アラフォーヨガ初心者!本田ゆうすけのインド修行記【さようなら、ありがとう編#33】
アラフォー体ガチガチのヨガ初心者、本田ゆうすけさんが本場インドでRYT500を取得するまでの波乱万丈!?エピソードをお届けする人気連載。涙・笑顔・別れ・新たな旅立ち…インド合宿が終わりを迎える時、ゆうすけ氏の胸に去来するものとは?ついに最終回‼
合宿裏話:ぶっちゃけ、モメました!
インドヨガ合宿、最終週に設けられたのは、今までの振り返り、成長や気づきなどを話すメンバー同士のシェアリングの場。自分のことを見つめ、客観視する練習にもなります。そこで僕が話したのは「RYT500は、試練が多かったけれど、それと同時に気付いたこともあった」ということ。実際、ヨガとは心の作用を止滅することである=心の波をコントロールするのが大事と教わりながら、いざこざやハプニングによる心の乱れは多く…メンバーともモメました(笑)。
やる気の無いメンバーにイラッ
メンバーの一人、Aちゃんはインドでの合宿が合わなかったのか、欠席の繰り返し。周囲が真面目に取り組む中、やる気を感じられないAちゃんの態度に、僕はずっと苛立っていました。先生たちは特に咎めることもせず、流れに任せるスタイル。そんな状態が半月以上続いたでしょうか。その日も授業をサボって途中で帰ろうとしたAちゃんに「いい加減にしろよ。見ててほんとムカつくんだよね。」と思わず口から出た言葉。一瞬驚いた表情を浮かべ、黙って荷物をまとめて部屋から出ていくAちゃん。やっちまったなーと思いながら、心はズキズキとドキドキとムカムカと…いろんな感情が入り混じっていました。
Mちゃんとは事あるごとに衝突
別のメンバーMちゃんとは、些細な事で衝突の繰り返し。例えば僕が歯が痛むことを周囲にもらした時、「虫歯になる人は、逃げる性格の人なんだよ」と謎の概念を放つMちゃん。極端で上から目線な態度に「いや、意味わからん。」と言うと「わかるよ、歯科助手やってたし」と、またも謎の回答・・・あとは売り言葉に買い言葉。
スワミ・シヴァナンダ(シヴァナンダヨガの創始者)について話していた時のこと。「シヴァナンダ先生クラスの方だと、弟子はなんの疑いもなく従うんだろうね」というMちゃんの発言に、僕が「そうだねぇ、今のとこそういう感覚は俺にはわからないけどね」と言うと「ゆうすけさんって、人のこと信じられない人なんだね」とMちゃん。その後、インド人スタッフが心配そうに覗きにくるほどお互い感情的になりました(^^; 衝突した日は決まって、心がささくれたまま過ごしました。
宿泊施設のインド人に怒られる…
宿泊先のホテルのインド人オーナーともモメました。当初、ホテルのご飯が合わずに苦しんだ僕は、日本から炊飯器や食料品を持ち込み、たまに調理をしていました。何かのきっかけでそのことを指摘され、「うちの電気で勝手なことするな!」と怒られました。確かに一理あるのですが、「やるんだったらもっと高い部屋でやれ!」と。高い部屋ならいいんかい!(笑) さらに過去に宿泊していた日本人のマナーのことまで引き合いに出され、理不尽な発言に「なぜ自分が…」と悔しい思いをしました。
という具合にいろいろありましたが、ごめんなさいをして仲直りしてますのでご安心を。
あきらめる=自分のクセを見つめて、執着を手放すこと
衝突を経て学んだこともたくさんあります。例えば、自分の心のクセに気づくこと。僕は「自分が正しい」という前提で、人を傷つけるような言動をしていました。物事を収めようとするのではなく、自分の正しさを認めさせたいわけですね。また、「どうせ~に違いない」と推測だけで恨んだり、その人の人格を決めてしまったり。
ヨガで言えば、これもまた「心の作用」。人はそれぞれ価値観が違うのに、自分とのズレを認められない。事実がわからないことを先入観と思い込みで悪いようにとらえてしまう。これらを頭だけでなく体感としてとらえられるようになったのは、インドでのヨガ合宿のおかげかもしれません。なんせ異国では日本のルールは通じませんし、インドの文化はカオスですから正解を求めるのはナンセンス。何かに固執したりせず、いい意味であきらめることを練習できたように思います。
あんなに嫌いだったカレー状のものたちも、「苦手だけどこっちではこれが当たり前、じゃあ何が食べられるか」を求めていったら、プラウンマサラ(こってりしたエビのカレー)というお気に入りが見つかりました。プラウンマサラが好きすぎて、最後の1週間で5回は食べました(笑)。
ヨガを通してメンバーと一体に
以前の記事でも書きましたが、合宿先にはRYT200を受けているメンバーもいます。終盤の1週間は、僕たちが先生として彼らにレッスンを行いました。代わり番こに先生役やアシスタント役をして、レッスンを作り上げていきます。
インドのヨガを嫌っていたAちゃんが、インドで習ったプラーナ―ヤ―マを教えたり。体の硬い僕の代わりに、Mちゃんにポーズのお手本をしてもらったり。受けているRYT200メンバーも、一か月ほど過ごした仲なので、思い入れがたくさんあります。
いろんな人たちとこのタイミングで出会って、一緒にヨガをしている空間。なんだかつながっているなぁという満たされた感じ。最後のシャバ―サナは、仰向けで体と心を休めるポーズ。目を閉じたみんなの顔を眺めながら、なんともいえない感慨で胸がいっぱいになっていました。
そして、無事に授与されたRYT500の修了書。インドで資格を取れば、箔がつくんじゃないかという当初の素人的な考えは、残念ながら裏切られました。体の変化はあったものの、インストラクターを名乗るには恥ずかしい、まだまだ体ガチガチアラフォーだからです。別れの流れで少しセンチメンタルになっておりましたが、RYTという資格の現実的な部分も考えたいと思います。この修了書には、どんな価値があるのでしょうか?
