ヨガ的メンタルヘルスガイド【トラウマに対するヨガの効果】と実践法
心の健康のために5つのクレーシャを理解する
仏教やヒンドゥー教では、クレーシャとは「煩悩」として知られ、内なる平穏への道を妨げる負の精神状態を意味する。英語では「poison(毒)」と訳される。つまり、苦しみにつながる心の毒素だ。クレーシャに気づけば、痛みやトラウマの根本的な原因に迫ることができる。苦しみをもたらすクレーシャを突き止めて、解毒剤としてヨガを利用する方法を紹介しよう。
アヴィディヤ(無知)
私たちは聖なる意識の体現者だ。本当の自分が何者であるかを忘れると、アートマン(魂)との断絶が起こる。アーサナ、プラーナヤーマ、瞑想の実践を通じて自分の本質とつながり、無知を手放せば、現実を誤解したり間違った信念を持つことから解放される。ヨガ哲学では、無知を克服できれば、他の精神的な苦悩もおのずと克服できると説いている。
試してみよう:ナタラージャーサナ(踊り神のポーズ)
バランスをとりながら後屈をするポーズで、集中力と決意を要する。このポーズは、無知を破壊し、知識の炎に火をつけるシヴァ神の力を表している。
アスミター(エゴ、自我意識)
誰にも自我意識はある。この世で自信を持って生き抜くには必要なものだ。だが、その自我意識に翻弄されて生きていると、それが暴君のように振る舞い始める。そこに苦しみが生まれる。自我意識を克服するには、自我意識から解放されることがまわりの人々の解放と密接につながっていることを再認識する必要がある。カルマヨガで無私の奉仕を実践し、自分の行動の成果を聖なる意識にゆだねることによって、自我意識を制御することができる。
試してみよう:アドームカシュヴァーナーサナ(ダウンドッグ)
この穏やかな逆転のポーズでは頭が心臓よりも下になるため、自分自身と世界を異なる視点から見ることができる。ポーズを実践しながらマインドを公平に客観的に観察し、自我意識の反応を弱める練習をする。
ラーガ(愛着)
心地よさへの執着は、私たちが思う以上に大きな悲しみをもたらす。味わい深いチョコレート、恋人との抱擁……ひとたびそれがなくなると、私たちは仏教でいうところの「渇望」を感じ、さらに求めるようになる。だが過去に手にしていたものに固執したり、将来を心配しているとき、私たちは今この瞬間を十分に生きていないことになる。
試してみよう:ナディショーダナプラーナヤーマ(片鼻呼吸法)
呼吸法は体と心をひとつにする。特に左右の鼻で交互に呼吸をすると、体の左右のバランスが整い、安定感と平穏が訪れる。
ドゥヴェーシャ(嫌悪)
ドゥヴェーシャとは、物事の良し悪しを判断する感情のことで、悪いと決めつけたものとの間には分裂や不調和が生じる。バランスを欠いた状態で生活していると、真の幸せは自分の中にあることに気づけなくなる。
試してみよう:オームマントラ
音を利用して心を静め、好き嫌いにとらわれないようにしよう。このマントラは内なる落ち着きを生み出し、回復力を培い、自身の成長に目を向けるように導いてくれる。毎日唱えれば、レジリエンス(ストレス耐性)や、自己の成長と進化に対する受容性を高めることができる。
アビニヴェシャ(死の恐れ)
人生には限りがあるにもかかわらず、私たちの苦しみの多くは肉体への執着に起因している。ヨガでは、肉体は魂の乗り物にすぎないと説いている。死は避けられないのだ。究極の平穏は、死を受け入れ、ヨガの究極の目的であるサマーディ(悟り)に向けて努力することによってのみもたらされる。
試してみよう:シャヴァーサナ(亡骸のポーズ)
この休息のポーズで、執着を手放す練習をしよう。無常を受け入れ、この肉体とともにある時間を楽しむことに集中する。自分が聖なる意識と融合する様子をイメージし、内なる目覚めによってもたらされる解放感を味わおう。
—アヌシャ・ウィジェヤクマール
ウェルビーイング・ナーブ(幸福の神経)とは
神経系の健康状態が、幸福度の鍵を握る?
