニングジムにてトップアスリートをはじめ多くの著名人の肉体改造に携わる。2010年デポルターレクラブを立ち上げ、2011年にパーソナルトレーニングジム、2014年にコートヤードHIROOにてデポルターレヨガ、デポルターレケアをオープン。現在デポルターレクラブは、東京・港区の麻布台ヒルズに拠点を置き、フィットネスだけでなく、パーソナルトレーニングジムとクリニックを融合した「メディカルウェルネスコース」などを開設。会員のフィジカル、メンタル、ソーシャルを支えている。
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