【休んでいるはずなのに疲れる…思い当たる?】“脱力”の代わりとなる、リラックスの新しい考え方
特別なことをしたわけでもないのに体が痛いといったことは、何かしらの思い込みから必要以上に力が入ってしまったために効率的ではない体の使い方をしているケースが多いです。そこで余計な力みと効率的な体の使い方の関係を探求しているアレクサンダーテクニークの実践者が、思い込みが体にどう影響するかを解剖学的な視点を交えて考察し、思考から体の使い方を変える方法を提案します。28回目のテーマは「リラックスしているのに疲れる」です。
脱力すれば楽になるという思いが疲れにつながる
作業に没頭していたり、気が進まないのに頑張らなければならなかったりして、いつの間にか体が強張って肩に力が入っていることってありますよね。そんなときは息を吐いて脱力し、リラックスしようとするものです。けれども、思ったように力が抜けず、余計に疲れてしまったという経験はありませんか?
強張った体から力を抜いてリラックスを促すのは当然の流れです。でも、脱力という行為をどうとらえているかによっては、余計に疲れさせるように筋肉を使っている可能性もあります。
脱力しようとして体を強張らせていたときとは逆の方向に力ませる
体が強張っているとき、一般的には筋肉を下から上へ向かって余計に使っています。そしてリラックスを得るため、筋肉を上から下へ向かって使おうとするのです。
体が強張っている状態が顕著で自覚しやすい部位として肩を例にすると、肩に力が入っているといわれるときは大抵、肩甲骨を首の方に引き寄せ、持ち上げています。それに伴って肋骨も、息を細く吸ったときのように持ち上がった位置で固定されます。これが筋肉を上へ向かって余計に使っているということ。この状態から脱力するには、肩甲骨と肋骨をを押し下げようとするでしょう。
ところが、肩甲骨や肋骨を押し下げるということは、直立のためにバランスをとっている脊椎のカーブを歪め、肩甲骨・肋骨・脊椎を動かす筋肉を上から下へ向かって余計に使っていることになります。大きく息を吐いて肩を落とし、脱力しているつもりでも、実は肩を上げている状態から下げている状態へ、力ませる方向を変えているだけなのです。だからあまり長く脱力していると、次第に疲れてしまいます。
脱力の代わりとなるリラックスの新しい考え方
体に負担がかからないことをリラックスとすれば、肩や肋骨が持ち上げてもいなければ、押し下げてもいない、脊椎が自由に動けるニュートラルな状態のことだといえます。そこで脱力の代わりに、頭や四肢が体の中から外へ広がるとイメージしてはどうでしょう。
1. まず脊椎は、ゆるいS字カーブを描いていて、その先に頭があります。そして頭は空へ向かっていきます。
2. 次に腕は、脊椎のある体の中心から外に向かって広がります。
3. そして脚は、お腹の辺りから大地へ向かって伸びていきます。
このように体が四方八方に広がる様子を思ってみることで、筋肉が偏った方向に入り過ぎず、程よいところで使えるようになります。脱力して肩を落とすことに慣れていると、肩にまだ力が入っているような感覚があるかもしれませんが、呼吸はこちらの方がより深くなるはず。脱力に代わる、新しいリラックスの定義として試してみてはいかがでしょうか。
AUTHOR
ホタカミア
ライター、グラフィックデザイナーとして会社と自宅の往復に追われる中、ヨガと出会う。また、30代後半から膠原病であるシェーングレン症候群と咳喘息に悩まされ、病と共に生きる術を模索するようになる。現在は、効率的な身体の使い方を探求するアレクサンダーテクニークを学びながら、その考えに基づいたヨガや生き方についての情報を発信中。解剖学にはまり、解剖学学習帳「解動学ノート」の企画・制作も行う。
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