ストレッチで若く健康に? 科学が解き明かすヨガの効能
相互抑制
ヨガで私たちがしていることの多くは、結合組織を伸ばすと同時に、筋肉を解放して神経学的メカニズムの助けを借りることを目指している。そのようなメカニズムのひとつに、「相互抑制」がある。ある筋肉群(作動筋)が収縮するときは必ず、この自律神経系に備わった性質によって、相反する筋肉(拮抗筋)が解放される。ヨギは何千年にもわたって、筋肉を伸ばしやすくするためにこのメカニズムを利用してきた。
相互抑制を体感するために、テーブルの前に腰掛けて、空手チョップのように手の縁をテーブルの天板にそっと当ててみよう。この時、上腕の裏側(上腕三頭筋)を触ってみれば、硬くなって働いていることがわかる。反対側にある上腕二頭筋(上腕の前面にある大きな筋肉)に触れば、この筋肉が緩んでいるのがわかるはずだ。
パスチモッターナーサナでも同じメカニズムが働いており、大腿四頭筋を働かせている時、その拮抗筋であるハムストリングは緩んでいる。
テネシー州ナッシュビルで整形外科の治療師をしているデイヴィッド・シアは相互抑制の原理を応用して、患者の可動域を安全に改善するのを助けている。ハムストリングの柔軟性を高めるためにシアのところに行ったら、大腿四頭筋の運動をして太腿前面の力をつけて、ハムストリングが緩ませるよう指示されるだろう。ハムストリングがその日の最大の可動域に達したら、自重をかけた運動や、アイソメトリックトレーニングまたはアイソトニックトレーニングでハムストリングの強化を行うだろう。
シアのヨガルームでは、正式なアイアンガーヨガインストラクターのベティー・ラーソンが、相互抑制の原理を応用して、パスチモッターナーサナで生徒たちのハムストリングを解放しようとしている。
ラーソンはこのように話している。「パスチモッターナーサナでは、大腿四頭筋を収縮させるように指示します。脚の前面全体を引き上げて、裏側が緩むようにさせます。」また、ラーソンのレッスンでは、ハムストリングと背面の筋肉を強化するために、後屈のポーズも行っている。ラーソンはストレッチしている筋肉を強化することがきわめて重要だと考えている。多くのインストラクターと同じように、現代の科学ではごく最近解明された生理学の原理を古くから応用しているヨガの技術を使っているのだ。
シアによればラーソンのしていることは正しいそうだ。優れた柔軟性というのは、広い可動域と強い筋力を併せもったものだという。シアは次のように説明している。「そのような柔軟性は役に立つ柔軟性です。活動的でない柔軟性を高めるだけで柔軟性をコントロールする筋力をつけなければ、ひどい関節の怪我を起こしやすくなります。」
パスチモッターナーサナに話を戻そう。ここからは、骨盤を軸にして上体を前屈させていくところを想像してみよう。この時、ハムストリングはたいてい硬くなっている。あなたは思っているほどポーズを深められないようだ。また、ポーズを深めようとすればするほど、ハムストリングが硬くなるように思える。ここでインストラクターの指示が出る。「呼吸を続けましょう。ポーズを保つために働かせていない筋肉はすべて緩めましょう。」
あなたは限界に挑戦するのをあきらめる。判断するのを止めて、ポーズを取りながらリラックスする。すると、ハムストリングがゆっくりと解放されていく。
なぜ引っ張るのを止めたとたんに、じわじわと上体を倒せるようになるのだろう。科学(と古代の多くのヨギ)の言うところによれば、柔軟性を制限しているのは、体ではなく心なのだそうだ。心というか、正確には神経系だという。
ストレッチ反射
神経系が柔軟性の最大の障害になっていると考える生理学者によれば、限界を打破するかぎは、神経系の別の性質にある。つまり、ストレッチ反射だ。柔軟性を研究している科学者たちは、一回のレッスンで少し前進してポーズを深められるようになるのは(そして、一生続けていくうちには柔軟性は劇的に改善されるのは)、主にこのストレッチ反射を再訓練した結果であると考えている。
ストレッチ反射を理解するために、冬景色の中を歩いているところを思い描いてみよう。突然氷を踏んでしまい、両足が広がってしまるとする。その瞬間、筋肉が働き出してピンと張り、両脚を引き戻し、コントロールを取り戻そうとする。この時、あなたの神経と筋肉に何が起きたのだろうか。
