瞑想の落とし穴|不安や混乱に陥らないために知るべきこと

 瞑想の落とし穴|不安や混乱に陥らないために知るべきこと
Jeff Nelson

瞑想は、精神、感情、身体の健康に効く万能薬のように言われることが多い。だが、特に無防備な状態で行うと、辛い記憶やさまざまな不安が掘り起こされて、恐怖や混乱に陥ることもある。瞑想の落とし穴にはまらないためには何を知っておくべきだろうか? ぜひ読み進めてほしい。

広告

数カ月にわたってストーカーにつきまとわれていたジェーン・ミラーは、2014年にようやく苦悩から解放された。最初は良い友人だった男は、次第に彼女を苦しめ生活を脅かすようになった。ミラーと彼女の夫にとってはまさに悪夢のような日々だった。悲しみ、恥、恐怖、不安が入り混じった暗雲の中で彼女の人生はずたずたになり、ミラーは一日中ベッドの中で過ごしたいと思うようになった。ブラインドを開けず、カーテンを引き、一筋の日の光さえも自分の砦に入れないようにした。必要なとき以外は家から出ることもなくなった。ミラーの精神分析医は、彼女の状態を心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病だと診断した。彼女のセラピストは、人生を取り戻す助けになるように定期的なセラピーのほかに、12週間のマインドフルネス瞑想クラスを受けるように勧めた。心の平安のために何かしなければと思っていたミラーは、さっそく申し込み、期待を胸にクラスに参加した。

マットの上で、過去が襲い掛かってきた

だが、初めてマットの上に座り、先生がクラスを始めると、突然不安がわき上がってきた。汗が噴き出し、鼓動が激しくなり、どうしようもない恐怖に襲われた。「初日のクラスが始まったとたん、ありとあらゆる否定的な思いがわいてきたの。思わず目を閉じたら、涙がとめどなく流れ出して、止まらなかったわ。とにかく怖くて目を開けられなかった」とミラーはその時のことを振り返る。「フラッシュバックが起きたのよ。突然過去が襲いかかってきたの。〝あのことを思い出せ〞とか〝自分が何をしたか思い出せ〞ってね。その時は、トラウマによるフラッシュバックに対処する術をまったく知らなかったの」
そんな恐ろしい思いをしたにもかかわらず、ミラーは次の週もクラスに参加した。瞑想で癒しや心の平安が得られると期待していたからだ。クラスの環境や、匿名で参加できることにも安心感があった。だが目を閉じて心や体の声に耳を傾けるたびに、トラウマになった出来事が蘇ってきて、恥の意識に取り囲まれた。「自分を癒すことをまだ許していなかったのよ。自分にはそんな資格はないって感じてた。どんどん過敏になって、クラスじゅうに私の体験を知られているような気がしたの。実際はそうではないのに。クラスが終わった後は、ほかの人と目を合わさないようにしていたわ」とミラーは言う。「急いでマットを丸めて、できるだけ目立たないようにクラスから出ていたの」

12週間クラスに通いながら、ミラーは瞑想のたびに苦闘していた。自分を癒すことに必死に取り組み、機会があればリストラティブヨガなどのほかのクラスも試した。ミラーは瞑想の先生が瞑想中に決してそばに来ないことに驚いた。瞑想中に起こりうる感情的な反応についての説明もいっさいなかった。「ヨガのクラスでは、体の限界や不具合に応じてポーズを変更するように言われるでしょう? でも瞑想のクラスでは、精神的な限界や心の傷があろうとまったく注意を払わないのよ」とミラーは言う。
最終的には、ミラーはクラスを最後まで終えたことに満足している。日常的に使えるマントラに出会えたからだ。〝安心を得られますように。元気でありますように。健康でありますように。幸せでありますように。親愛と共に生きられますように〞。それでもミラーは、トラウマ経験者は瞑想中や瞑想後にフラッシュバックや解離、さらには再びトラウマ体験をする可能性があることを先に知らせてほしかったと言う。前もってわかっていれば、初めての瞑想の時にあれほど恐怖を感じずにすんだかもしれないからだ。「たとえばクラスの始めに無記名の質問表で〝なぜあなたはクラスに来ましたか?〞と聞いてくれれば助かるのに」とミラーは言う。

瞑想はネガティブな感情を呼び起こすことがある

瞑想人口は増加の一途をたどっているものの、練習中に起こりうる困難について注意喚起がなされることはほとんどない。ここ10年の間に、西洋での瞑想人気は最初はゆっくりしたペースで上昇し、ある時から急上昇している。カフェイン漬けで過剰な刺激にさらされ、週60時間働くことを余儀なくされ、たくさんの教訓に翻弄される社会において、瞑想は私たちのあらゆる悩みを解決する万能薬のように言われることが多い。確かにストレスや不安を和らげ、集中力、生産性、自己認識を高めるが、それがすべてではない。

