ストレッチで若く健康に? 科学が解き明かすヨガの効能
生物医学の分野では近年、ヨガが研究対象になっており、ヨギが大昔から知っていること、そう、ストレッチによって体を柔らかく若く健康に保てるということが正当に評価され始めている。
すでにヨガを行っている人であれば、ストレッチの良さを納得するためにわざわざ科学者や生理学者に研究してもらおうとは思わないだろう。それよりむしろ、ヨガの練習を深めていく気にさせるような、柔軟性に関する研究があるかどうか尋ねたくなると思う。たとえば、前屈をしている途中で脚の裏側が硬くて止まってしまうことがあるが、科学はこの時何が起きているのか明らかにしてくれるのだろうか。そしてその知識は、ヨガを深めるのに役立つのだろうか。
このふたつの質問に対する答えは、「Yes」だ。生理学の知識があれば、ヨガによって体内に生じるはたらきを思い浮かべることができ、具体的なメカニズムに意識を集中させて、ストレッチを深めることができる。脚の硬さが骨格のずれによるものなのか、結合組織の硬さによるものなのか、あるいは怪我をしないための神経の反応なのかわかれば、最も高い効果を得るために加減ができるようになる。また、心地よく感じられない理由が、怪我の危険を知らせるメッセージなのか、単に新たな領域を刺激しているという知らせなのかわかれば、今の動きをさらに進めるべきか動きを緩めるべきなのか賢い選択をして怪我を避けることができる。
新たに行われている科学的研究が、ヨガの英知を発展させる可能性もある。ヨガに関わる複雑な生理学的作用をもっとよく理解できれば、体を開く一連の方法に磨きをかけることもできるだろう。
なぜストレッチ?
もちろんヨガの働きは柔軟性を高めることにとどまらない。ヨガは心と体から緊張を取り除き、深く瞑想に入ることを可能にする。ヨガでは、「柔軟性」とは心と体を変える一種の「構え、姿勢」である。
しかし西洋の生理学の観点からすると、「柔軟性」とは単に筋肉と関節を可動域いっぱいに動かす能力ということになる。生まれつき備わっている能力で、ほとんどの人が失っていく。ネブラスカ州リンカーンのカイロプラクター、トーマス・グリーンはこのように説明する。「生活では動きが限られていて座ってばかりなので、体はだらけて、筋肉は萎縮し、関節は狭い可動域で落ち着いてしまうのです。」
狩猟採集時代には、体を柔軟で健康に保つために必要な動きが、毎日自然に行われていた。かといって、現代の座ってばかりの生活だけが、筋肉と関節を収縮させている犯人とは言えない。活動的な人でも、加齢に伴い体の水分が失なわれ、体が硬くなっていく。成人する頃には、体の組織から15%の水分が失われて、柔軟性も失われ、怪我をしやすくなる。筋肉の繊維は互いに付着し始め、細胞が交差結合して、平行に伸びている筋肉が別々に動かなくなる。さらに、体の柔軟な繊維が、次第に膠原(こうげん)性結合組織と結びついていき、体はいっそう柔軟性を失っていく。このような組織の加齢は、悲惨なまでに動物がなめし革になっていく過程に似ている。ストレッチをしなければ、私たちはからからに乾いて、なめし革のようになってしまうのだ!ストレッチをすれば、組織の潤滑成分の産生を活性化することによって、脱水の過程を鈍化させることができる。また、ストレッチによって細胞の交差結合が解消されて、筋肉の平行に走る構造が再構築されるようになる。
小型化された潜水艦が血管に注入されたラクエル・ウェルチ主演のSF特撮映画(1970年代制作)を覚えているだろうか。西洋の生理学がヨガの練習にどのように役立つかしっかり理解するために、この映画のように、内なる探求を続けて、体内に深く潜って筋肉の働きを調べていこう。
