依存を無理に「やめる」のではない新しいアプローチ「ハームリダクション」とは?臨床心理士が解説

 依存を無理に「やめる」のではない新しいアプローチ「ハームリダクション」とは?臨床心理士が解説
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石上友梨
石上友梨
2022-10-14

薬物やアルコールによる事件や事故など、「依存」と関係するニュースを目にする機会は少なくありません。しかし「依存症」について皆さんは正しい理解をしていますか?今、先進国を中心に、依存症に対して「ハームリダクション」という新しいアプローチが実践されています。今回は、依存を無理にやめるのとは異なるアプローチについてご紹介します。

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依存症は自分の意志の問題ではない

依存症について「やめる意志が弱い」「甘えている」「自己コントロールができていない」といった誤解が生じていることがあります。しかし、依存症は、意志の力ではコントロールできなくなる病気です。自分の力ではどうしようもできない状態なので、「やめよう」と思っても、やめることはできません。周囲の人は、そんな心の中の苦しさを理解することが必要です。

依存症は、以下の3つに分けることができます。

①物質:アルコールや薬物

②行為:ギャンブル、インターネット、ゲーム、万引き、過食、自傷行為

②人間関係:パワーハラスメントやDV、虐待など不適切で支配的な関係

特に、お酒やゲームなど、趣味や嗜好品の延長であるものは、病的な依存なのか、趣味の範囲なのか、境目が難しくなります。もし、自分や他人の生活に支障が出ている場合は、医療機関などへの相談をお勧めします。

依存症は、自分の努力ではやめられないため、周囲からやめられないことを責められると、自責や自信が低下します。直接的に責められなくても、やめることを期待するような態度でも十分に傷つきます。そして、頼れる人がだんだんといなくなり、孤独が強くなります。孤独は依存を強くするため、さらに依存していくという悪循環に陥ってしまうのです。

このような悪循環を防ぐため、依存を無理に「やめる」のではない新しいアプローチ「ハームリダクション」の考え方を取り入れてみませんか?

ハームリダクションとは?

ハームリダクション(Harm Reduction=被害の低減)とは、薬物使用により生じる健康・社会・経済上のダメージを減らすことを主な目的とするプログラムと実践のことです。薬物使用者に対して厳しく罰を与えるのではなく、寛容的に問題を軽減するような取り組みです。ハームリダクションは、欧州、オーストラリア、カナダなどを中心に実施され効果が実証されています。例えば、薬物を安全に使用できる清潔な環境を整え、注射器の使い回しによるHIV感染を防ぐことや、薬物について安心して話せる場を提供するといった取り組みが行われています。つまり、自分の力ではすぐにやめられずに困っている人たちに対して、より実現可能で現実的な取り組みだと言えます。

どのような依存症でも同じことが言える

このハームリダクションの考え方は薬物依存症に対してだけではなく、他の依存症にも当てはめることができます。薬物に対しては「やめたくてもやめられない恐ろしいもの」と考えることができても、飲酒についてはどうでしょうか?「自己管理ができていない」「甘えている」といった印象を抱きませんか?埼玉県立精神医療センターの成瀬先生は『アルコール依存症患者は、さまざまな面で生活が困窮し重大な問題を抱えていることが多い。その生活の支援を提供する中で、アルコール問題への介入を強制的ではなく提供していく。それは、「飲酒を止めさせる」ためのものではなく、「生活の支援」であり、「生きることの支援」である』と述べています。

孤独にさせない支援

周囲の人、支援する側の人たちが、依存症で苦しんでいる人に罰を与える存在にならないように注意しましょう。何かに依存している時はストレスに弱くなり、支えが必要な状態です。孤独になり、他に何にも頼れなくなると、さらに依存していたものに頼らざるを得なくなります。例えば、アルコール依存症の人に取って、飲むことは自己対処です。その人は、なぜ飲まずにはいられないのか、何に苦しんでいるのか、何に困っているのかなど、飲酒行為ではなく、内面に目を向けましょう。お酒を飲んでいるときも含めて、ありのままを受け入れてくれる人の存在。依存状況も気兼ねなく話せるような関係性があるだけで、大きな支えとなるのです。

参考文献:ハームリダクションアプローチ ―やめさせようとしない依存症治療の実践  成瀬暢也

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石上友梨

石上友梨

大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。



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