これは「ポリヴェーガル理論」と呼ばれる理論の背景となる考え方だ。この理論によると、レジリエンス(ストレス耐性)は、外界の認識の仕方(敵か味方か)や、自律神経(ANS:心拍数、消化、呼吸などを制御する、ほとんど無意識のメカニズム)の働きによって、人生を通じて培われる。
現代の生活は騒々しく、雑音が多く、要求が多い。電話の着信音、クラクション、プッシュ通知などで私たちの神経系は常に厳戒態勢に置かれ、アドレナリンやコルチゾールのようなストレスホルモンが放出されている。これらのホルモンの過剰分泌は、やがて免疫系に悪影響を及ぼし、不安やうつ、PTSDの原因となる。
だが良い知らせがある。心身医学の専門家によると、人体の中で最も複雑な神経回路のひとつである迷走神経を整えれば、ストレスに対する神経系の反応を制御できるというのだ。迷走神経は脳幹から結腸まで延びており、ほぼすべての生理学的システムとつながっている。そして、2つの経路を通じて、どのように外界を認識して反応するかを決定する中心的な役割を果たしている。
1つ目の経路は迷走神経背側運動核と呼ばれ、外部環境に関する情報を脳から内臓に伝え、呼吸や消化機能を調整している。たとえば、恐怖を感じると、迷走神経は心拍数の低下や血管拡張による全身の機能停止を引き起こし、体を硬直させる。それが大きなショックの場合は、血圧が急激に低下するため、脳の酸素が不足して失神に至ることもある。
2つ目の経路は、喉のチャクラを中心とした腹側迷走神経複合体と呼ばれるものだ。これは、話し方、声、顔の表情など、社会的な行動様式を通じて自分自身をまわりにどう表現するかを制御している。自分のストレスをうろたえた声や緊張した表情によって絶えず示していると、まわりの人も同じように反応して、さらに不安を強める場合がある。
ボストン大学医学部のクリス・ストリーター准教授(精神医学・神経学)は、ヨガや瞑想、呼吸法は迷走神経の活性化を促し、それによりストレス時も興奮状態からリラックスモードに移行しやすくなるという研究結果を最近発表した。「ヨガを実践する人はストレスの蓄積が減り、レジリエンスや幸福感が高まるのよ」と、彼女は言う。ではここで、迷走神経を整える練習を紹介しよう。
●ウジャイ・プラーナヤーマ(勝利の呼吸):
忙しい一日の終わりにウジャイ呼吸をすると、神経系を反応モードからリラックスモードへと急速に再調整できる。ゆっくりとしたリズミカルな呼吸は、過剰に刺激された心を落ち着かせる。吐く息を長くしながら10回行う。
●瞑想:
研究では、慈愛に満ちた瞑想を実践している人は、迷走神経が活性化していることがわかっている。環境や社会に配慮することは、私たちが世界をどのように認識するかを形づくり、物事に対する思いやりと判断力を育むのに役立つ。人の幸せを祝福し、不幸な人を思いやり、誰かが素晴らしいことをしたときには喜びを感じられるようになろう。
●リストラティブヨガ:
この実践で外界への反応をゆるめることにより、副交感神経系を制御することができる。床、毛布、ヨガマットなどの上でリラックスできる姿勢をとり、体と呼吸に意識を向ける。不安や重苦しさ、窮屈さも含めて、感じることすべてを受け入れよう。リラックスしながら実践を深めるために、30分間じっとしていよう。
●猫と牛のポーズ:
これらの動きで迷走神経がお腹に接する部分をマッサージできる。一日を通して数回繰り返す。
●スロートチャクラ(第5チャクラ)を開く:
胸や喉を開くヨガのポーズは迷走神経を刺激する。座った状態で両手を肩におき、息を吸いながら両肘を左右に大きく開いて、あごを持ち上げる。息を吐きながら両肘を胸の前で合わせ、あごを引く。深い呼吸を繰り返しながら、この動く瞑想を行う。
—レイチェル・スレイド
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