5月は「メンタルヘルス啓発月間」|メンタルヘルス大国アメリカの現状とともにその重要性を考える

5月は「メンタルヘルス啓発月間」|メンタルヘルス大国アメリカの現状とともにその重要性を考える
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"メンタルヘルス大国"とも言われるアメリカでの「メンタルヘルス啓蒙の歩み」を振り返ります。

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メンタルヘルスの啓発記念日の認知に伴い、日本でも年ごとにこの問題についての人々の認識や理解が高まりつつあります。

そもそもメンタルヘルスとは何でしょうか?ここで改めておさらいをしてみます。

メンタルヘルスとはそもそも何?

日本の厚生労働省のウェブサイトにはこのように書かれています。

メンタルヘルスとは体の健康ではなく、こころの健康状態を意味します。

(中略)

しかし、だれでも気持ちが沈んだり、落ち込んだりすることはあります。日々の生活の中でストレスを感じることも少なくありません。気分が落ち込んだり、ストレスを感じることは自然なことですが、このような気分やストレスが続いてしまうと、こころの調子をくずしてしまう原因にもなります。さらにこころの不調は、周囲の人に気づかれにくく、自分からも伝えづらいため、回復に時間がかかってしまうこともあります。

近年、こころの病気は増えていて、生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれています。こころの病気は特別な人がかかるものではなく、ストレスなどが積み重なることがきっかけとなって、かかってしまうことがあるように、誰でもかかる可能性があるのです。

(中略)

そのため、こころの調子をくずしてしまった場合は、ひとりで抱え込まずに家族や友人など、身近な人に相談しましょう。身近な人には相談しづらい場合や、相談できる人が周りにいない場合は、こころの相談窓口などに、あなたの不安やつらい気持ちを伝えてください。

心の不調がある場合、身近な人に相談すること、そしてそれができづらい場合は相談窓口などの専門機関に頼ることが,厚生労働省の情報では推奨されています。

メンタルヘルスの問題を抱える人の数が多く、この問題に長年取り組んできた歴史のあるアメリカはいわばこの分野の先進国と言ってよいでしょう。セラピストなど専門機関や専門家は日本と比べより身近な存在で、医療機関で処方された薬を含め、より一般的に利用されているのが現実です。

例えば筆者の周りでも、退職後にうつ病になった友人がいます。専門機関に頼った友人は、その日に強制的に入院させられました(自殺を防止するために)。別の友人夫婦は夫婦関係の課題にカップルセラピーと共に取り組んでいます。これらの話はアメリカでは決して特別なケースではありません。

アメリカには心のケアを行う多様な専門機関が点在し、日本よりアクセスしやすい環境が整っていると言えます。筆者が暮らすニューヨークにも、そうした支援のための専門機関が数多く存在します。

その中でも歴史の長い「ハミルトン- マディソン・ハウス」(Hamilton-Madison House)は前身のマディソン・ハウスの設立が1898年、ハミルトンハウスの設立が1902年と、100年以上の歴史を誇ります。

“人種のるつぼ”と形容されるニューヨークらしく、このハミルトン- マディソン・ハウスの中には日本部門として、日本人心理療法士が常駐する日米カウンセリングセンター(1983年創立、松木史センター長)もあります。ここで2人の心理療法士が、在留邦人の心のケアや精神的な問題に日本語で対応、支援しています。

同センターの心理療法士、竹島久美子(Kumiko Takeshima Asiedu, LCSW)さんはこのように言います。

「アメリカでは約23%の人が軽度から重度のメンタルヘルスの問題を抱え、うち半数近くの46%が何らかの治療を受けていると言われています」

同センターでは現在85名のクライアントが、対面およびオンラインによるセラピーと投薬治療を受けているといいます。コロナ禍をきっかけにオンラインセラピーがより一般的になり、予約のキャンセルが著しく減少したそうです。

国民全体のメンタルヘルスの安定が社会全体の利益に

より多くの人が専門機関に頼る(頼れる)背景として、前述の通りリーチしやすい環境が整っている事実があります。加えて、「アメリカではカウンセリングが保険適用となるため、日本と比べるとより気軽に相談機関を利用する人が多い印象です」と竹島さんは言います。(数字は2023年の統計による)

竹島さんによると、60年代に精神疾患を抱える入院患者の脱施設化が進み、それに伴って地域に根ざした外来型のメンタルヘルスクリニックが多数設置されたそうです。

この流れを受け、地域での精神医療・心理支援に対応できる専門職の拡充が求められるようになり、同時に薬物療法の分野でも進展が見られ、精神疾患に対する新たな治療薬の開発が進んでいったといいます。

「『国民全体のメンタルヘルスの安定が社会全体の利益につながる』という考えのもと、80~90年代にかけて、精神科医に限らず、心理療法を提供できるライセンス保持者(サイコロジスト、ソーシャルワーカーなど)を増やす動きが本格化していきました」(竹島さん)

現代アメリカにおいてもメンタルヘルス問題は根強く残っていて、「メンタルヘルス危機」などとも言われているのは事実です。それでもこの問題に向き合ってきた長い歴史がある分、専門家にリーチしやすい環境が整っていることは確かでしょう。

メンタルヘルス問題を抱える人の数は、日本では調査方法や対象によって異なりますが、アメリカとほぼ同じか少し多そうです。なのに、専門機関に頼っている人はアメリカより少ないようです。日本医療政策機構(HGPI)の世論調査(2022年)では、こころの不調を感じた際に相談先が「ない」と回答した人が30%に上り、こころの不調を相談できる相手・場所が限られていることが分かっています。

その背景として、日本では我慢することが美徳とされ、精神疾患に対する偏見や誤解がまだ根強くあり、治療を受けることを恥ずかしく感じる人も少なくないからでしょう。そして問題に対処できる専門家の数が報酬面や労働環境の面から不足し、カウンセリング費用が高額であることも利用の障壁となっていそうです。

日本でも、いつでも頼れる専門家がより身近にいて、よりリーチできる環境が整備されれば、メンタルヘルス問題の改善に向けて大きな前進になるかもしれません。

参考:

厚生労働省

日本医療政策機構(HGPI)

ピュー研究所

取材協力:

Psychotherapist, Japanese Unit at Hamilton-Madison House

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