ボーダレスに働き、感性を磨き、よりよい言葉を選ぶ。 翻訳家・金光英実さんの自由な選択
韓国・ソウル市在住の金光英実さん。会社員を経て渡韓し、ドラマや映画の字幕、書籍の韓日翻訳家として活動されてきました。 デジタルネイティブや先輩世代へのインタビューを通して自由な生き方の選択肢を考える #私たちの自由な選択 。今回は、私たちに身近になった韓国文化を知る娯楽の裏側を支え、日韓や様々な国を往来する「韓ドラ字幕屋」で翻訳家の金光さんに、自ら選んできた自由な働き方、過ごし方、自分らしさを失わないためのヒントを伺いました。
寮生活や語学の先生がきっかけで目覚めた翻訳の楽しさ
ーー金光さんは韓国の「語学堂」にも留学されたとのことですが、早くから語学への意欲があったのでしょうか。
金光さん:学生時代まで遡ると、さまざまな大学の学生が集うカトリックの学生寮に暮らしていました。
語学との最初の出会いは英語。次に、大学でのスペイン語。スペイン語の先生が南米出身で日系の方だったんですが、日本語がとても上手な方でした。
先生の授業は翻訳の授業ではなかったんですが「ここはこうやって訳すといいと思います」と選ぶ日本語のセンスも素敵だと思いました。それが翻訳と私との出会いでした。
当時から学生たちで協同する翻訳作業が楽しくて、ちょっとエクスタシーみたいなものを感じていたと思います。
ーー先生との出会いも重要だったのですね。語学への熱意がある方は多くても、翻訳家という職業につくのは「狭き門」だと思えるのですが、韓日翻訳家に至るまで、どのようなご経験があったのでしょうか。
金光さん:キャリアのスタートは、1年半くらい会社員で営業職を務め、そして辞めました。
その後、NPO団体でバイトをすることになりました。国際関係の団体でアジア出身の人が多くいたんですが、その中でサムスン社の「地域専門家制度」(1年に数人を1年間ほど様々な国に派遣するシステム)に携わる方々と出会い、初めて格好いいなと思って、韓国へのイメージが変わりました。
実は、韓国や韓国語が好きでたまらないという気持ちから始まったわけではなかったんです。
初めは中国に行こうと考えていたのですが、手続きが簡単な韓国にしようと決意し直し、96年に渡韓しました。
韓ドラ、韓国映画、漫画の連載、書籍まで。 バラエティ豊かな翻訳って「アート」!
ーーNetflixなどが浸透し、娯楽として韓国文化や韓国語を目に触れる人が増えた印象ですが、翻訳された日本語について無意識になっているかもしれません。そんな字幕の下支えに携わる原動力はどこから生まれるのでしょうか。
金光さん:翻訳の仕事は、ドラマや漫画などは連続するものなので、基本的にいつも締め切りに追われる生活です。
だけど私は、ずばり翻訳が楽しいです。そして、私が考える翻訳は「アートだ!」ということです。
執筆と翻訳双方で著作をたくさん出している村上春樹さんが「記事を書いている時と、翻訳では脳の使い方が違う」と言っているのも共感する部分が多かったんです。
ーー韓国語から日本語に翻訳する時、金光さんが表現の部分で気をつけていることは。
金光さん:マナーやコードの部分は他の翻訳者とも共通することかもしれません。例えば字幕には使える漢字が決まっていて、用語の手引きに従って、日本語の「不自然」に留意して直す作業をしています。
デザイナーさんや写真家さんとは違い、翻訳者が自分なりの感覚・感性を表現できる箇所に「字面(じづら)」があります。
翻訳者の会話で「これって、字面はどう?」などとよく出てくるのですが、ベテランの方にはその字幕がいいか悪いか、内容を見なくてもパッとわかるそうです。
個人的に、ひらがなを多用しすぎても読みにくいなと思ってしまいます。ただ、私がひらがなにしたいと思っても、字幕会社や制作会社の意向や、前話との統一性などを考えて、使えないこともありますね。
「これはひらがなにした方が素敵だな、とか、カタカナの方がいいな」といったものは、感覚的なものと言えるかもしれません。感覚だからこそ「字面がね」と入門の翻訳者に伝えたら、意を汲み取ってもらうのには苦労しました。
ーー日本語に直す際、「字面」という文字の見た目にも留意されているんですね。