全米ヨガアライアンス(RYT)は民間資格
ヨガインストラクターをやりたい・ヨガを教えたいとなった時、じゃあ何か資格が必要では?と考えますが、‟ヨガインストラクター”は誰でもなることができます。お医者さんのように公的な資格が必要なわけでもありませんし、どこかに許可をもらう必要もありません。成功するかはさておき、名乗れば誰でもヨガインストラクターです。
ただ、教える以上はきちんとした知識や技術がないと…という不安を解消する一つの形が、RYTという資格です。しかしながらこれも、僕のように初心者でも取ることは出来ますので、RYTを持っているから信頼できるわけではありません。逆に、ヨガ業界で活躍されていてもRYTを保有していない方はたくさんいらっしゃいます。
なので、RYT500を取ってみて思うのは、資格自体は実力の証明にはならないこと。インストラクターをしている方々はみんなわかっていると思います。結局は実践の中で知識を深めたり、足りない部分を学びなおしたりしながら、インストラクターとしての質を上げていくしかありません。もし、「資格をとったらヨガで食べていける」「なんとかなる」と考えている人がいたら、「違いますよ!」とはっきり言っておきます。よほどのコネクションや美貌やその他の才能がない限り、無理です。
かといって!意味が全くないわけではありません。僕のような初心者は特に、学ぶ方向性が見えてきます。ヨガの歴史や種類、アーサナや呼吸法、その効果…ぼんやりと輪郭をつかむことができます。自分で輪郭の中身を埋めていくための基礎にはなるのではないでしょうか。また、資格という形は、良くも悪くも一つの基準にはなりますので、RYT200保有がスタジオで義務付けられることや、オーディションの参加資格になることもあります。
そして、僕自身が資格取得によってなんの後悔もありません!なぜなら、その過程を通して、かけがえのない仲間と貴重な経験を得ることができたから!(くっっっさ~!!でも本心です^^)
みなさんがヨガを学ぶ場所がインドであれ日本であれ、年齢も趣味も性別も違う仲間と、ヨガを通して過ごす時間は、きっと素敵なものになるはず。
旅立ちの朝
話は合宿に戻ります。修了書も頂き、RYT500コースは晴れて卒業を迎えたわけですが、みんなと、インドとお別れする寂しさの方が胸にじわじわと。
日本に帰国する当日。荷物をまとめ、ホテルの前のチャイ屋さんで、ラストチャイを一杯。熱くて甘くてホッとする思い出の味。RYT200の時にも仲間とよく飲みました。ホテルの玄関では、仲良くなったホテルスタッフがお見送り。あんまり言葉も通じないけどベンチでよくおしゃべりしたなぁ。ノックもせずに部屋に入ってきたり、「日本語教えてくれ」と2時間居座わられたり、勝手に部屋のお菓子食べられたなぁ(てゆーかみんな勤務時間だったはずだよな)。笑顔が人懐こくて、憎めない人たち。 元気でね!また来るから。
ヨガメンバーがみんなで見送ってくれるというのでロッジへ。ホテルから徒歩5分の道。大雨が降ると膝近くまで水に浸かる道。牛が寝そべっているのも見慣れた光景。いつも声をかけてくる仕立て屋のおっちゃん、馴染みの自転車屋さん。薬屋さん、雑貨屋さん、みんなお世話になりました。ちょっと寄り道して、エサをあげてた子犬たちにも挨拶に。最初は6匹いた子犬たちも、病気や事故で4匹に。残った兄弟たち、たくましく育て!
ロッジでは、ヨガメンバーが揃って見送り準備をしてくれていました。4か月前、一番最初にインドに着いたのは真夜中。ロッジに宿泊予定でした。でも、チャイム慣らしても誰もドア開けてくれない。ようやく出てきたインド人は全く話が通じない。中に入っても暗闇でシェパード犬から吠えられる。めちゃめちゃ不安でスタートしたのが今は嘘みたいに居心地よく感じます。
皆に見送られながら、お迎えのタクシーに乗り込み、窓から手を振ります。笑顔で返してくれる人、泣きながらバイバイしている人、なぜかギラギラのグラサンをかけたインド人スタッフ…(笑) どこか別れも締まらないのがインド流。ちょっとクスっと笑ってしまいます。車が角を曲がり、もうみんなの姿も見えません。
さっきまでの当たり前が、もう当たり前じゃないこと。体も心も4か月前とは変化をしていること。そして、そんな変化を感じやすくなったこと。変化を楽しみながら、今を頑張ること。混沌の国で過ごしたヨガ漬けの日々は、アラフォーの心に何か温かいものを残してくれました。
さて、まだまだお話したいことはたくさんありますが、そろそろお別れですね。こんなユルい体験記にお付き合い頂き、ありがとうございました。機会を頂いたヨガジャーナルオンラインさん、本当にありがとうございました。
ちなみに帰国後は、なんとかかんとかヨガインストラクターとして、活動をしています。レッスンがインドっぽいかというとそうでもないのですが、エッセンスは入っております。よかったら受けに来てくださいね。
なんだか名残惜しいですが、いつの日かどこかでお会いしましょう。その時は、ここでは話せていないインド話でも聞いてください。
それではまた、いつの日か。NAMASTE‼
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