【心の安心の土台を作ろう】公認心理師が解説「自分を思いやる」セルフコンパッションの必要性とやり方
「安心のタネの育て方」の著者である公認心理師の浅井咲子先生の、ヨガジャーナルのライターであり「生きづらさの根っこの癒し方」の著者である心理師の石上によるインタビュー。前編では浅井先生の著書や自律神経と美容について、後編ではセルフ・コンパッションやストレス解消法、メンタルヘルスにおけるヨガの効能について話を聞いた。
——今回、私は浅井先生の安心のタネのシリーズとして、セルフ・コンパッションに関する『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)という書籍を発売しました。セルフ・コンパッションは、アメリカのクリスティン・ネフ先生が提唱したもので「自分を思いやる」ことですが、書籍では、自分を思いやり、大切にする方法として、マインドフルネス(今、この瞬間に注意を向けてありのままを受けいれる)、自分に優しくすること、人とつながるという3つの力をのばすワークをご紹介しています。このセルフ・コンパッションについて、浅井先生はどのように捉えていらっしゃいますか?
「現在はコンパッションがつくセラピーがたくさんありますよね。様々なセラピーの癒しの中核だと思っています。自分を大切にできる状態になるためには、安心の土台(図の下段)がある程度あって、逃げる・闘う・凍りつくという防衛モード(図の上2段)を統制する必要があります。そして、自分の心や身体の状態にすぐ気づけるためには、マインドフルネスは不可欠だと思っています。ストレス下で防衛状態のとき私たちはZOOMでいうスピーカービューの状態なんですね。そこからギャラリービュー(※)を目指したいわけです。それを実現してくれるのがマインドフルネス。自分の身体、感情や思考で何が起こっているのかを俯瞰できるということです。」
※スピーカービュー:発言している人だけが画面に映し出されている状態。ギャラリービュー:参加者全員が画面に映し出されている状態。
——セルフ・コンパッションのワークで、自分に思いやりのある言葉をかけるものがあります。そのような言葉かけも、安心の土台を育てるのに有効ですか? 先生の著書では、声を出して響きを感じるものはありましたが、言葉の内容についてはありませんでしたね。
「ポリヴェーガルのワークでカバーできるのは、安心の土台を作って、自分を俯瞰できる状態にすることです。つまり、声かけをする前段階までだと思います。ですから『生きづらさの根っこの癒し方』が『安心のタネの育て方』の次に出たのは素晴らしいことで、声の掛け方をわかりやすく、具体的に提供して下さっていると思います。」
——どういう言葉をかけると自分は安心した気持ちになるのか、神経系が育っていないと分からないですよね。浅井先生の安心の土台を築く方法の後に、私の自分を大切にする方法の本と、いい順番でシリーズが出たのかもしれないですね。
「戦う・逃げる・凍りつくモード(図の上2段)で日常を過ごしていることにさえ気づいていない人も多いと思います。スピーカービューですものね。石上先生がお会いされている発達障がいの方の中には、特性がゆえに周囲に理解されなかったり、症状が複雑でつらい人も多いと思います。発達障がいの方に、セルフ・コンパッションを使われていますか?」
——私は、基本的に認知行動療法(考え方の癖や行動のパターンに働きかける方法)とスキーマ療法(生きづらさに焦点を当てて価値観レベルまで働きかける方法)という心理療法でカウンセリングを行っていて、セルフ・コンパッションはそこに加えるような感じです。例えば、スキーマ療法で、傷ついた子供の部分に声かけましょうという場面で、自分の中の健康的な大人の部分からより、はじめはコンパッションのあるキャラクターを想像して、そこから声かける方がやりやすい方もいると感じています。視覚優位な方や具体物を好む方とかは、なるべく目に見える形で「もの」を使うのがやりやすいのかなって。
一方で、現実に存在しないものを想像することが苦手な場合もあるので、それぞれの人に合う方法を探してく感じですかね。あとはポリヴェーガル理論の神経系の話を説明した上で、身体の状態に注意を向けてもらうと理解がしやすい人が多い印象です。あとは、相手に何か質問をする際も、私はこのように予想して、こうゆう意図でこの質問をして、こうゆうことを知りたいんだと、なるべく具体的に説明するようにしています。あとは、相手の感じ方や感覚を受け止めながら、理解しよう、共有しようとしています。
「発達特性のある方々に、ポリヴェーガル理論を図にして説明すると結構興味を持ってもらえることに驚いています。一緒に図を共有する過程自体が癒しだったりしますね。」
——そう信じてその過程を一緒にやっています。相手を知ろうとすること自体に意味があって、それを今まで得られなかった人もいると思うから。私の著書では、自分を大切にする方法を紹介しています。浅井先生ご自身は自分を大切にする方法やストレス解消法など、何か実践している事はありますか?
