ストレッチで若く健康に? 科学が解き明かすヨガの効能
体内の編状組織
結合組織には、さまざまな組織を結びつけてひとつのまとまりすることを専門に行っている多様な細胞群が含まれる。結合組織は体内で最も数が多い組織で、体の各部分をつなげる複雑な束状組織を形成し、そのような束状組織を解剖学的組織(骨、筋肉、臓器など)の束に区分けしている。ヨガのポーズはほぼすべて、そのような多様な組織の細胞の質を改善するように働く。そして質が改善した細胞が、動きを伝え、筋肉に潤滑成分と治癒を促す物質をもたらす。ただし今回の柔軟性の研究では、腱、靭帯、筋膜という3種類の結合組織だけに注目することにする。それぞれを簡潔に見ていこう。
腱は骨を筋肉につなげることによって力を伝達する比較的硬い組織である。もし硬くなければ、ピアノを演奏するとか、目の手術を行うなどの繊細な協調運動は行えなくなるだろう。腱の抗張力はとても高いが、引き伸ばす動きにはほとんど耐えられない。4パーセント以上引き伸ばすと、腱は断裂するか、跳ね返る力を超えて伸び、筋肉と骨の接続が緩んで反応が悪くなる。
靭帯は、腱よりももう少し安全に伸ばせるが、それほど伸びるわけではない。靭帯は関節包の内側で骨と骨をつないでいる組織である。靭帯は柔軟性を制限するうえで有用な役割を果たしていて、伸ばすことを避けるのが望ましい。靭帯を伸ばすと、関節の安定性が失われ、関節の効果的な働きが損なわれて、怪我をする可能性が高くなる。このため、パスチモッターナーサナ(座位の前屈)では、膝を過度に伸ばすのではなく少し曲げて、膝裏の靭帯の緊張を緩める必要がある(また、こうすると下位脊椎の靭帯の緊張も緩む)。
筋膜も柔軟性に影響を及ぼす結合組織であり、ほかのふたつの結合組織よりはるかに重要な組織だ。筋膜は筋肉の総質量の実に30%を占めており、前述の『Science of Flexibility』に引用されている研究によれば、動きに対する筋肉の全抵抗の約41パーセントが筋膜による抵抗であるという。筋膜とは、個々の筋繊維を隔てて作業単位ごとに束ねており、さまざまな組織を構造化し、力を伝える働きをしている。
ストレッチがもたらす利点(関節を潤滑に動かす、治癒を促す、血流を改善する、可動性を高める)の多くは、筋膜に安全な刺激を与えることと何らかの関係がある。柔軟性を制限している組織のうち、安全に伸ばせるのは筋膜だけだ。解剖学者で『Anatomy of Hata Yoga』の著作があるデイヴィッド・クールターは、アーサナとは「自分の体内の網状組織を慎重に手入れすること」であると記している。
ではここで、生理学から学んだことを、本質的でとても力強いポーズ、パスチモッターナーサナに応用してみよう。まず、このポーズを解剖学の側面から説明したい。
このポーズ名は3つの言葉を組み合わせたものだ。サンスクリット語で「西」を表す「パスチマ(Paschima)」と「強いストレッチ」を意味する「ウッターナ(uttana)」と「ポーズ」を意味する「アーサナ(asana)」だ。ヨギは古くから太陽に向かって東向きにヨガを行ってきたので、「西」は体の裏側全体を指す言葉となっている。
座位の前屈では、アキレス腱から始まり脚の裏側、骨盤、腰椎、胸椎、頚椎、頭部の基部まで一連の筋肉がストレッチされる。伝承によれば、ヨガによって脊柱に活力が戻り、内臓の調子が整い、心臓、腎臓、腹部全体がマッサージされるという。
ヨガのレッスンで仰向けに寝ているところを想像してみてほしい。パスチモッターナーサナに入るために、体を折り曲げて起き上がる準備ができているとしよう。両腕は比較的緩んでいて、手のひらは太腿に置かれている。頭部は床の上に気持ちよく伸びている。頚椎は柔らかいが、目覚めている状態だ。インストラクターから上体をゆっくり上げるよう指示が出る。尾骨から頭頂部まで、過度に覆いかぶさらないように注意しながら、上体を起こして前屈していく。インストラクターから、胸部にひもが結ばれていて、そのひもでそっと上体を引き上げられていき、アナハタチャクラ(ハートセンター)が開いていくと思い描きながら動きましょう、と指示が出される。あなたはその指示に従って、股関節を回転させていく。
インストラクターの指示は、単なるイメージではない。解剖学的にも正確な指示だ。前屈の第一段階で動いている主な筋肉は、胴体の前面に走っている腹直筋だ。腹直筋は心臓のすぐ下の肋骨に付着しており、恥骨に固定されている筋肉で、文字通りあなたをハートチャクラから前方に引っ張る解剖学的ひもの役目を果たしている。
胴体を上に引っ張る2番目に重要な筋肉は、骨盤全体に沿って脚の前面に向かって伸びていて胴体と脚を結びつけている腰筋と、太腿前面の大腿四頭筋と、スネの骨に隣接する筋群の3つだ。
パスチモッターナーサナでは、胸部からつま先まで体の前面を走っている筋肉が作動筋になる。体を前方に引っ張るために収縮する筋肉である。胴体と脚の背面を走っている筋群がその動きを補う拮抗筋で、体が前方に動く前に伸びる必要がある。
あなたはこの段階で、上体を前方に伸ばし、限界まで伸ばした状態から少し上体を後ろに引いて、深く安定した呼吸を繰り返し、完全にポーズに落ち着いたはずだ。体からの微妙なメッセージに意識を集中させよう。ひょっとすると微妙というよりもはっきりしたメッセージを感じるかもしれない。ハムストリング全体に心地よいストレッチを感じる。骨盤は前傾し、背骨は長く伸び、脊椎一本一本の間の空間が少し伸びているのを感じるはずだ。
インストラクターはもう黙ったままだ。上体をさらに倒しなさい、という指示は出さず、自分のペースでポーズを深められるようにしている。あなたはポーズを理解して、ポーズを心地よく感じ始める。このポーズを数分間保ったら、時間を超越した静かな彫像になった気がしてくるかもしれない。
このようなポーズの練習では、ポーズを十分な時間保って、結合組織の可塑性に働きかけるとよい。時間をかけて伸ばすと、筋肉をつないでいる筋膜の性質を健康的に永久に変化させることができる。理学療法士で正式なアイアンガーヨガ指導者のジュリー・ガドメスタッドは、オレゴン州ポートランドに構えたクリニックに、時間をかけたストレッチを導入している。「ポーズを保つ時間を短くすれば、気持ちよい開放感は得られても、それが構造的な変化をもたらして柔軟性を永久に高められるとは限らないのです」とガドメスタッドは説明している。
ガドメスタッドによれば、結合組織の「基質」を変化させるにはストレッチを90〜120秒間続ける必要があるという。基質とは、非繊維質でゲル状の結合物質で、そのなかにコラーゲンやエラスチンなどの繊維室の結合組織が埋め込まれている。基質が減少すると柔軟性が失われる。これは加齢によって特に顕著になる。
ガドメスタッドはアライメントを整えたうえでプロップを用いることによって、患者がリラックスして十分な時間ポーズを保ち、永久的な変化を生めるようにしている。「患者さんが痛みを感じていないことを確認します。そうすれば深く呼吸してストレッチを長く保てます」とガムスタッドは語る。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く