公認心理師が解説!生きづらさを癒し、揺るぎない心の土台を作る「安心のタネ」の育て方
「安心のタネの育て方」の著者である公認心理師の浅井咲子先生の、ヨガジャーナルのライターであり「生きづらさの根っこの癒し方」の著者である心理師の石上によるインタビュー。前編では浅井先生の著書や自律神経と美容について、後編ではセルフ・コンパッションやストレス解消法、メンタルヘルスにおけるヨガの効能について話を聞いた。
——著書『安心のタネの育て方』では安心感を自分の中に育てるために、安心の土台が必要と書いていらっしゃいましたが、安心の土台とはどんなことですか?
「下の図はサバイバルモデルという神経系の図です。安心の土台は、図の一番下の層のことです。
左下の人とつながるモードと右下の自分1人でリラックスするモードが、副交感神経が働いて安心している状態です。私たちはリラックスする時、誰かと一緒にリラックスする場合があれば、1人でリラックスする場合もあると思います。どちらがいいのではなく、どちらもバランスよく適度に使えることが健康的です。
真ん中の層は、危険があって警戒しないといけない時に交感神経が働いて、戦ったり逃げたりするモード。イライラして怒りを感じたり、不安になったりパニックになったりします。そして、1番上の層は、命が危ない状態になった時の不動・凍りつきモード。動物でいうと「死んだふり」の状態です。これも実は、1人でくつろぐ神経と同じ副交感神経を使っているのが面白いところです。安心の土台とは、1人でぼーっとする神経が身体を健やかな状態に保ちながら、誰かとかかわりたい時は交流し、また必要な時は1人でお休みすることで盤石なものになります。」
——土台がほどよく働いていれば気持ち的にも安心を感じられる、ということですね。安心感が手に入ると私たちにはどんな変化が起きるのでしょうか?
「安心感が手に入ると自分ひとりでも、他者といても気持ちが穏やかいられます。たとえストレスがあっても『悪いときは続かない』とポジティブで楽観的な状態になれ、再び安心感のある状態に戻ってくることが出来ます。仕事ではタスクに圧倒されない、適度に周りと上手く過ごせる、助けをうまく受け入れられ孤立しないなどになります。家庭では、気持ちをコントロールでき、相手を尊重しながら自己主張もできるような状態になるかと思います。」
——安心感の土台がしっかりできていると、ストレス状態になっても、いつでも安心の状態に戻って来ることができるし、自分は安心の状態に戻れるんだという見通しも持てている。だから、人とも安心して関われるし、仕事でも頑張るときは頑張って、スイッチのオン・オフもできるようになってくるよって感じですかね。安心の土台を築いた方がいい人はどんな人ですか?
「安心の土台がないと、先ほどの図の上の2段だけを行き来することになります。交感神経が優位で警戒・緊張し、その高い緊張を副交感神経で急激に押さえ込んだり、切り替わったりして不動状態になります。凍りつき・不動状態はいわゆる、強い落ち込みや疲労感がある鬱状態です。このように緊張と極度の停止状態を交互に繰り返すことになるわけです。心拍を一気に下げたり、血流を一気に抑制したり、酸素供給を制限したりする神経なので、命の危険なとき以外は健康にも悪影響になります。極度の緊張と疲労を繰り返す人や色々なことに過敏な人は、安心の土台を少しずつ築き上げていくと楽になれると思います。」
——安心することが苦手で、緊張と疲労を繰り返してしまう感じですね。不安を紛らわせるためにスマホを見てしまう人は多いと思いますが、スマホ依存との関連はいかがでしょうか。
「スマホは見ていると少し落ち着く作用もあります。つい、見てしまいますよね。でも実は余計に神経系を活性化させます。そうするとさらにスマホを見るようになって依存状態になってしまう。最近スマホを見すぎている人は、安心の土台を築くようにするとスマホを手放せるかもしれません。」
——浅井先生の書籍『安心のタネの育て方』は、近年注目が集まっている「ポリヴェーガル理論」を活用したものだと思いますが「ポリヴェーガル理論」についても詳しく教えていただけますか?また、浅井先生のポリヴェーガル理論との出会いを教えてください。
「ポリヴェーガル理論とは、スティーブン・ポージェス博士が自律神経系を研究して発見した理論です。自律神経とは、呼吸や心拍、内臓機能などを調整する神経のことです。博士は、自律神経の交感神経(車でいうアクセルの神経)と副交感神経(ブレーキの神経)において、副交感神経には社会的に交流する機能があることを発見しました。つながるというのは、他者と交流している状態のことなのですが、人だけではなく動物ももちろん含まれます。
