「インドに呼ばれる」は本当だった?生きづらさを抱えた私がインドに行ったワケ

 「インドに呼ばれる」は本当だった?生きづらさを抱えた私がインドに行ったワケ
Akie Nakatani
中谷秋絵 あぬ
中谷秋絵
2022-12-25

インド研究家でライターの中谷秋絵さんによる連載「インドに学ぶ人生ハック」がスタート!今回のテーマは、「インドに呼ばれる」ということについて。

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「インドに呼ばれる」とは、旅人の間でよく聞かれる言葉です。これはもとをたどると三島由紀夫の言葉だったようです。芸術家の横尾忠則氏が著書『インドへ』の中で、三島由紀夫とのやり取りを残しています。

私がはじめてインドに行ったときは、まさに「インドに呼ばれた」と感じています。日本で生きづらさを抱えた私が、なぜインドに呼ばれたのか。インドに行ってなにが変わったのか。今回はそんなテーマでお届けします。

日本で生きづらさを抱えていた私

父は銀行マンで亭主関白、母は専業主婦という典型的な「昭和の家庭」で育った私は、常に「きちんとしなきゃ」と思いながら生きていました。

「周りと違うことをしてはいけない」「変に思われてはいけない」そんな考えに縛られながら、自分の気持ちよりも周りにどう思われるかを気にしていたので、とても息苦しかった。世間体と父の目を気にしながら、「きちんと」勉強して、「きちんと」いい大学に行って、「きちんとした」仕事に就かないといけないと思っていました。

思えば、はじめての就職先も自分のやりたいことよりも、世間体を気にして選んだようなところがあります。そのようにして選んだ仕事は、当然うまくいきません。仕事の意義を見出せず、やりがいも感じられず、重い体をなんとか引きずって出勤する毎日。

「新卒で入社したら3年以内に辞めてはいけない」という誰が言い出したのかもわからない言葉に縛られ、辞めたいと思いながら結局その仕事は3年半続けました。

身も心もボロボロ。仕事を辞めてからもなにもする気が起きず、ヨガに行ったり自然のあるところに行ったり、とにかく興味のあることだけをする日々を送っていました。

そんなとき、次第に「インド」が近づいてきたのです。

次第にインドに導かれていく

不思議なことに、私の周りにはインドに行ったことのある人が何人かいました。

「インド行ったら人生変わるよ」

そんな言葉を経験者たちから、よく聞いていたのです。

聖地ガンジス河の夕日(筆者撮影)
聖地ガンジス河の夕日(筆者撮影)

当時の私は自分が大嫌いでした。周りの目を気にしてばかりで、自分がなにをやりたいのかもわからない。仕事が嫌で辞めたけれど、結局宙ぶらりんのまま。

「私、このままじゃダメだ」そんな危機感を持っていたのです。

「こんな私でも、インドに行ったら人生変えられるのかな」

そんなことをうっすらと思いはじめたときのことです。毎週通っていたヨガクラスで、世界一周をしたことのある女性と知り合いました。インドにも行ったことがあるといいます。

私が「ちょっとインドに興味がある」というと、ものすごい勢いですすめられました。毎週ヨガで顔を合わせるたびに、インドの話をされ、だんだん具体的なアドバイスももらうように。

仕事を辞めた直後は、心が疲れ果てていてどこにも行きたいと思えなかったのですが、時間が経つとともに行動してみたい意欲も湧いてきた頃でした。幸い、3年半の会社員時代に貯めた貯金もある。

「私、今、インドに行かなきゃ」

こうして私はインドへ飛び立ったのです。

めちゃくちゃなインド人を見て、疲れた心が癒されていく

「自分を変えたい」その一心でインドへ降り立った私。待っていたのはめちゃくちゃなカオスでした。

外へ出ると、リキシャ(インドの一般的な移動手段である三輪車)のドライバーにワッと囲まれ、「どこへ行くんだ」「〇ルピーでどうだ」と矢継ぎ早に声をかけられます。

庶民の足「オートリキシャ」(筆者撮影)
庶民の足「オートリキシャ」(筆者撮影)

目的地を伝えたはずなのに勝手にガイドをしはじめて、結局ガイド料金を払わされたこともあります。

人口の多いインドでは、どこへ行くにも人だらけ。列車のチケットを買うのにも長い列ができますが、平気で横入りしてきます。

自分勝手に我が道をゆくインド人たち。迷惑と思える行動だけではなく、勝手に世話もやいてくるのです。

道でキョロキョロしていると必ず誰かが声をかけて助けてくれます。

鬱陶しい客寄せにも声をかけられますが、中には純粋に外国人と話したいと思ってくる人もいます。そんな人は決まって「チャイ飲むか?」と言って、チャイを奢ってくれました。

そんなインド人たちを見ていると「ああ、これでもいいんだ」と安心感を覚えました。

インド人は「人にどう思われるか」よりも「自分がどうしたいか」を優先しているように見えたのです。人の目を気にしてばかりだった私にとって、その姿は「こうしなければならない」という私の思考を壊してくれました。

そんなインドの環境で過ごすうちに、日本で疲れ切った私の心は癒されていったのです。

日本で生きづらさを感じていなかったら、インドに興味を持たなかったかもしれない。周りにインド好きがいなかったら。あのとき、ヨガに通っていなかったら。

そう思うと、すべてのピースがつながり、完璧なタイミングで「インドに呼ばれた」のだと思うのです。

今も判断に迷うときや、苦しいときもあります。そんなときはインドのことを思い出し「今自分はどうしたいのか」を考えながら、日々を過ごしています。

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中谷秋絵 あぬ

中谷秋絵

インド研究家×ライター。自己肯定感激低の状態でインドに渡航し、インドの人々の温かさ寛容さで救われる。インド滞在経験2年、現地の日系旅行会社に勤めた経験あり。現在はフリーライターとしてインタビューを中心に活動中。電子書籍『どんなに自己肯定感が低くても生きやすくなるすごいインド思考術』でAmazonランキング1位・ベストセラーを達成。ダンサーとしてインドのボリウッドダンスも踊っている。



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