筋肉とは臓器である。多種多様の分化した組織が一体化して、ひとつの役割を果たしている。(生理学者は筋肉を3種類に分けている。内臓の平滑筋、心臓の特殊な筋肉(心筋)、骨格の横紋筋である。ただ、この記事では骨格の筋肉(骨格筋)に話を絞ることにする。てこの働きをして骨を動かすおなじみの筋肉である。)
筋肉の具体的な機能は、もちろん動くことだ。これは、収縮や弛緩によって形を変える特殊な細胞の束、筋繊維によって生み出されている。筋肉は収縮と伸長を交互に繰り返しながら、協調して一連の組織的な動きを行って、体のさまざまな動きを生み出している。
骨格の動きでは、働いている筋肉(つまり収縮して骨を動かす筋肉)は「作動筋」と呼ばれる。その反対の筋群(弛緩伸張して動きを可能にする筋肉)は「拮抗筋」と呼ばれる。骨格の動きには必ず、作動筋と拮抗筋の協調的な活動が絡んでいる。作動筋と拮抗筋は、運動解剖学における陰と陽である。
ストレッチ(拮抗筋の伸張)は骨格の動きの方程式の半分に相当するが、多くの運動生理学者は、健康な筋繊維の弾力性を高めることは、柔軟性を改善させるうえで重要な要因にはならないと考えている。『Science of Flexibility (Human Knetics, 1998)』の著者、マイケル・オールターによれば、現在行っている研究によって、個々の筋繊維は断裂する前に、静止長の150%以上伸びることがわかったという。この伸長性が、筋肉を幅広い動作に対応するのを可能にしている。ほとんどのストレッチや最高に難しいアーサナも行えるようになるのもこの伸張性のおかげだ。
ストレッチを阻んでいるのが筋繊維でないとしたら、いったい何が原因なのだろう。柔軟性を制限しているものと、柔軟性を高めるためにすべきことについては、ふたつの異なる見解がある。一方は、筋繊維のストレッチ自体に注目せずに、結合組織の柔軟性を高めることに注目している。つまり、筋繊維を束ねたり、カプセルのように包んだり、ほかの臓器と網の目のように結んだりする細胞の柔軟性に着目しているわけだ。他方は、不随意神経系である自律神経の「伸展反射」をはじめとする機能に注目している。ヨガはこの両方に働きかけるため、柔軟性を高める方法としてきわめて効果的なのだ。
体内の編状組織
結合組織には、さまざまな組織を結びつけてひとつのまとまりすることを専門に行っている多様な細胞群が含まれる。結合組織は体内で最も数が多い組織で、体の各部分をつなげる複雑な束状組織を形成し、そのような束状組織を解剖学的組織(骨、筋肉、臓器など)の束に区分けしている。ヨガのポーズはほぼすべて、そのような多様な組織の細胞の質を改善するように働く。そして質が改善した細胞が、動きを伝え、筋肉に潤滑成分と治癒を促す物質をもたらす。ただし今回の柔軟性の研究では、腱、靭帯、筋膜という3種類の結合組織だけに注目することにする。それぞれを簡潔に見ていこう。
腱は骨を筋肉につなげることによって力を伝達する比較的硬い組織である。もし硬くなければ、ピアノを演奏するとか、目の手術を行うなどの繊細な協調運動は行えなくなるだろう。腱の抗張力はとても高いが、引き伸ばす動きにはほとんど耐えられない。4パーセント以上引き伸ばすと、腱は断裂するか、跳ね返る力を超えて伸び、筋肉と骨の接続が緩んで反応が悪くなる。
靭帯は、腱よりももう少し安全に伸ばせるが、それほど伸びるわけではない。靭帯は関節包の内側で骨と骨をつないでいる組織である。靭帯は柔軟性を制限するうえで有用な役割を果たしていて、伸ばすことを避けるのが望ましい。靭帯を伸ばすと、関節の安定性が失われ、関節の効果的な働きが損なわれて、怪我をする可能性が高くなる。このため、パスチモッターナーサナ(座位の前屈)では、膝を過度に伸ばすのではなく少し曲げて、膝裏の靭帯の緊張を緩める必要がある(また、こうすると下位脊椎の靭帯の緊張も緩む)。
