私は「当たり前」を取り戻した。2025年の私に起きた、静かで大きな変化|連載 #こころをほどく
元アナウンサーの渡邊渚さんが、自身の心に宿る想いをひとつずつほどきながら、心身のつながりや揺れ動く気持ちを綴るエッセイ連載。
今年最後のエッセイなので、2025年を振り返ります。
2025年最も良かったことは「朝起きられて、ご飯を食べられるようになって、夜には眠れるようになった」ということです。当たり前のことなのに、PTSDになってから、私はそのやり方すらわからなくなっていました。
フラッシュバックなどの大きな打撃のある症状が消えても、過覚醒や認知の変化などは抜けず、なかなか普通の生活を送ることができませんでした。朝起きることができず、身体が鉛のように重くて気持ち悪い。お腹が空かず、食べ物の匂いがしんどかったり特定の食べ物は見られなかったり。その代わりに甘いものばかりを食べる。夜は睡眠薬を飲んでも眠れず、耳鳴りも止まらないし、微熱が続く...こんな生活がずっと続くなら、死んだ方がマシだとよく思ってました。
それがここ1〜2ヶ月で、突然改善し始めました。自分でもびっくりしています。信じられないくらい身体が軽く、何かをやりたいという欲がでてきて、“元気”とはこういう状態のことを言うのか!とやっとわかりました。本当に、驚くほどの劇的変化でした。
では、なぜこの1〜2ヶ月、急激に改善し始めたのか?
考えてみると2つあります。ひとつは、やっと安心を手に入れられたから。
2024年から2025年にかけて、私は激動の時間を過ごしました。いろんな誹謗中傷や根拠のない噂によって心が傷つけられるだけでなく、やっと再開できた仕事を奪われて、やるせ無い気持ちになったり。何も間違ったことは言ってないし、やってないのに、幾度となく自分の尊厳を傷つけられて、こんな世の中腐ってる!と憤ったり。
精神疾患に向けられる世間の目や間違った認識に、愕然としたこともありました。苦しくて苦しくて、仕方なかったです。何も悪いことをしていないし、嘘もついてないのに、何でこうも辛いのだろう。PTSDの症状が少しおさまっていたはずなのに、世間からの容赦ない攻撃によって、心身ともに疲弊してました。大量の涙で、視界も未来も、霞んで見えました。
今夏くらいから、ようやく身の回りのことが落ち着いてきて、精神的な波が収まってきました。攻撃の数が減ったら、私の心のモヤモヤも減っていき、ずっとそばで支えてくれる人たちとの時間を大切にできました。そこで本当の安心を、ちゃんと感じることができたから、一気に変化したのかな、と思います。
この1年、さまざまなジャンルの業界や人間に出会い、いいこともあれば悪いことにも巻き込まれながら過ごし、悪意をもった攻撃にも耐えたからこそ、本当に信頼でき安心できる人たちを、徐々に見抜く力も養えました。その中で学んだのは、意外と自分の直感を信じていい、ということです。
「胡散臭いな」「なんか嫌だな」「人間として合わないな」と思った人と、頑張って付き合う必要はありません。「自分が蔑ろにされているな」「良いように使われているな」と少しでも感じたら引いていい、いや引くべきなのです。
「私が相手を大切にする分、相手にも私を大切に扱って欲しい」と思うことは傲慢ではなく、至極当然のことです。それが対等な関係であり、健全かつ安心な関わりです。
急激な改善の理由のふたつめは、頑張らなくていいから、自分から小さな希望の灯火を消さなかったことだと思います。
精神疾患は薬を飲めば1発で治るわけではないし、手術もできない。自分でコントロールして向き合っていくことで徐々に良くなっていくもの、とよく言われます。本当にその通りで、一朝一夕にはいきませんでした。
それが本当につらくて、「こんなに頑張って治そうとしてるのに、いっこうに良くならないじゃないか。徐々に良くなるなんて嘘だ!」と諦めたくなる場面がたくさんありました。正直なところ、「諦めて惰性で生きてみるか」みたいな気持ちも少しだけありました。
本当にもう無理と思ったら、生きることを投げ出そう、その決断に正解も不正解もないというメンタリティーでした。ただ同時に、「もう無理だと思うまで頑張らなくてもいいから、差し伸べられる灯火を自分から消していくのはやめよう」ということだけ、心の中で決めていました。
ありがたいことに私は周囲の人に恵まれていて、助けよう、支えようとしてくれる人がいました。私の落ちた真っ暗な深い井戸に、光を与えてくれたのです。
それを自分からフーッと消してしまうのはもったいないし、みんなに失礼だから、差し伸べられた温かい光を、頑張らなくてもいいから、自分で消すことがないように、生きてみました。
それらの光が今、2年以上もかかってしまったけど、やっと大きなエネルギーになって明るい世界を切り拓いてくれたのではないかなと思います。全ては助けて支えてくださった方々がいなくては成し遂げられなかった回復なのですが、頑張らずとも生きながらえた自分をほんの少し褒めてあげたいです。
今朝は8時に起き、ベッドから軽々と降りて、彩り豊かな野菜がいっぱいの朝ごはんを食べられた。午前中は在宅で仕事をして、ランチミーティングに出かけられた。具だくさんのパスタを食べられた。電車にも不安なく乗れて、たくさん歩くこともできた。それから夕方まで、普通に仕事ができた。夜は友人と外食できて、0時を過ぎそうな今、眠たいと思えている。今の私には、毎日できるようになったことがいっぱいです。
病気になる前には感じることのなかった小さな一つ一つの行動に、嬉しさと感謝をもって生活できています。1年前、2年前の、ベッドから出られない自分からは想像もできなかった未来が待っていました。
来年、そしてその先にどんな未来が待っているのか。
笑顔で過ごしているといいな、楽しいことに溢れているといいな。
そんなことを願いながら新しい年を迎えたいと思います。
皆様、良い年の瀬をお過ごしください。
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