金光さん:そして、これも知ってほしい。翻訳は決して私一人の力ではなく、一緒にお仕事をする監修者の下支えが合って、成り立っているんです。
例えば、ある不自然な日本語の表現があったら「どう不自然なのか」を説明する監修者の発案や、代案を出してもらって、陰で助けられて出ていく表現も多いです。
私はそんな監修者をとても尊敬しています。クレジットによく私の名前を出していただけるのですが「これは私一人の力じゃなく、監修者さんとのやりとりで作り上げた作品なんだよなぁ」と思うこともあります。
ーー翻訳物の裏側にある人となり。意外と知られていないなと思いました。金光さんがこれからもっとチャレンジしたい翻訳領域があれば教えてください。
金光さん:エンターテインメントですかね。推理小説、ホラー、ラブストーリー・・・いろいろありますが、みんなが読んでいて「面白い!」と思うようなものです。
ドラマや映画の仕事は、基本的に選ばず取り組みたいですが、力を入れたいのはやっぱり書籍です。今年は夏の出版を目標に、翻訳の仕事とは別に自分自身の本の執筆にも時間を割く予定です。
居心地よい「旅と社交」が日常にある仕事
ーーXの投稿を拝見する中で、移動中すら楽しむような働き方、過ごし方をされているのが、金光さんのライフスタイルに興味を持ったきっかけでした。
金光さん:「ちょっと休もう」という気持ちになる時は、旅や移動で自分にお金を使います。人それぞれ、お金の使い方はありますが、私は基本的に長距離移動の際は、飛行機をビジネスクラスに乗ることに決めています。移動中も仕事をしていますし、何より疲れ具合が違って体に負担がない。もちろん、航空券は事前にじっくり調べて「こちらが安いな」というように賢く選びますよ。
また、翻訳者同志の親睦を兼ねた「翻訳者合宿」というものがあります。去年は韓国でも開催されましたが、タイ、次にベトナムに行きました。今年は日本がディスティネーションになるかもと話しています。
ーー翻訳者合宿というものがあるんですね。金光さんの旅の行先のポイントとは?
金光さん:「お酒が楽しめる」ことですかね。この前の旅のコンセプトは「ワインが美味しい所を攻める」でした。
11月の旅は(航空券が)「ポーランド経由で行ったら安い!」となって、イタリアに行こうとしていたところ、行き先がポーランドになりました。
別の国にいる時も、頭の中は日韓(文化)と比べながら過ごしていたりしますね。
ーーこの写真は移動中も自分らしく、自分をもてなすような金光さんらしい楽しみ方ですね。
金光さん:「機内でワイン」の写真ですね。(笑)お酒は「コミュニケーションツール」とも言われますが、私には「友達」という感じです。
ーー「旅でしか味わえない経験」だったと思う具体的なエピソードがあれば教えてください。
金光さん:かけがえのないものとなったエピソードは、タイのお寺に行った時、尼の女性がTシャツを売ってたんですが、その女性は「外国人に1枚でもTシャツを売る!」と意気込んでいて、私が買ったら本当に喜んでいて。
1枚1000円くらいだったんですが、自分がその人の役に立ったなという手応えと、お坊さんの絵でみんな買おうとしなかったから「このTシャツを買ったのは私だけ!」という実感があったんです。
実は、その後も「買って終わり」じゃなかった。空港などでも着て歩いていたら、さらに人を楽しませて歩けるTシャツになりました。
どこに行ってもそうですが、旅で得る「自分にしか出来ない体験」は貴重だと思いますね。
AUTHOR
腰塚安菜
慶應義塾大学法学部政治学科卒業。学生時代から一般社団法人 ソーシャルプロダクツ普及推進協会で「ソーシャルプロダクツ・アワード」審査員を6年間務めた。 2016年よりSDGs、ESD、教育、文化多様性などをテーマにメディアに寄稿。2018年に気候変動に関する国際会議COP24を現地取材。 2021年以降はアフターコロナの健康や働き方、生活をテーマとした執筆に転向。次の海外取材復活を夢に、地域文化や韓国語・フランス語を学習中。コロナ後から少しずつ始めたヨガ歴は約3年。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く