【中医学の理論をもとにした栄養セラピー】食べ物の『氣』を取り入れる「夏のお手軽レシピ」

 【中医学の理論をもとにした栄養セラピー】食べ物の『氣』を取り入れる「夏のお手軽レシピ」
Liz Lovasco

ヨガジャーナルアメリカ版の人気記事を厳選紹介!伝統的な中医学では、何千年にもわたり、食べ物を用いて心身の不均衡を治療してきた。ここでは、エネルギー論をベースとした栄養セラピーの実践法則をわかりやすくお伝えしよう。

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自分にスマートフォンを向けて立つ姿を、浴室の鏡に映して見るまで、私は自分が未知の領域へ足を踏み入れていることに気づかなかった。ワークアウト後のポーズ、友人に送ったデート用の服あれこれ、キュートな表情の挨拶、さらに…ここでは触れるわけにはいかない恋人への写真など、スマートフォンが一般的になってから撮った中で、これは最も無防備なセルフィーかもしれない。ただ、それは自分で決めたことだと私は思い出した。そこで、一回深い呼吸をした後、光がいちばんよくあたる場所で舌を突き出し、大写しにして送信した。
ぶざまな舌のセルフィーを受け取った伝統中医学のプラクティショナー、ナタリー・ベイジルは、その前日、私に舌という部位は一般に考えられているよりずっと、その人の状態を綿密に表すのだと話してくれた。舌は、その人が今後持ちうる健康問題の輪郭を映し出す。ベイジルのような訓練を積んだ人の目には、体の目次のようなものなのだ。ベイジルに症状の原因を突き止め、対処してもらうためには、患者は舌の色や状態の確認をする伝統的な診察、初期診断を受けなくてはいけない。私は直接ベイジルに会い、こういった診察(通常、体の3カ所で脈を見る脈診と、過去から現在の状況を話し合う問診が含まれる)を受けるつもりだったが、コロナウイルスの急激な拡大で叶わず、オンラインでつながることになった。ただし、セルフィーと、それがもたらした予期せぬ気恥ずかしさは、さして重要ではなかった。健康全般を描き出すパズルを完成させるためにベイジルが必要とする他のピースなしには、私の舌の写真も、刃のないブレンダーのように役に立たなかったのだ。

アメリカ人の味覚は全体的におかしくなっている。自称グルメの人たちの出現、リアリティ・クッキングショー、食べることをメインイベントとして遠出する休日の数々は、私たちを惑わせる。社会の流れとして私たちの関心は、食物ではなく食物の成分のほうに向いている。マイケル・ポーランが著作『In Defense of Food』で10年以上前から警告していたような現象が起きているのだ。「食物は終わった。これからは飽和脂肪酸、コレステロール、炭水化物などの栄養素の時代だ」
スーパーのパッケージ商法が新しくなり始めたのは1980年代のことだ。食べ物自体でなく、ミネラルや化学物質、数字や科学的な情報など、食物に含まれる成分が記載されるようになったのだ。その後、食材を制限してすべてを治そうとする食事法が次々に出てきた。炭水化物を完全に抜く、植物だけ食べる、数千年前に地球上にいた動物のみを摂る、というように、体に取り入れる食物を限定することで、私たちの生産性を最適化しようとしたのだ。
それでも、私たちが前より健康になったわけではく、どちらかというと、その逆だ。アメリカでは慢性疾患が死へつながる主な原因であり、米国疾病予防管理センターでは、ライフスタイルにリスクをもたらす主因となっているのは、貧困がもたらす食生活だと突き止めている。
食生活を過度にコントロールするおかしな時代になるずっと前から、伝統的な中医学では、体に栄養を与え、治療し、癒すために食物を用いていた。こういった実践法の根本にあるのが「氣」だ。ノースカロライナ州のアシュビルの代替医療を提供する茶房、薬房「Alchemy」の鍼灸師、ホリスティックヘルスのカウンセラーであるベイジルが携わるのもこういう世界だ。34歳の彼女はパーソナルシェフでもある。中医学のエネルギー論を踏まえた食事療法をベースに、クライアントのために料理をつくり、食物を薬として処方している。

