罰を与えるとスッキリ…叱るは暴走する?!フクチマミさんが語る「子どもを叱ること」を見直すべき理由とは
『もう叱りたくないと思ったら読む本――子育て世代の新常識・マンガ〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)を描いたフクチマミさんへのインタビュー後編。「叱らないことを叱られる」プレッシャー、逆に「叱ることで褒められる」怖さ。親を追い詰める周囲からの視線は、実は子どものためになっていないのかもしれません。大人同士の関係にも通じるヒントや、SNSをやっている人には知っておいてほしい「処罰欲求」の話など、フクチさんに伺いました。
叱ることに頼らない先生に「ありがとう」を伝える
——作中には、周囲から親や先生に向けられる「もっと叱れ」というプレッシャーも描かれていました。
私は、先生との電話や面談のときなどに「こういう場面で強く言わずに、こんなふうに伝えてくださってありがとうございます」と、具体的に積極的に伝えるようにしています。「良い」と思っている人の声は、意識的に伝えないと届かない気がするからです。先生も孤立するとつらいと思うので、「たとえ外からバッシングを受けたとしても、私は先生の方針の味方ですから」という気持ちを届けたくて。もしかしたら「もっと叱ってください」と言う親御さんもいらっしゃるかもしれませんが「私は先生の方針が良いと思っています」と伝えるのは大切だと思うんです。
——たとえば公共の場で子どもが騒いだときに、叱ることで周囲が納得するという構造があります。
一度叱りつけることで「ちゃんと親の役目を果たしている」と評価されるところはありますよね。実際に子どもが静かにならなくても、「言っているから仕方ないか」と許される。日々の経験から「ここで叱っても静かになるわけがない」とわかっていても、周囲の目を気にして叱ってしまうのは、子どものためではないですよね。
言い換えれば、「子どもを叱って子どもに嫌な思いをさせることで、自分は周りから叱られずに済む」という構図。まるで自分が叱られないために子どもを生贄に出したような気持ちにもなるので、罪悪感が残るのだと思います。「叱らないことを叱られる」というプレッシャーの怖さ、逆に「叱ることで褒められる」ことの怖さは、身に染みています。
子育て以外の場面でも繋がってくる
——本作は子育ての場面が中心ですが、大人同士のコミュニケーションでも「これは知っておいてほしい」と思うことはありますか。
たくさんあります。「叱られたからこそ成長できた」を他人にも当てはめることは、叱られることで良い効果を得られなかった人が見えなくなっている「生存者バイアス」であること、「しない」に見えても実態は「できない」であるケースもたくさんあることなど、子育て以外でも繋がってくる話を描いています。
また、暗記においても見て覚えるタイプと、書いて覚えるタイプがいるように、情報処理のスタイルが人それぞれ違うことは、ニューロダイバーシティ(神経多様性)の話にも繋がっていて、職場でも大人同士でも知っておくといいと思います。私自身、本作の元となっている村中直人さん著『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)(以下、元本)を読んで、「一律の基準で人を判断しすぎだった」と思うようになりました。
SNSをやっている人には、処罰欲求のことも伝えたいです。「悪いこと」をした人を見ると、「許せない」という気持ちが沸き上がってきて、罰を与えるとスッキリする。処罰欲求は社会の秩序を守る側面がある一方で、暴走する危険性もあって、自分でも気がつかないうちに叱ることが目的になる恐れもあるんです。この仕組みは家庭だけでなく、学校や職場、そしてSNS炎上でも見られること。もちろん「批判」は別ですが、処罰欲求の仕組みを知っておくことで、暴走の抑止になるんじゃないかと思います。
村中さんが元本をベースにスポーツをはじめ、いろいろなジャンルに派生させて書かれていて、そのうちの一つである子育てパートを私が漫画として描かせていただきました。なので、子育てに限らず、いろいろな場面で応用できるお話だと思います。
頭でわかっていても、体に染みついている
——読んだ方からは、どのような感想が届いていますか。
叱るときは反射的に出てしまうので、「読んだから明日から叱らなくなるか」と言われるとそうではないなど、わかっていてもすぐにはできないという感想は多いです。それでも「少しずつやっていこう」といった感想をくださる方が多い印象です。
うちは叱ることを見直し始めたのが、子どもが中学生と小学校高学年のときだったので手放しやすかったですが、幼児は難しいですよね。幼いと理屈がなかなか通じないですし、毎日が危機介入のようなもの。親の睡眠時間も削られるので、常に冷静に穏やかに判断するなんて難しいと思います。
担当編集さんも元本を制作する中で不必要な叱りを手放せると思っていたそうですが、「理論が頭に入っていても、ゆとりがない状況だと叱ってしまう」と話してくださいました。加えて、「これは危機介入だからいい」と微妙なラインの出来事も自分に「危機介入だから」と言い聞かせて正当化していた瞬間があったので、怖くなったとも聞かせていただきました。すぐには完璧にできないものだと思うので、日々意識することの積み重ねで、漢方のように体質を変えていくような感覚なんだと思います。
——知っていても完璧にできるとは限らないのですね。
お子さんの年齢や発達によって、理論的な話が通じるかも変わってくるので、本書のとおりにスムーズにできないこともあるかもしれません。私の家でも本書で取りあげていることでできていないこともあります。ただ、親の考え方や捉え方が変わる本なので、日々のコミュニケーションがじわじわと変わっていくと思うんです。
叱るを「身の丈にあった評価」に戻す
——最後に、この本を通して伝えたいことを教えてください。
「叱るを手放す」と聞くと、一気にネグレクトや放任のイメージを持たれてしまうから難しいと感じます。子どもが社会性を養うために、大人はさまざまなことを教える必要があると思うんです。ただ、それは「叱る」という方法を取らなくても、できることだと知っていただけたらと思います。
村中さんが「叱ることは過信されている」とおっしゃっていたのですが、そのとおりだと思います。もちろん危機介入としての力はありますが、それ以上の効果があるかのように扱われてきましたよね。まるで100の力しかないのに、5000ぐらいで評価されているような感じがします。「叱ること」をなくそうという話ではなくて、身の丈にあった評価に調整していく必要があると思います。
【プロフィール】
フクチマミ
マンガ家・イラストレーター。
「わかりにくいものを、わかりやすく」をモットーに“実はよくわかっていないこと”を取材し紐解いて伝えるマンガを多数刊行。
共著に『おうち性教育はじめます』シリーズ、『マンガでおさらい中学英語』シリーズ(以上、KADOKAWA)、『最新 マンガでわかるADHDの子どもたち』(バトン社)、著書に『マンガで読む妊娠・出産の予習BOOK』(大和書房)、『晩ごはん症候群』(主婦の友社)ほかがある。
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