"筋肉に焦点をあてた指示"がもたらすダメージとは|指示の生体力学的分析
ヨギに特定の筋肉を「働かせましょう」「活性化させましょう」「スイッチを入れましょう」などと指示を出すと、効果よりもダメージのほうが大きくなる可能性がある。その代わりにどんな指示を出すべきなのだろう。研究からわかることを報告しよう。
筋肉に焦点をあてた指示がもたらすダメージ
私はヨガのレッスンの中では、フローの要素がありながらポーズを長時間保てるレッスンが好きだ。呼吸と体の動きの可能性を探ることができる一方で、静寂も味わえるのでレッスンを受けると清々しい気分になる。
最近受けたヴィンヤサフローのレッスンでは、「次はヴィーラバッドラーサナⅡ(戦士のポーズⅡ)。ポーズを保って」とインストラクターが掛け声をかけたので、ワクワクしながら自分の呼吸に集中してポーズを保とうとした。するとその瞬間、「はい、背中と腰の外側の筋肉を収縮させて、腿の内側の筋肉を働かせましょう」と指示が飛んだ。さらに、それだけでは不十分であるかのように、「次に、上腕三頭筋にスイッチを入れて」と声が飛んだ。私は動きがとれなくなってしまった。腰の外側を収縮させながら太腿の内側を働かせて、上腕三頭筋にスイッチを入れるなんて、いったいどうすればよかったのだろう。私は神経力学で博士号を取得しているが、それでも理解できなかった。
その結果、求めていた内なる平和はかき乱されてポーズに入ることができなかった。内なる師が、私なら皆がこの動きをできるようにもっとわかりやすい指示を出せると、(あくまでも心の中でだが)大きな声で訴えてきた。悲しいことに、ヨガのレッスンでは筋肉を「収縮させる」「スイッチを入れる」「ゆるめる」のような指示が頻繁に出されるようになっている。しかし、受講生はたとえ上級者であっても筋肉を働かせる方法をほんとうに理解しているのだろうか。
たとえば、皆さんはセツバンダサルヴァーンガーサナ(橋のポーズ)で「ハムストリングを働かせましょう」と指示されたとき、実際にハムストリングを精いっぱい働かせているだろうか。それとも「かかとをお尻のほうに位置を変えず(等尺性)に引きましょう」と指示されたほうがハムストリングをもっと効率的に働かせられるのだろうか。
さらに重要なのは、特定の筋肉を働かせる指示によって、骨の配列が整えられて、究極的には高度の統一感を味わうという本来の目的が達成できるかどうかだ。科学的なデータが、これを否定している。運動性学習に関する研究では一貫して、内側に焦点をあてた指示(つまり、「ハムストリングを収縮させる」のような筋肉の動きに関する指示)は、外側に焦点をあてた指示よりも、筋肉に収縮を起こさせる点ではるかに効果的でないことが示されている。
外側に焦点をあてた指示とは、たとえば、「かかとをお尻のほうに引きましょう」のように、筋肉に何らかの動きを引き起こす具体的な指示である。『MedicalEducation』に発表された研究結果によれば、外側に焦点をあてた指示を受けると自動的に運動指令が出されて、それを実行するのに必要な筋肉が活性化されるという。
実際、この研究論文の著者らは、特定の筋肉の活性化を求める指示を受けるとそれとは対照的に、自然な運動制御系が抑制されて運動の計画と実行が妨げられる結果、ポーズをうまく行うことができなくなるほか、筋肉の活性化に不均衡が生じる可能性があるとしている。それは理にかなっている。動作を指示されると、脳が視覚系と前庭系(内耳にあって平衡感覚と関係がある)と固有受容系(自分の関節の位置や動きを感じ取る)を活用して運動指令を出し、それによってその動きに必要な筋肉を自動的に活性化させるからだ。特定の筋肉を働かせるよう指示を出さなくても自然に筋肉の動きが引き起こされる。