ベイジルは、中国の古典的な医学は、よく知られた比較対象である伝統中国医学(TCM)とは異なる、とまず指摘する。伝統中国医学は、現在では古典中国医学と呼ばれる古代の医療が、1950年代に中国政府によってシステム化された結果出来上がったものだ。古典中国医学は、数学や天文学の原則と同じように2000年以上前に発見されたが、TCMのほうはそこから派生した現代のものだ。
伝統的、古典的医学はともに、ひとつの要素を大切にしている。人の健康に不可欠で、生を持つあらゆる存在を構成し、導き、私たちの知る姿を形づくるもの。氣(西洋では「ch' i」と書かれることも多い。発音はどちらも「chee」、チーとなる)として知られるこの偏在する力は、ぴったりとした英語の言葉はないものの、エネルギーを指し、私たちの存在、知識、食物のすべてに含まれているものとして広く受け入れられている。

完全な生命力でも物質でもない氣を構成する要素は、大変複雑で細かいニュアンスに富んでおり、医学の研究者テッド・J・カプチャックは、鍼灸の学校で生徒に施術を紹介する参考図書としてよく使われる『The Web That Has No Weaver:Understanding Chinese Medicine』で、一章を丸ごと使って解説している。
「氣は変化を〝起こす〞ものではない」と彼は書いている。「氣は、何かが変化する前、その最中、後までずっとそこに存在している。変化とは、変わる前の状態で、すでにそこにあるものが形になって現れることだ。一つの氣は、同じような「波動」を持つ別の氣の性質を引き出す。ものは互いにエネルギーを送り、それが共鳴し合うと、ひとつの氣が別の氣を呼び起こす」
こうして、クモの巣状のウェブが紡がれ始める。氣の糸が宇宙と人をつなぎながら、個人の中に入っていき、その人独自の宇宙を紡ぎ出していくのだ。カプチャックは、私たちが〝宇宙〞に影響されるのは、このためだと説明する。私たちはみんな、同じものによってつくられている――それが氣なのだ。 

中医学では、疾患は氣の影響によって起こる臓器の「湿」や、燃え立つ「火」が原因で生じる、といった抽象的な表現がよく使われる。体内の氣の変動は、その人の健康全般に影響するが、氣の流れを示す信頼のおける方程式は存在しない…。こういうところで古典中国医学は、西洋医療やTCMとは大きく異なっている。西洋医学の医師が、診断をくだすために症状を手がかりとするのに対し、ベイジルのようなプラクティショナーは、その人全体の状態を考慮する。これは、カプチャックが「クリニカル・ランドスケープ」と呼ぶ、常に動き続けながらも変わることのない、その人独自の性質をつくり出しているもののことだ。
このように、患者の体のバランスの不和(健康問題の原因となっているもの)を示す「不調和のパターン」があるために、疾患そのものはそれほど語られることがない。これは、個人にあった方法で問題を分類、治療する手法であり、西洋世界でよく用いられている原因と結果のみを見る診断よりも、ずっと深いところに働きかける。

西洋医学の医者である兄と父を持つベイジルは、このふたつの医療モデルの間に起こる軋轢をよく知っている。「医学について話そうとしても、ふたりは笑うだけよ」。アシュビルの自宅で彼女は言う。彼女は、1960年から70年にハイチから移住し、東テネシーのアパラチア山脈の山麓地帯に居を構えた。両親のもとから1時間ほどの場所にフィアンセと住んでいる。「『この人の足には湿があり、彼らの脾臓には氣が不足している』。私っていつもこんなことを言っているのよ」。彼女は笑いながら言う。
中医学では、主要な臓器を心臓、肺、脾臓、肝臓、腎臓の5つに分類する。これらはまとめて陰の臓器として知られ、健康を管理するために不可欠なものだ。それぞれの臓器は、独特の性格と嗜好を備えた1人の人のように捉えられている。自分の体を内臓たちが働くオフィスだと考えてみるといい、とベイジルは言う。仕事は異なるが、共に同じゴールに向かって働いている従業員たちだ。同僚の誕生日を祝うためにキッチンに集まるときには、1人は汗をかき、もう1人は震え、3人目はアイスクリームケーキを見て、〝人事部の彼が乳糖不耐症であることをまた忘れたみたいだ〞とあきれた顔をしていたりするかもしれない。
体というオフィスの調和とバランスをつくり出し、維持していくために、食物は重要な役割を果たす。消化機能の健全な働きが、ベイジルの話の重要なポイントのひとつであるのも、こういった理由による。「消化機能は変革へのプロセスとなるの」と彼女は言う。体は食物や水分をエネルギー、組織、物質(血液など)に換える。消化機能が十分でないと、氣も不足しやすくなり、食物を大切な物質に換えようとする体の働きを阻んでしまう。西洋医学でも、バクテリアや腸のマイクロバイオームを特に重要な働きと捉え、同じように消化機能を重視するが、中医学では、食物の持つエネルギーは、食べたものを体がどう取り入れ、分解し、処理していくのかを指図するものだ。