「以前はジムに行って踊ることだったんですけど、コロナ禍でジムを退会してしまって。運動不足、発散不足です。最近は忙しいこともあり、日常生活のなかで自分を癒すことを目標にやっています。例えば、お料理など、一つ一つを丁寧に。冷たい、あったかいとか温度を感じたり、米を研ぐ時やコーヒーを入れる時に意識を集中して。ちょっとした空き時間にぬりえに色を塗ってみたり、少し集中と単純作業を組み合わせることで俯瞰する脳をトレーニングできます。他にも、ウォーキングしたり、カフェで1時間位ジャーナルをつけたりでも、結構心地よくなります。」
——マインドフルネスっぽい感じですね。特別なことをするよりも、日常の中で1個1個意識して丁寧にやった方が続くし、日々癒されるってことですね。先生は、生きづらさの根っこを感じたことはありますか?
「毎日ですよ。生きづらさは安心の反対。戦う・逃げる・凍りつくモード(図の上2段)なんだと思います。いかに毎日その状態にエネルギーを費やしていることかって思います。自分自身を俯瞰できるようになるために、ヨガとか瞑想をやった方がいいのかな。」
——ヨガや瞑想はやったことがありますか?
「スポーツクラブでヨガのクラスに出てみたり、セラピーの研修の一環として瞑想したことはあります。ヨガは休息モード(図の下段右)が使えていればいいのですが、それが使えていない人はシャバーサナのポーズ(ヨガの最後に行うポーズ)で、凍りつきモード(図の上段)に入っている場合があります。瞑想をしましょうと言って、だんだん身体が冷たくなって、今ここ感がなくなり、エンドルフィンという快楽に関する神経伝達物質が出て、苦痛を感じなくて済むんです。ですから本人は至高体験をしていたりします。」
——え!!!凍りつきモードの時ってエンドルフィン出ているんですね。シャバーサナをやっている時に、実は休息モードでリラックスしているのではなく、凍りつきモードでエンドルフィンが出て気持ちよくなっている場合があるのですね。自分がどんな状態でシャバーサナをしているか心配になってきました。以前に南の島でビーチヨガをして、波の音を聞きながら青空を見上げてするシャバーサナがとても心地よかったのですが、凍りつきモードだったらショックです。
「凍りつきモードの時は、今ここ感が薄くなり現実感がなくなるので、体温の温かさや身体感覚が感じられなくなります。ビーチヨガで、波の音が聞こえて、空が見えるってことは、「今ここ」を感じているので大丈夫だと思います。」
——凍りつきモードとシャバーサナ中に寝てしまう時とは違うんですよね?
「休息モードで寝ている人と、凍りつきモードで解離している人がいると思います。リラックスすると手足は少し冷たくなるんですけど、極度に冷たくなって身体が動きにくい、動きたくないとか、だと不動状態です。「今、ここ」感や現実感が希薄になり、宇宙や全てのものとつながれる感じがして気持ちいいんです。これが癖になると、その状態を得るためにヨガや瞑想をしてしまい、身体症状の悪化、人と繋がるより孤独を好む、感情起伏が激しくなるなどを招きます。図の下段の安心の土台がないと現実生活が苦しくなっていってしまいます。」
——瞑想で鬱が悪化する場合もありますよね。私は心療内科や精神科に通院している方には、ヨガや瞑想を始める前に必ず医師に相談するように伝えています。瞑想で頭を真っ白にすることも、本来のものではない感じがしちゃって。そのあたりをポリヴェーガル理論を使って説明できるかもしれないと気づきました。ありがとうございます。
「下の段の安心の土台がないと、上の段の凍りつきモードでお休みするしかない。歌を歌ったりとか、抑揚のある音楽を聞きながらとか、目に入るものに意識を向けながら取り組んでもいいかもしれないです。安心の土台ができれば、全部の状態にアクセスできて俯瞰することができます。」
——人間関係が荒れたりする原因の一つとして、安心感である自分への信頼がないから、人を信頼することができないみたいなところはありますよね。
「もちろんです。上の2段は、ストレスから心を守ろうとする面でもあるので、その防衛を労い優しくしてあげたいですね。そこでセルフ・コンパッションですね。」
——安心の土台を育てて、ありのままの自分にセルフ・コンパッションを与えてあげられれば、人間関係にもいい影響があるかもしれませんね。
▶前編「公認心理師が解説!生きづらさを癒し、揺るぎない心の土台を作る「安心のタネ」の育て方」
プロフィール
浅井咲子(あさいさきこ)
公認心理師/神経セラピスト/ソマティック・エクスペリエンシング®・プラクティショナー。立教大学卒業後、外務省在外公館派遣員としてロンドンにある日本国大使館勤務。その後渡米し、カリフォルニア州ジョン・F・ケネディ大学院で、カウンセリング心理学の修士課程(身体心理学専攻)を修了。オークランドにある地域カウンセリングセンターで研修を受けた後に帰国し、教育センターや企業内で相談員として勤務する。2008年よりアート・オブ・セラピーを設立し、自己調整とレジリエンスのある生活を提案。ソマティック・エクスペリエンシング™療法の上級グループコンサルタントとしても活動する他、内的家族システム療法(IFS)、総括的リソースモデル(CRM)などの療法も取り入れ、トラウマによる症状の改善を目指して、全国各地で講演や講座を実施している。また、併せて2011年より被災地(福島)で定期的にトラウマとPTSDのケアのための訪問も行っている。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
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