筋膜も柔軟性に影響を及ぼす結合組織であり、ほかのふたつの結合組織よりはるかに重要な組織だ。筋膜は筋肉の総質量の実に30%を占めており、前述の『Science of Flexibility』に引用されている研究によれば、動きに対する筋肉の全抵抗の約41パーセントが筋膜による抵抗であるという。筋膜とは、個々の筋繊維を隔てて作業単位ごとに束ねており、さまざまな組織を構造化し、力を伝える働きをしている。

ストレッチがもたらす利点(関節を潤滑に動かす、治癒を促す、血流を改善する、可動性を高める)の多くは、筋膜に安全な刺激を与えることと何らかの関係がある。柔軟性を制限している組織のうち、安全に伸ばせるのは筋膜だけだ。解剖学者で『Anatomy of Hata Yoga』の著作があるデイヴィッド・クールターは、アーサナとは「自分の体内の網状組織を慎重に手入れすること」であると記している。
ではここで、生理学から学んだことを、本質的でとても力強いポーズ、パスチモッターナーサナに応用してみよう。まず、このポーズを解剖学の側面から説明したい。
このポーズ名は3つの言葉を組み合わせたものだ。サンスクリット語で「西」を表す「パスチマ(Paschima)」と「強いストレッチ」を意味する「ウッターナ(uttana)」と「ポーズ」を意味する「アーサナ(asana)」だ。ヨギは古くから太陽に向かって東向きにヨガを行ってきたので、「西」は体の裏側全体を指す言葉となっている。
座位の前屈では、アキレス腱から始まり脚の裏側、骨盤、腰椎、胸椎、頚椎、頭部の基部まで一連の筋肉がストレッチされる。伝承によれば、ヨガによって脊柱に活力が戻り、内臓の調子が整い、心臓、腎臓、腹部全体がマッサージされるという。
ヨガのレッスンで仰向けに寝ているところを想像してみてほしい。パスチモッターナーサナに入るために、体を折り曲げて起き上がる準備ができているとしよう。両腕は比較的緩んでいて、手のひらは太腿に置かれている。頭部は床の上に気持ちよく伸びている。頚椎は柔らかいが、目覚めている状態だ。インストラクターから上体をゆっくり上げるよう指示が出る。尾骨から頭頂部まで、過度に覆いかぶさらないように注意しながら、上体を起こして前屈していく。インストラクターから、胸部にひもが結ばれていて、そのひもでそっと上体を引き上げられていき、アナハタチャクラ(ハートセンター)が開いていくと思い描きながら動きましょう、と指示が出される。あなたはその指示に従って、股関節を回転させていく。
インストラクターの指示は、単なるイメージではない。解剖学的にも正確な指示だ。前屈の第一段階で動いている主な筋肉は、胴体の前面に走っている腹直筋だ。腹直筋は心臓のすぐ下の肋骨に付着しており、恥骨に固定されている筋肉で、文字通りあなたをハートチャクラから前方に引っ張る解剖学的ひもの役目を果たしている。
胴体を上に引っ張る2番目に重要な筋肉は、骨盤全体に沿って脚の前面に向かって伸びていて胴体と脚を結びつけている腰筋と、太腿前面の大腿四頭筋と、スネの骨に隣接する筋群の3つだ。
パスチモッターナーサナでは、胸部からつま先まで体の前面を走っている筋肉が作動筋になる。体を前方に引っ張るために収縮する筋肉である。胴体と脚の背面を走っている筋群がその動きを補う拮抗筋で、体が前方に動く前に伸びる必要がある。
あなたはこの段階で、上体を前方に伸ばし、限界まで伸ばした状態から少し上体を後ろに引いて、深く安定した呼吸を繰り返し、完全にポーズに落ち着いたはずだ。体からの微妙なメッセージに意識を集中させよう。ひょっとすると微妙というよりもはっきりしたメッセージを感じるかもしれない。ハムストリング全体に心地よいストレッチを感じる。骨盤は前傾し、背骨は長く伸び、脊椎一本一本の間の空間が少し伸びているのを感じるはずだ。