あらゆる筋繊維には、筋紡錘と呼ばれるセンサーのネットワークが備わっている。筋紡錘は筋繊維に垂直に入っていて、繊維がどんな速さでどの程度伸びたか感じ取る。筋繊維が伸びると、筋紡錘へのストレスが高くなる。
このストレスがあまりに素早く到達したり、あまりに大きくなると、筋紡錘から神経の緊急「SOS」が出される。すると、反射ループが活性化されて、即座に保護目的の収縮が引き起こされる。
医師が膝頭のすぐ下の腱をゴム製の小槌で叩くと、大腿四頭筋が急に伸びる反応がこれだ。この急速なストレッチが、大腿四頭筋の筋紡錘を刺激して、脊髄に信号を送る。このほんの一瞬後に、大腿四頭筋が一瞬収縮して神経ループが締めくくられ、よく知られた「膝がガクンと動く無条件反射」が起きる。
これが、ストレッチ反射によって筋肉を保護するメカニズムだ。そして、だからこそ、専門家はストレッチをしながら上下に揺すらないように警告している。上下に揺することによってストレッチに入ったり出たりすると、筋紡錘が素早く刺激され、反射的な引き締めが引き起こされ、怪我をする可能性が高まることになる。
ゆっくりした静的ストレッチによってもストレッチ反射は引き起こされる。しかし突然引き起こされるわけではない。前屈してパスチモッターナーサナに入る時、ハムストリングの筋紡錘が抵抗するように命じる。すると、伸ばそうとしているま筋肉に緊張が生まれる。静的ストレッチによって柔軟性を高めるには長い時間を要するのはこういう理由からだ。筋紡錘をゆっくり調整して、筋紡錘が神経ブレーキをかける前に高いテンションに耐えられるように訓練すれば、柔軟性は高くなっていく。
固有受容性神経筋促通法(PNF)…っていったい何?
欧米で柔軟性を高めるトレーニングとして近年行われているもののひとつに、ストレッチ反射を再訓練し、柔軟性を素早く劇的に改善しようという神経学的アプローチがある。そのひとつが(はい、深呼吸してよく聞いてください)、固有受容性神経筋促通法である。(幸い、通常単にGNF(proprioceptive neuromuscular facilitation)と呼ばれている。)
ここで、パスチモッターナーサナにPNFの原理を応用してみよう。限界の手前で前屈するのをやめ、(実際にはかかとは動かさないが、あたかもかかとを腰の方に引くようにして、)筋肉の長さを変えないでハムストリングを収縮させる(アイソメトリック)。約5~10秒続けたらこの動きを解放して、前屈が深まったかどうか確認してみよう。
PNFでは、筋肉をほぼ限界の長さに保った状態で収縮させることによって、ストレッチ反射を操作する。ハムストリングを働かせている時に、実際には筋紡錘の緊張を和らげているため、さらに伸びても安全だという信号が筋紡錘から筋肉に送られる。一見すると矛盾のようだが、筋肉を収縮させることによって、筋肉を伸ばしているのだ。このように筋繊維を働かせた後に解放すれば、今までの限界のほんの少し手前で今まで以上の気持ち良さを感じられるはずだ。
あなたはこの段階で、神経の活動が一時的に落ち着いているのを利用してストレッチを深めながら、体をもう少し開く準備を整えることができた。神経系は順応して、あなたに広い可動域をもたらす。
「PNFによって、私たちは科学的ストレッチに行き着いたと言ってもいいと思います。」こう語るのは、理学療法士のミシェル・レスリーだ。レスリーはPNFのテクニックを一部修正したものを組み合わせて、サンフランシスコバレー団のメンバーが柔軟性を高めるのに役立てている。「私の経験では、1回のPNFトレーニングの効果を静的トレーニングで得ようと思ったら、数週間はかかります」とレスリーは見積もっている。
今までのところ、ヨガはPNFのようなテクニックに体系的に取り組んではいない。しかし、アーサナを丁寧に続けたり繰り返すヴィンヤサの練習では、同じポーズに何回か入ったり出たりすることが、神経系の調整を促すようだ。
American Viniyoga Instituteの創設者であり、T.K.V.デシカシャーのヴィ二ヨガの系統でひときわ優れた指導者のグレー・クラフトソウは、ヴィ二ヨガをPNFになぞらえている。「収縮とストレッチを交互に行うことが、筋肉を変化させることにつながるのです。筋肉は収縮した後にいっそう緩んで伸びます」とクラフトソウは語っている。
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