もちろん例外もある。けがからの回復期や、不規則な運動パターンを是正しようとしている場合は、特定の筋肉を働かせるほうが良いこともある。ただ、私の個人的な考えでは、そのような指示は最終的な目標が具体的かつ明確で指導者が結果をつぶさに観察できる1対1の個人指導で出すべきである。グループレッスンでは、筋肉を働かせる指示の結果を把握できず、効果よりもダメージのほうが大きくなる可能性がある。
私たちはこのような指示を受けたときに体に見られる相違点を明らかにするべく、筋肉を働かせる指示を2つ選択した。橋のポーズで臀筋を働かせるかゆるめるかに関しては、見解の一致をみていない。臀筋を働かせるよう指示する人もいれば、臀筋を「枝に実った桃のように垂らしておくよう」指示する人もいる。また、私たちはこのような指示に対する体の反応だけではなく、橋のポーズで臀筋を働かせる(または働かせない)ときに起きることを生体力学的に正確に説明したいと思った。
そこで、ひとりのヨギにワイヤレス筋電計を装着して、7つの主要な筋肉(大臀筋、大腿二頭筋、背柱起立筋、広背筋、大腿直筋、腓腹筋、前脛骨筋)の活動電位を計測した。
指示の生体力学的分析
橋のポーズを行っている人が、筋肉に焦点をあてた指示(「臀筋を働かせなさい」または「臀筋をゆるめなさい」)を受けたときと、動きに焦点をあてた指示(「膝を前に押し出してかかとを後ろに引きなさい」)を受けたときに活性化した7つの筋肉の%MVCを比較した。
「臀筋を働かせてください」
この指示では、臀筋が最も大きな仕事をすることがわかった。
臀筋(お尻)…94%
脊柱起立筋(脊柱を支える筋群)…78%
広背筋(背中)…12%
大腿二頭筋(ハムストリング)…15%
大腿四頭筋…3%
腓腹筋(ふくらはぎ)…1%
前脛骨筋肉(すね) …5%
「臀筋をゆるめてください」
この指示では、脊柱起立筋が最も大きな仕事をすることがわかった。
臀筋(お尻)…48%
脊柱起立筋(脊柱を支える筋群)…77%
広背筋(背中)…13%
大腿二頭筋(ハムストリング)…3%
大腿四頭筋…4%
腓腹筋(ふくらはぎ)…1%
前脛骨筋肉(すね) …5%
「膝を前に押し出して、位置を変えずにかかとを後ろに引いてください」
この指示では、臀筋と脊柱起立筋が負荷を分け合って、最もバランスがとれた筋肉の動きが起きることがわかった。
臀筋(お尻)…82%
脊柱起立筋(脊柱を支える筋群)…77%
広背筋(背中)…15%
大腿二頭筋(ハムストリング)…15%
大腿四頭筋…2%
腓腹筋(ふくらはぎ)…1%
前脛骨筋肉(すね) …5%
その後、3つの指示に対する筋肉の活動電位を比較した。
私たちは最初に、7つの筋肉に最大限の力を発揮(最大随意収縮)するよう被験者に求めた。具体的には、目的の筋肉を主に使うような動きをしたときに、それに対抗する力をかけた。たとえば、被験者に椅子に腰掛けてもらい、その椅子に装着されているストラップに指の付け根を押し付けて、ふくらはぎの筋肉(腓腹筋)を活性化してもらった。被験者がどの程度この筋肉を随意的に活性化することができるか理解する必要があった。最大随意収縮(MVC)の値が得られれば、これを基準値にしてポーズのさまざまなバリエーションにおける活動電位を標準化することができる。私たちは各筋肉に対してこれに類することを行った。
次に、橋のポーズを行っている最中にさまざまな指示を受けたときの活動電位について、最大随意収縮に対する割合(%MVC)を計算した。(今回は損傷歴のないひとりのヨギのみを被験者としたが、ほとんどの健康な成人のヨギでは筋肉の活動電位のパターンはほぼ同等であると考えられる)。まず、筋肉に関する指示「臀筋を働かせなさい」について検討した。この指示を受けたとき、臀筋の活動電位が最も高く94%MVCであり、背柱起立筋(78%MVC)がそれに次いだ(指示を受けたときに観察された7つの筋肉の%MVCについては、167ページの生体力学的分析を参照のこと)。
