【栗尾モカの更年期大学#6】癒しを数値で検証!自律神経が整う秘密のナイトスポットに潜入
「人間は、クラゲが遊泳する様子を見ているとストレスから解放される」その実験結果とは
広海先生:最初の目標としては、科学的なものさしで癒しというものがどういうことなのか、知りたかったのです。クラゲを見た時の人の生理的な変化を調査した際の実験方法についてご説明します。まず一つ目は唾液でチェックする方法です。被験者に4桁の計算問題を解いてもらい、脳にストレスを与えます。その後に唾液を採取し、ストレスマーカーホルモンを分析して変化をみます。その後に被験者にクラゲを見てもらいます。それで再び唾液のチェックをすると、ストレス値が減っているのがわかります。
次は、加速度脈波の測定です。指先をセンサーに入れるだけで血管や全身の動脈の状態を推測できるものです。交感神経と副交換神経の割合を出すこともできます。カッカしていると戦いのモードですから交感神経の割合が増えますし、リラックスしてほんわかしていると副交換神経が優位になります。クラゲが好きな人がクラゲを見た後に脈波を測定すると、副交換神経が優位になっているのがわかります。
最後は、日大医学部の脳科学専門の先生を尋ね、この実験の話をしたところ、「面白いですね」とおっしゃって頂けたので、光トポグラフィーを使って脳の血流量を測定することにしました。近赤外光を用いて大脳皮質にセンサーを当て、脳の血流量の変化をみる測定です。血流量が多いと赤っぽく、少ないと青っぽくビジュアル表示されます。例えば「赤が減った!青が増えた」と視覚化できるんですね。
計算するときに脳の中で活発に動く場所には血液が集まって、モニター画像が真っ赤になります。その真っ赤な興奮状態の脳で、3種類のクラゲの映像①遊泳しているクラゲ、②停止状態のクラゲ③ジグザグに遊泳するクラゲを作成し、被験者に見せました。停止とジグザグのクラゲを見せても、脳は真っ赤、もしくはオレンジ色の興奮状態ですが、ふわふわ泳いでいるクラゲを見せると、スーッと青くなっていきました。遊泳を見ている場合には血流量が大きく減り、ストレスから解放され、ついに眠りだす人もいました。クラゲが好きな人にとっては、クラゲの動きや、心臓のリズムに近い拍動が心地良いのでしょうね。焚き火を眺めている状態と少し似ているかもしれません。この実験成果は、2008年にNHK国際放送「Jellyfish Potential」で放映されました。
ーー脳、唾液、脈波と、各パーツでストレス状態を測った結果、クラゲを見ると癒されることが数字に現れたのですね。クラゲが泳いでいる様子を眺めるうちに眠ってしまうとは、かなり深い癒しの状態に入っていたのではないでしょうか。
広海先生:そうですね。眠りは、究極の癒しですから。静止画のクラゲの画像を見せても効果がないので、あのクラゲ特有のゆっくりとした拍動のリズムに心身が癒されるようです。クラゲを展示すると人を集めることができる、ということになり、今ではクラゲを展示しない水族館はないほどになりました。現在、我が国の水族館では、単に生き物を見せるのではなく、癒しをアップさせるような見せ方(魅せ方)の開発が主流になっているように思います。
動画について▶︎ゆったりとした動きとミステリアスなフォルムのインドネシアン・シーネットル。東部インド洋~西部太平洋の温暖な海域に生息するクラゲ。肉食性で、多種のクラゲや動物プランクトン、甲殻類などを食べ、毒性の強い刺胞をもつ。
将来は、水族館と医療の連携に期待を
次の目標としては、クラゲを使ったメンタルヘルスケアを実現することでしたが、現在は途中段階になっています。アニマルアシステッドセラピーの役割を、クラゲで出来るのかどうかを考えていたこともあります。
また、ある病院の事務員をしていた方がいらして、新江ノ島水族館でクラゲの水槽を見たあとの血圧調査をした方がいらっしゃいました。100人以上の測定をして、血圧が下がることを確認したそうです。病院の待合室でイライラしている患者さんがいることから「患者さんがクラゲを見ることによって、心に良い影響がないだろうか」と思い、待合室にクラゲの水槽を置いたそうです。他にも、海洋生物が持っている癒し効果を、新しいメンタルヘルスケアに使うことが出来ないかという話もあります。将来的に医学の分野と連携し、水族館というものが人の健康(メンタル面での)に対してベネフィットをもたらすことが証明されれば、水族館には生物の種の保存やサイエンス教育等の役割に加えて新たな社会的な役割が備わることになります。
――水族館に行くと「気持ちいい」という感覚がありましたが、実際に脳や血流にまで良い影響があるとは驚きです。ストレスが溜まった時には水族館に行くと良いですね。もちろん、中にはクラゲが苦手な方にはすすめられませんが。今後も是非、クラゲや海洋生物とストレスリリースとの繋がりについて研究された際には、ぜひ取材させてください。
AUTHOR
栗尾モカ
記者・漫画家。新卒で航空会社に就職。退社後、出版社に入り多くの企画に携わる。「ダ・ヴィンチ」で漫画家デビュー後、朝日新聞の社会見学連載、「TVタックル」モバイルサイトインタビュー、女性誌「STORY」の海外・美容取材など数多くの連載を担当。女性のウェルネスをテーマにしたコミックエッセイは、取材の経験がニュースソースになっている。シンガポールのメディアに再就職した際、締切と子育てに追われる中でインド・バンガロールにあるヨガ研究大学(Swami Vivekananda Yoga Anusandhana Samsthana / S-VYASA)により考案されたヨガインストラクター認定プログラムに出逢い、資格を取得。伝統的なヨガ哲学や、心身を癒すメソッドを学び始める。著書に「サロン・ド・勝負」「おしゃれレスキュー帳」(KADOKAWA)「女のネタ帖」(学研)などがある。
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