私はこのポリヴェーガル理論を2004年くらいに知りました。その後も、ポリヴェーガル理論のことを聞く機会はありましたが、実践に活かす方法は「レジリエンスを育む」(岩崎学術出版2019年)の著者であるK.L.ケインらの研修で学びました。彼らは手で触れることで自律神経に働きかけをします。
腹側迷走神経が刺激されると下垂体後葉に刺激が伝わり、幸せホルモンと言われているオキシトシンが血液中に放出されます。そうすると闘争欲や遁走欲、恐怖心を減少し対人関係が良好になるんです。2017年にポージェス博士の講義を直接聞くと、目の前の人が防衛状態から抜け出るのをどうサポートするか、「今、ここ」は安全であるという合図やサインを声の抑揚や表情、間合いなどを使ってどう伝えていくか、さらに理解が進みました。神経に働きかけるセラピーを理解するのに重要な役割を果たすと思います。」
——個人的な疑問ですが、自律神経系には「発達する順番」があると思っています。もしも出来上がるとされている時期より前に産まれた場合、産まれた後からでも育てられるのでしょうか。
「人とつながる神経である腹側迷走神経は、髄鞘がある神経で、いわゆる電線にコイルが巻いてあるような神経なので伝達がよい神経です。刺激すれば発達していきます。産まれた後に養育者との関係ややり取りで刺激されれば、例外はあるかもしれませんが、筋トレのように適度な刺激と休息の繰り返しによって神経を育てることができます。」
——人とつながる神経を育てるためには、表情筋が大切だと思いますが、最近はシワをなくす美容のために顔にボトックス注射を打つ場合もありますが、副作用として表情筋が動かなくなる症状があると思います。ポリヴェーガル理論的にどうなのでしょうか?
「ポージャス博士曰く、顔の上半分にボトックスを使ったら表情が抑制されてしまいます。顔の上半分で表情を見せることは、とくに眼輪筋を動かすと、相手に『私は安全な人間ですよ』と合図を伝えることができるのです。」
——社会交流の上で相手に安全を伝える目的としては良くない、ということでしょうか?
「相手に安全を伝えにくいという事は、相手の防衛や緊張を緩めることもできないので、社会的にかかわるという面では不利になるかと思います。」
——今はコロナ禍でマスクをしている機会が多いので、顔が固定されて、表情筋をあまり使わないですよね。その影響も心配ですね。
「人とつながる神経は、口輪筋や三叉神経など口の周りにもいっぱい通っていて、マスクしていると笑顔も少なくなります。図の上2段のような「戦う・逃げる・凍りつく」モードになりやすくなるのも現状です。現在の社会情勢とも関係しているのかもしれません。ただ、基本的な感染対策は大事なので、相手に安全を伝えることができるように眼輪筋を動かす、声に抑揚をつける、口輪筋を動かしたりマッサージするなどの工夫が大切だと思います。」
▶後半「【心の安心の土台を作ろう】公認心理師が解説「自分を思いやる」セルフコンパッションの必要性とやり方」
プロフィール
浅井咲子(あさいさきこ)
公認心理師/神経セラピスト/ソマティック・エクスペリエンシング®・プラクティショナー。立教大学卒業後、外務省在外公館派遣員としてロンドンにある日本国大使館勤務。その後渡米し、カリフォルニア州ジョン・F・ケネディ大学院で、カウンセリング心理学の修士課程(身体心理学専攻)を修了。オークランドにある地域カウンセリングセンターで研修を受けた後に帰国し、教育センターや企業内で相談員として勤務する。2008年よりアート・オブ・セラピーを設立し、自己調整とレジリエンスのある生活を提案。ソマティック・エクスペリエンシング™療法の上級グループコンサルタントとしても活動する他、内的家族システム療法(IFS)、総括的リソースモデル(CRM)などの療法も取り入れ、トラウマによる症状の改善を目指して、全国各地で講演や講座を実施している。また、併せて2011年より被災地(福島)で定期的にトラウマとPTSDのケアのための訪問も行っている。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
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