インストラクターはもう黙ったままだ。上体をさらに倒しなさい、という指示は出さず、自分のペースでポーズを深められるようにしている。あなたはポーズを理解して、ポーズを心地よく感じ始める。このポーズを数分間保ったら、時間を超越した静かな彫像になった気がしてくるかもしれない。
このようなポーズの練習では、ポーズを十分な時間保って、結合組織の可塑性に働きかけるとよい。時間をかけて伸ばすと、筋肉をつないでいる筋膜の性質を健康的に永久に変化させることができる。理学療法士で正式なアイアンガーヨガ指導者のジュリー・ガドメスタッドは、オレゴン州ポートランドに構えたクリニックに、時間をかけたストレッチを導入している。「ポーズを保つ時間を短くすれば、気持ちよい開放感は得られても、それが構造的な変化をもたらして柔軟性を永久に高められるとは限らないのです」とガドメスタッドは説明している。
ガドメスタッドによれば、結合組織の「基質」を変化させるにはストレッチを90〜120秒間続ける必要があるという。基質とは、非繊維質でゲル状の結合物質で、そのなかにコラーゲンやエラスチンなどの繊維室の結合組織が埋め込まれている。基質が減少すると柔軟性が失われる。これは加齢によって特に顕著になる。
ガドメスタッドはアライメントを整えたうえでプロップを用いることによって、患者がリラックスして十分な時間ポーズを保ち、永久的な変化を生めるようにしている。「患者さんが痛みを感じていないことを確認します。そうすれば深く呼吸してストレッチを長く保てます」とガムスタッドは語る。
相互抑制
ヨガで私たちがしていることの多くは、結合組織を伸ばすと同時に、筋肉を解放して神経学的メカニズムの助けを借りることを目指している。そのようなメカニズムのひとつに、「相互抑制」がある。ある筋肉群(作動筋)が収縮するときは必ず、この自律神経系に備わった性質によって、相反する筋肉(拮抗筋)が解放される。ヨギは何千年にもわたって、筋肉を伸ばしやすくするためにこのメカニズムを利用してきた。
相互抑制を体感するために、テーブルの前に腰掛けて、空手チョップのように手の縁をテーブルの天板にそっと当ててみよう。この時、上腕の裏側(上腕三頭筋)を触ってみれば、硬くなって働いていることがわかる。反対側にある上腕二頭筋(上腕の前面にある大きな筋肉)に触れば、この筋肉が緩んでいるのがわかるはずだ。
パスチモッターナーサナでも同じメカニズムが働いており、大腿四頭筋を働かせている時、その拮抗筋であるハムストリングは緩んでいる。
テネシー州ナッシュビルで整形外科の治療師をしているデイヴィッド・シアは相互抑制の原理を応用して、患者の可動域を安全に改善するのを助けている。ハムストリングの柔軟性を高めるためにシアのところに行ったら、大腿四頭筋の運動をして太腿前面の力をつけて、ハムストリングが緩ませるよう指示されるだろう。ハムストリングがその日の最大の可動域に達したら、自重をかけた運動や、アイソメトリックトレーニングまたはアイソトニックトレーニングでハムストリングの強化を行うだろう。
シアのヨガルームでは、正式なアイアンガーヨガインストラクターのベティー・ラーソンが、相互抑制の原理を応用して、パスチモッターナーサナで生徒たちのハムストリングを解放しようとしている。
ラーソンはこのように話している。「パスチモッターナーサナでは、大腿四頭筋を収縮させるように指示します。脚の前面全体を引き上げて、裏側が緩むようにさせます。」また、ラーソンのレッスンでは、ハムストリングと背面の筋肉を強化するために、後屈のポーズも行っている。ラーソンはストレッチしている筋肉を強化することがきわめて重要だと考えている。多くのインストラクターと同じように、現代の科学ではごく最近解明された生理学の原理を古くから応用しているヨガの技術を使っているのだ。