ミラーの体験は決して珍しくはない、とアナ・クレスは言う。ニュージャージー州プリンストン在住の臨床心理学博士で、自身のクライアントたちに瞑想のテクニックを教えている。瞑想は多くの人が考えている以上にさまざまな反応をもたらすことにもっと注意を向けるべき、と彼女は警告する。

ブラウン大学で精神医学と人間行動学の准教授を務めるウィロビー・ブリットン博士も同じ意見だ。瞑想は恐怖やパニック、幻覚、躁状態、意欲や記憶の喪失、離人感などのネガティブな反応を引き起こす場合があり、その結果、気分の落ち込みや、最悪の場合は衰弱することもあると指摘している。『Trauma-Sensitive Mindfulness: Practicesfor Safe and TransformativeHealing』を書いたデイヴィッド・A・トレレーベン博士は、指導者や練習者たちは瞑想の力を軽視したり、甘く見るべきではないと語る。「瞑想が困難や有害反応を引き起こすこともある」と彼は言う。「多くの人が瞑想の恩恵を受ける一方で、そうでない人たちもいるんだ」。ブリットンは瞑想による弊害を初めて目の当たりにした時、瞑想についての知識の欠如や、利点だけを前面に出すことも問題だと気づいた。「研修医をしていた2006年、私は入院施設のある精神科病院で働いていました。そこには、近隣の瞑想センターで10日間の瞑想リトリートを受けて入院した人が2人もいたんです」と彼女は語る。「瞑想はとてもシリアスなものだと気づきました。それに(その側面も含めて)きちんと研究されるべきだと感じたのです」

瞑想が常にポジティブな効果をもたらすとは限らない(アナ・クレス臨床心理学博士)

学術誌で定期的に発表される研究論文は、瞑想がもたらす多大なメリットを声高に伝えている。たとえば瞑想は、過敏性腸症候群や線維筋痛症、PTSDなどの症状を改善する効果があり、重症のストレス、うつ、不安、恐怖症などの精神疾患の対処にも役立つ、といった具合だ。そうした結果、Headspace、Simple Habit、Insight Timer など、携帯電話で使えるガイド付きの瞑想アプリも続々と出ている。
さらに、東海岸のMNDFL や西海岸のUnplug Meditation のようなフランチャイズの瞑想スタジオも急増し、いまや瞑想リトリートはバケーション中のプランや企業の休暇旅行としても広く受け入れられている。「瞑想ブームは高まるばかりですが、瞑想が常にポジティブな効果をもたらすとは限りません」とクレスは言う。
研修医の頃に、瞑想の弊害について耳にし始めたブリットンは、それを裏付けるための学術研究を探した。だがほとんどなかった。「そこで、瞑想の指導者たちに彼らが実際に見たり体験した問題や反応について、非公式に聞き回ったのです」
瞑想でのネガティブな体験は決して珍しくないと知ったブリットンは、正式に研究に取りかかることにした。「多くの人が瞑想の潜在的な弊害に気づいていながらも、話題にしていませんでした」
ブリットンは瞑想の弊害が明るみに出ない理由のひとつはお金にあると見ている。「マインドフルネスは数十億ドル産業です。調査のためにインタビューをした指導者のひとりは、まさにこう言ったんです。〝これは広告としてまずいよ〞ってね」
さらに、瞑想でネガティブな経験をすることを恥だと思う人が多い、と彼女は続ける。瞑想はすべてに効く、と過剰に宣伝されているためだ。「瞑想が効かないなら、あなたのほうに問題がある。だって瞑想は最高のものなのだから」という風潮があるのです、とブリットンは説明する。

熟練の瞑想者でもネガティブな反応は起こり得る。だから、どんなことが起きても健康的に対処できる術を瞑想セッション以外で見つける必要がある

アナ・クレス臨床心理学博士

ブリットンは、瞑想で困難や難しさ、苦しみ、機能障害が伴ったり、サポートが欲しいと感じた人たちの体験について調査を始めた。今春の『Public Library of Science One』誌に掲載された彼女の調査によると、瞑想の指導者や専門家、テーラワーダ、禅、チベット仏教を含む西洋仏教の修行者などにおよそ100回の聞き取りを行った結果、その多くが瞑想で困難な体験をしていることが明らかになった。調査をした瞑想実践者の大多数(88%)は瞑想中だけでなく、普段の生活でもこれらのネガティブな体験の影響を受けているという。その実に73%は、中等度から重度の何らかの機能障害を起こし(瞑想が引き起こした反応によって日常生活が困難になった)、17%は自殺願望を持ち、ほかの17%は精神科病院への入院を余儀なくされていた。