次に、筋肉に関する指示「臀筋をゆるめなさい」について検討した。皆さんも橋のポーズで臀筋をゆるめると、ハムストリングがその埋め合わせをすることを聞いたことがあるだろう。しかし、実際にはその反対のことが起きた。「臀筋をゆるめる」指示を受けたときのハムストリングの筋活性度は、わずか3%MVCにとどまった。一方、「臀筋を働かせる」指示を受けたときには15%MVCになった。ただし、背面の筋肉と大腿四頭筋がその不足分を補っていた。
ふくらはぎとすねの筋活性度も、「臀筋を働かせる」指示を受けたときよりも顕著に低下した。では、橋のポーズをしている間に「膝を押し出してかかとを引きなさい」という動作の指示を受けたときには何が起きただろうか。臀筋はMVCの82%に活性し、脊柱起立筋は77%MVCに活性して、臀筋と共に負荷を支えていた。さらに、橋のポーズを支えるべく働いている筋肉(広背筋とハムストリング)がいずれも15%MVCと、MVCに対して同じ強度で活性していることがわかった。
以上の結果から、筋肉に関する指示ではなく動きの指示を受けると全身の筋肉に相乗的活性化がみられることがわかる(ポーズを保つためにひとつの筋肉がほとんどの仕事をするのではなく、複数の筋肉が同時に働くことを意味している)。
データが意味すること
今回の結果は、これまで発表されてきた諸研究の結果とともに、橋のポーズをしている間に動きを指示されたほうが、筋肉に関する指示を受けるよりもバランスのとれた筋活動につながる可能性が高いことを示している。筋肉のバランスが悪いとけがにつながりやすいため、これは重要である。ヨガのポーズを行っている間にバランスの良い動きを心掛けることによって、けがのリスクを低減できる。ハムストリングの負荷を高めようとして「臀筋をゆるめましょう」と指示すると、実際は背面の負荷が高まることがわかった。特に背面にけがをしている人にこの指示を出すと、より悪化させる可能性がある。さらに、一定の筋肉を「働かせたり」、「ゆるめたり」するにはどうしたらいいか考えないようになると、神経系に細かい指示を出す必要がなくなり、心が落ち着いて呼吸の流れに集中できるようになって、練習を真の動く瞑想にすることができる。
私は生体力学研究所で得られた研究結果を踏まえて、橋のポーズを練習するときと指導するときに、自分に向かって次のように声をかけている。
●仰向けになり、かかとを床に下ろし、膝を曲げて足首の真上に揃える。
●足裏で床を押して、腰を真上に上げる。
●腕は、背中の下で手をつなぐか、背中の下でストラップをつかむか、ロボットの腕のように肘を曲げて上腕をマットに下ろしたまま指先を上に向けるかのいずれかを選択する。
●膝を前に押し出しながら、位置を変えずにかかとをお尻のほうに引く(等尺性に引くので、実際はかかとを動かさない)。
指示の生体力学的分析
私は自論を実例で示すために、研究パートナーのジェーナ・モンゴメリー(PhD)が橋のポーズで次の指示を受けたときに、どんな反応が起きるか観察することにした。
「臀筋を働かせてください」 (内側の指示/筋肉に関する指示)
「臀筋をゆるめてください」 (同じく、内側の指示/筋肉に関する指示)
「膝を押し出して、位置を変えずにかかとを後方に引いてください」 (外側の指示/動作の指示)
指導
ロビン・カポビアンコ博士
20年以上にわたって、動きの神経制御に関する科学的研究に、ヨガの研究、実践、指導の経験を取り入れている。
ジェーナ・モンゴメリー博士
外力や装置、特に補装具や支援技術が人の動きに及ぼす影響を探る研究を行っている。
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