シアによればラーソンのしていることは正しいそうだ。優れた柔軟性というのは、広い可動域と強い筋力を併せもったものだという。シアは次のように説明している。「そのような柔軟性は役に立つ柔軟性です。活動的でない柔軟性を高めるだけで柔軟性をコントロールする筋力をつけなければ、ひどい関節の怪我を起こしやすくなります。」
パスチモッターナーサナに話を戻そう。ここからは、骨盤を軸にして上体を前屈させていくところを想像してみよう。この時、ハムストリングはたいてい硬くなっている。あなたは思っているほどポーズを深められないようだ。また、ポーズを深めようとすればするほど、ハムストリングが硬くなるように思える。ここでインストラクターの指示が出る。「呼吸を続けましょう。ポーズを保つために働かせていない筋肉はすべて緩めましょう。」
あなたは限界に挑戦するのをあきらめる。判断するのを止めて、ポーズを取りながらリラックスする。すると、ハムストリングがゆっくりと解放されていく。
なぜ引っ張るのを止めたとたんに、じわじわと上体を倒せるようになるのだろう。科学(と古代の多くのヨギ)の言うところによれば、柔軟性を制限しているのは、体ではなく心なのだそうだ。心というか、正確には神経系だという。
ストレッチ反射
神経系が柔軟性の最大の障害になっていると考える生理学者によれば、限界を打破するかぎは、神経系の別の性質にある。つまり、ストレッチ反射だ。柔軟性を研究している科学者たちは、一回のレッスンで少し前進してポーズを深められるようになるのは(そして、一生続けていくうちには柔軟性は劇的に改善されるのは)、主にこのストレッチ反射を再訓練した結果であると考えている。
ストレッチ反射を理解するために、冬景色の中を歩いているところを思い描いてみよう。突然氷を踏んでしまい、両足が広がってしまるとする。その瞬間、筋肉が働き出してピンと張り、両脚を引き戻し、コントロールを取り戻そうとする。この時、あなたの神経と筋肉に何が起きたのだろうか。
あらゆる筋繊維には、筋紡錘と呼ばれるセンサーのネットワークが備わっている。筋紡錘は筋繊維に垂直に入っていて、繊維がどんな速さでどの程度伸びたか感じ取る。筋繊維が伸びると、筋紡錘へのストレスが高くなる。
このストレスがあまりに素早く到達したり、あまりに大きくなると、筋紡錘から神経の緊急「SOS」が出される。すると、反射ループが活性化されて、即座に保護目的の収縮が引き起こされる。
医師が膝頭のすぐ下の腱をゴム製の小槌で叩くと、大腿四頭筋が急に伸びる反応がこれだ。この急速なストレッチが、大腿四頭筋の筋紡錘を刺激して、脊髄に信号を送る。このほんの一瞬後に、大腿四頭筋が一瞬収縮して神経ループが締めくくられ、よく知られた「膝がガクンと動く無条件反射」が起きる。
これが、ストレッチ反射によって筋肉を保護するメカニズムだ。そして、だからこそ、専門家はストレッチをしながら上下に揺すらないように警告している。上下に揺することによってストレッチに入ったり出たりすると、筋紡錘が素早く刺激され、反射的な引き締めが引き起こされ、怪我をする可能性が高まることになる。
ゆっくりした静的ストレッチによってもストレッチ反射は引き起こされる。しかし突然引き起こされるわけではない。前屈してパスチモッターナーサナに入る時、ハムストリングの筋紡錘が抵抗するように命じる。すると、伸ばそうとしているま筋肉に緊張が生まれる。静的ストレッチによって柔軟性を高めるには長い時間を要するのはこういう理由からだ。筋紡錘をゆっくり調整して、筋紡錘が神経ブレーキをかける前に高いテンションに耐えられるように訓練すれば、柔軟性は高くなっていく。
固有受容性神経筋促通法(PNF)…っていったい何?