瞑想の弊害

瞑想の弊害は誰にでも起こりうるが、トラウマ経験者は特に影響を受けやすい、とクレスは言う。「第一の理由は、トラウマ経験者は悲惨な記憶やトラウマに関わる感情を普段は封じ込めていますが、瞑想であえて内面を見つめることで、辛い思いや感覚にも向き合わざるを得なくなるからです」。二番目の理由は、トラウマは恥の感覚を引き起こすので「自分に優しくすることが難しくなります」と彼女は説明する。「瞑想セッションで、いきなり自分を愛するように促されても、トラウマ経験者にとっては非常に難しいことなので、苦しくてたまらなくなるのです」
辛い感情に向き合うのは、トラウマ経験者だけでなく誰にとっても難しいことだとブリットンは言う。さらに厄介なことに、誰がそのような否定的な反応を起こすのかが予測しにくい。ブリットンの調査研究では50種類以上ものネガティブな体験が確認されているが、あまりに多岐にわたるため、指導者と瞑想実践者にとって、何が大丈夫で、誰が瞑想中や瞑想後にサポートを必要としているかが把握しづらい状況にある。トレレーベンが『Trauma-SensitiveMindfulness』で書いた大きな目的のひとつは、瞑想練習に柔軟性を持たせるためには何を知っておくべきか、という基礎的な足場を、指導者や練習者に提供することだった。クレスは、生徒がトラウマ反応として見せるいくつかの重要なサインを指導者は見つけてほしい、と話す。よくある例としては、泣き止まない(声は出さないが涙が止まらない)、息切れ、震え、こぶしを強くにぎる、肌が赤くなる、青ざめる、過剰に汗をかく、などがある。「トラウマを経験した人たちに、選択の機会を与えてあげることはとても重要です」とクレスは言う。「いつ、どのように、どこで痛みに向き合いたいか、そして、いつ痛みと距離を置きたいかを自分で選んでもらうのです。私は生徒たちに、目を開けていたければ開けていていいし、休憩したければ休憩していい、と伝えています」。さらにブリットンも、指導者たちがこのような柔軟な対応を理解して実践することはとても重要で、生徒にしてみれば、精神疾患の改善のために瞑想を勧められたのに、なぜネガティブな反応を経験するのか、という矛盾を補う助けになるだろうとつけ加える。
「瞑想は精神疾患の治療としても期待されていますが、クラスを実施している人たちの多くは精神疾患に関するトレーニングを受けていません。私たち専門家としては見逃せない問題です」。さらに、どのタイプの瞑想練習がどの病気や目的に効くかをわかっていない人がほとんどだとブリットンは指摘する。
たとえば、仕事のストレスを和らげたくて瞑想する人は、性的暴力のトラウマに苦しむ人とはまったく異なる練習を望むだろう。
そこでブラウン大学は、マインドフルネスセンターを開設し、健康に効果があるといわれるマインドフルネスが実際にどれだけ有効かを調査することにした。センターが一番重視しているのは、消費者の擁護と、まっとうな瞑想プログラムを探す人たちのサポートだ。
瞑想で不快感を覚えたとしても、だからといって瞑想をしてはいけないわけではない、とクレスは言う。「熟練の瞑想者でもネガティブな反応は起こり得ます。ですから、どんなことが起きても健康的に対処できる術を、瞑想セッション以外で見つけるといいでしょう」。アプリのガイド付き10分間瞑想が合う人もいれば、セラピストと一緒に瞑想やマインドフルネスを学ぶほうが向いている人もいるだろう。

より簡略化された瞑想の人気が高まっているが、練習生、特に初心者は、瞑想の練習は指導者、それも高度な訓練を積んだマスターの導きによって教え伝えられてきた長い歴史があることを忘れないでほしい。本来の純粋な瞑想は、宗教、精神、哲学的な目的に根ざしていて、リラクセーションや心の平和を見つけるためだけに行うものではなかった。
「今日では、私たちは楽になることばかりを求め、何かを成し遂げようとする感覚が欠けています」とブリットンは言う。「それに何にでも〝マインドフルネス〞をくっつけてしまう。瞑想を始めても、その練習が本当に自分の目指すものに合っているかどうかが明確になっていないことが多いのです」
ミラーがそのアドバイスを瞑想前に聞いていたら、抱えていたトラウマと痛みに不意打ちされずにすんだかもしれない。わき起こる感情は抑えられなくても、心の準備はできたと思う、とミラーは言う。
ミラーは辛い体験はしたものの、それでも瞑想クラスを受けてよかったと感じているという。「練習を信じるまでだいぶ時間がかかったわ。でも信じられたとき、太陽が昇ってくるような感覚があって、穏やかになれたの」

※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。

広告

Text by JESSICA DOWNEY
story by Jessica Downey
photos by Jeff Nelson
model by Al ison Litchfield
hair&make-up by Beth Walker
translation by Sachiko Matsunami
yoga Journal日本版Vol.60掲載



RELATED関連記事