欧米で柔軟性を高めるトレーニングとして近年行われているもののひとつに、ストレッチ反射を再訓練し、柔軟性を素早く劇的に改善しようという神経学的アプローチがある。そのひとつが(はい、深呼吸してよく聞いてください)、固有受容性神経筋促通法である。(幸い、通常単にGNF(proprioceptive neuromuscular facilitation)と呼ばれている。)
ここで、パスチモッターナーサナにPNFの原理を応用してみよう。限界の手前で前屈するのをやめ、(実際にはかかとは動かさないが、あたかもかかとを腰の方に引くようにして、)筋肉の長さを変えないでハムストリングを収縮させる(アイソメトリック)。約5~10秒続けたらこの動きを解放して、前屈が深まったかどうか確認してみよう。
PNFでは、筋肉をほぼ限界の長さに保った状態で収縮させることによって、ストレッチ反射を操作する。ハムストリングを働かせている時に、実際には筋紡錘の緊張を和らげているため、さらに伸びても安全だという信号が筋紡錘から筋肉に送られる。一見すると矛盾のようだが、筋肉を収縮させることによって、筋肉を伸ばしているのだ。このように筋繊維を働かせた後に解放すれば、今までの限界のほんの少し手前で今まで以上の気持ち良さを感じられるはずだ。
あなたはこの段階で、神経の活動が一時的に落ち着いているのを利用してストレッチを深めながら、体をもう少し開く準備を整えることができた。神経系は順応して、あなたに広い可動域をもたらす。
「PNFによって、私たちは科学的ストレッチに行き着いたと言ってもいいと思います。」こう語るのは、理学療法士のミシェル・レスリーだ。レスリーはPNFのテクニックを一部修正したものを組み合わせて、サンフランシスコバレー団のメンバーが柔軟性を高めるのに役立てている。「私の経験では、1回のPNFトレーニングの効果を静的トレーニングで得ようと思ったら、数週間はかかります」とレスリーは見積もっている。
今までのところ、ヨガはPNFのようなテクニックに体系的に取り組んではいない。しかし、アーサナを丁寧に続けたり繰り返すヴィンヤサの練習では、同じポーズに何回か入ったり出たりすることが、神経系の調整を促すようだ。
American Viniyoga Instituteの創設者であり、T.K.V.デシカシャーのヴィ二ヨガの系統でひときわ優れた指導者のグレー・クラフトソウは、ヴィ二ヨガをPNFになぞらえている。「収縮とストレッチを交互に行うことが、筋肉を変化させることにつながるのです。筋肉は収縮した後にいっそう緩んで伸びます」とクラフトソウは語っている。
プラーナと柔軟性
クラフトソウは神経系に働きかけるあらゆる運動において、呼吸が重要であることも強調し、呼吸が意識と自律神経系をつないでいることを指摘している。「呼吸が自己開発のための主な手段としてふさわしいかどうかは、呼吸の質によります。」
プラナヤーマ、つまり呼吸の制御、調気法、はサマディに向かうヨガの八支則の第四段階にあたる。ヨガの練習のなかで最も重要なもののひとつで、全身のプラーナ(生命エネルギー)の動きをコントロールする力を得るのに役立つものだ。深遠なヨガの哲学を通して見ても、西洋の生理学を通して見ても、弛緩とストレッチと呼吸の間の関係は明らかだ。生理学者は、動きと呼吸の間の機械的かつ神経学的な相関関係を、共同運動の一例だと表現している。つまり、体のある部分の運動に伴って別の部分に起きる不随意運動であると言うのだ。
深く落ち着いた呼吸をしながらパスチモッターナーサナを保っていると、呼吸の波に呼応して、筋肉の伸びに干満があることに気づくかもしれない。息を吸うと、筋肉は少し硬くなり筋肉の伸びは抑えられる。ゆっくり息を吐き完全に吐ききると、腹部が背骨の方に引かれ、腰の筋肉が長くなるように感じられて、胸部を太腿に近づけることができる。
息を吐くことによって肺がしぼみ、横隔膜が胸部まで上がることによって、腹腔に空間ができて腰椎が前に倒れやすくなることは理解しやすい。(息を吸うとこの反対のことが起きる。風船のように腹腔が満ちて背骨を完全に前に倒すことがむずかしくなる。)しかし、息を吐くことによって背面の筋群が緩み、骨盤が前傾していることを実感できない人もいるだろう。
パスチモッターナーサナでは、腰の筋肉組織には他動張力が働いている。前述の『Science of Flexibility』に引用されている研究によれば、息を吸うたびに腰に能動的収縮(前屈する方向とは正反対の方向に生じる収縮)が発生する。次に、息を吐くと腰の筋群が解放されて、ストレッチを容易にする。腰のすぐ上に手のひらを置いて深く呼吸すれば、背骨の両側の脊柱起立筋の働きを感じることができる。脊柱起立筋は息を吸うたびに活性化し、息を吐くたびに緩む。よく注意すれば、息を吸うたびに背骨の先端にある尾骨の周りの筋群も働いて、骨盤を少し後方に引くことがわかるだろう。息を吐くたびにこの筋群は緩み、骨盤は解放されて股関節を軸に回転する。
肺が空っぽになって横隔膜が胸部に引き上げられると、背面の筋群が緩んで最高の前屈が可能になる。いったんそこに到達すれば、永遠とも思える内なる平和を経験できるだろう。それこそまさに、古くから前屈の恩恵のひとつに数えられてきた神経系を鎮める働きなのだ。
この時点で、あなたはヨガの精神的な側面に触れることができたと感じているだろう。しかし、西洋の科学もまた、この経験を本質的に説明することができる。オールターの『Science of Flexibility』によれば、息を吸っている間に横隔膜が押し上げられて心臓にぶつかり、心拍数を下げる。すると、血圧が低下し、胸郭と腹壁と肋間部にかかるストレスも低下する。その結果、筋肉が弛緩して、ストレッチへの抵抗が弱まると同時に、幸福感が高くなる。

柔軟性への近道?
しかし、ヨガを行っている時がいつでも穏やかであるとは言えない。ハタヨガが目指す最終地点に到達した人は、ある程度の痛みと恐怖と危険を伴う新たな地平を経験することがある(つまるところ、ハタとは「力強い」という意味なのだ)。B.K.S.アイアンガーによる『ハタヨガの真髄(Light on Yoga)』のなかで、パスチモッターナーサナを行っている生徒の背中に乗ってB.K.S.アイアンガーがマユラーサナ(孔雀のポーズ)を取って、強制的に前屈を深めている写真を見た人もいるだろう。あるいは、バッダコナーサナ(合せきのポーズ)を行っている生徒の両太腿の上に立っている指導者を見たことがある人もいるかもしれない。そのような指導は危険な印象を与えるし、ヨガを行っていない人には冷酷とさえ映るだろう。しかし、経験豊富な指導者が行えば、そのような方法は極めて効果的なのだ。しかも、科学的な柔軟性トレーニングで用いられている、神経系のメカニズムの再調整に注目した最先端の方法と驚くべき類似点がある。
この記事のために調査している時、友人がこんな話をしてくれた。彼は偶然、ここで紹介した神経学的メカニズムのひとつを働かせることに成功して、何年間も練習してきたハヌマナーサナ(猿王のポーズ、前後開脚)を完成させることができたそうだ。友人はその日もこのポーズに挑戦していた。左脚を前、右脚を後ろにして、両手を床に下ろして軽く体を支えていた。両脚をいつもより離すように伸ばして、上体のほぼ全体重が腰にかかるようにしたところ、突然、骨盤周辺に強い温かみを感じ、その直後、固定されていた両脚が解放されて両方の坐骨が床に下りたのだという。私の友人はストレッチではめったに得ることができない生理学的反応を引き起こしていたことになる。つまり、ストレッチ反射とは対照的でストレッチ反射より重要な神経学的「ブレーカー」を作動させていたのだ。ストレッチ反射は筋組織を緊張させるのに対して、この反射(専門的には逆伸長反射という)は腱を保護するべく筋肉の張りを完全に開放する。
この反射はどのように働くのだろうか。あらゆる筋肉の末端には、筋膜と腱が撚り合わさっていて、そこには負荷を感じ取る感覚器が存在する。この感覚器はゴルジ腱紡錘(GTO)と呼ばれる。ゴルジ紡錘は、筋肉の収縮や伸長によって腱に過度の緊張が生じた時に反応する。
旧ソ連が出資していた巨大なスポーツ施設では、主にこのゴルジ腱紡錘の反射を操作することによって、神経学的な柔軟性トレーニングが考案された。ロシア人の柔軟性トレーニングの専門家、パヴェル・ツァツーリンはこう言っている。「みなさんの筋肉には、前後開脚や高度なポーズをするのに必要な十分な長さがあります。ただ、柔軟性をコントロールするには、自律神経機能のコントロールが必要になります。」ツァツーリンは背後にある椅子に片脚を乗せて、「これができれば、すでに前後開脚をするだけのストレッチができています」と語った。ツァツーリンによれば、柔軟性を阻んでいるのは筋肉でも結合組織でもないという。「高い柔軟性は、脊髄にある幾つかのスイッチを入れることによって得られるのです。」
しかし、GTOメカニズムを利用して柔軟性を高めようとすると、ある種のリスクが避けられない。十分に伸びている筋肉に極度の緊張がかかった時に、GTO反射が引き起こされるからだ。(ロシアの方法やヨガの上級テクニックのような)高度の柔軟性トレーニングを実施するには、骨格の配列が正しいことと体が練習で生じる圧力に耐えられることを確認できる経験豊富な指導者が不可欠だ。自分がしていることを理解できない場合は、簡単に怪我をしてしまう。
しかし、この方法は正しく用いれば、大きな効果を発揮する。ツァツーリンは、自分が指導すれば、柔軟性トレーニングを受けたことのない体の硬い中年男性でさえ、約6ヶ月で前後開脚ができるようになると自信を見せている。
応用生理学
ここで、「西洋のストレッチ技術はヨガとどんな関係があるのだろう」と疑問に思う人もいるだろう。
ただ、ストレッチが(生命エネルギーをさらに通せるヨギの体を意味する)yoga-dehaを築くための重要な要素であることは間違いない。主要なハタヨガのスクールが、理想的な可動域を具体的に示す一連の古典的アーサナの練習に基礎を置いているのには、そういう理由もあるのだ。
しかし、優れた指導者であれば、ヨガが単なるストレッチでないことも教えてくれるはずだ。理学療法士のジュディス・ラサター博士は次のようにヨガを定義している。「ヨガとは苦しみの種への執着を断ち切れるように、世界を経験する新たな方法を学ぶ鍛錬方法です。」ラサターによれば、アーサナには2種類しかないという。意識を向けたアーサナと無意識のアーサナだ。言い換えれば、特定の姿勢をアーサナと呼べるかどうかは、私たちの意識の集中によって決まるのであって、単に体の形ではないということだ。
身体的なポーズの完成に夢中になりすぎるあまり、アーサナの練習の「目標」であるサマディへの到達を見失ってしまう可能性がある。しかし、その一方で、柔軟性の限界を探ることは、古典的ヨガの「内的支則」に必要な一点集中を可能にする完璧な手段でもある。
西洋の科学の分析的洞察力を利用して、何千年と続くアーサナの練習の実証的洞察力を高めることに、本質的になんら矛盾はない。実際、ハタヨガを西洋に広めた人物のなかで最も影響力の大きいB.K.S.アイアンガーは、常に科学的探求を奨励し、アーサナの練習を向上するために生理学の原理の応用を提唱していた。
一部のヨギは、ヨガと科学の統合を熱狂的に受け入れている。マサチューセッツ州ボストンにあるMeridian Stretching Centerのボブ・クーリーは、柔軟性の欠如を診断したうえでアーサナを処方するコンピュータプログラムを開発し、現在試験的に運用している。クーリーはセンターを初めて訪れた人に16のポーズを行ってもらい、CADで用いるスキャナに似たスキャナを使ってデータをデジタル化しながら、それぞれの人の解剖学的特徴を記録していく。そして、クライエントの体から読み取ったデータをコンピュータで計算し、柔軟性の最大値と平均値の両方に関してモデルの数値と比較する。また、クーリーのコンピュータプログラムはレポートを作成し、クライエントの進歩を基準に従って評価して指導を行っている。このレポートには、改善が必要な分野とお勧めのアーサナも明記されている。

クーリーは古典的なヨガのポーズにPNFに似たテクニックを組み合わせることによって、ヨガの知恵と科学の知見の優れた点を融合させて活用している。(さまざまな要素を試すクーリーは、西洋の精神療法、エニアグラム、中国の経絡の理論をヨガへの取り組みに組み込んでいる。)
ヨガの純粋主義者であれば、時間によって磨き上げられたヨガの練習に目新しい科学的知見を組み合わせた寄せ集め的なヨガは好きになれないかもしれない。しかし、いつの時代も「新しくて改良されたもの」がアメリカのスローガンであったし、東洋の経験に基づく知恵と西洋の分析的科学の優れた点を融合させたことが、ヨガの発展に果たしたアメリカの主な貢献だったと言えるだろう。
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