食物の性質でベイジルが初めに考慮するのは温度だ。その食物が、体、特に消化機能を司り、体重維持を担う働きをする脾臓を温めるか、冷やすか、そのどちらでもないかを見るのだ。内臓の持つ性格の型に話を戻すと、脾臓は温かさと乾燥を好むため、冷たい生の食物は機能に負荷をかける。脾臓に負担がかかりすぎると、消化、造血、エネルギーの吸収といった重要な機能が危険にさらされるとベイジルは言う。「重要な活動は、体の真ん中、地の要素から始まるの。それが脾臓と胃なのよ」。生の食材を避けるというのは、「健康」をサラダやスムージーと結びつける西洋の多くの患者にとって正反対の考えだが、中医学では摂ってはいけないものなのだ。先ほどのオフィスの建物を思い出してほしい。室温の設定が22度で従業員の生産性が最も上がり、快適なのに、誰かが毎日エアコンで15度までガンガンに冷やしたら、仕事やそのクオリティは下がっていくだろう。消化機能も同じだ。ただし、これがアイスクリームやキャロットスティック(スナック菓子)を今後いっさい食べてはいけない、という意味ではない。何かを楽しむための鍵は、ほどほどにする、ということだとベイジルは言う。

温度以外にも、ベイジルが食物のエネルギーで確認する4つの項目がある。それはすべて二次的に考慮するもので、はっきり言って、説明するのはさらに難しい。どんな食物も、〝臓器との親和性〞というものを持っていて、それが食物がその臓器に働きかけようとしているかを知る手がかりとなる。〝動き〞と〝方向〞もある。このふたつは似通っているが、前者は、食物が落ち着きを与えるものか活気を与えるものか、後者は、それが体の外へ出て上昇していくか、体の内の奥深くに入っていくか、というふたつの性質について語るものだ。最後の要素が〝味〞だ。甘味、塩味、酸味、苦味、淡味のそれぞれにも、関係する動きの性質がある。
診療の現場はこんな様子だ。風邪を引いて喉の痛みと微熱があるとき、ベイジルは、その人には(熱を和らげるため)冷やすエネルギーがあって、体内で冷たさを上昇させて外に排出するものが必要だとわかる。そのときに処方する食物は?フレッシュフルーツ(ほぼすべてに熱を冷ます働きがある)と刻んだマスタードグリーン(上昇する働きがあり、毛穴を開いて風邪を体から排出する)の組み合わせだ。
「これはゲームのようなものよ」とベイジルは言う。「使える食材はいろいろあるわ。この楽しいパズルのピースはすべて、その人の味覚に合い、その時に試みている治療をエネルギー的にサポートする食材でできているの」

父親と同じように始まったベイジルのキャリアだったが、西洋医学には、彼女が探求したかった食物と治療の強いつながりが見つからなかった。だから、2008年にデューク大学のプレメディカルコースを卒業した時、彼女はすぐに医学部に進もうという気持ちにならなかった。彼女は数人の友人とともにロサンゼルスに引っ越した。そこでベニスビーチの現代のアイコン的なレストラン「Gjelina」のキッチンで、食材の下準備をする仕事を始め、その後、ペイストリー部門のトップシェフのアシスタントとなった。1年後にニューヨークに移った時にも、二足のわらじを履き、苦しい人間関係の結果として経験していた、重くのしかかる不安とうつを治すためのハーブ療法を模索しながら、調理の仕事を続けた。それが今度は、辛い感情のバランスをとるために、何世紀にもわたり食物とハーブを用いていた、中医学への扉を開いた。

食物と気分は関連し合い、マインドの状態は体が栄養をどう受け取るのかに影響する。たとえば、注意深く食事をすると、脾臓の負荷は軽減され、消化機能が高まる。怒っていたり動揺していたり、運転中や急いでいるときには、闘争/逃走神経を担う交感神経が活発になる。体のエネルギーには限りがあるため、こういう状態では、消化管の活動のプライオリティは低くなる。会議に向かいながら温かいスープをすすっているにしろ、チーズバーガーをストレス食いしているにしろ、体の蓄えがストレスの引き金を抑えることを中心に使われていたら、脾臓が食物を消化するのも難しくなる。
消化機能に常に注意を向けさせておこうと、体の邪魔をする必要はない。それは、休息と消化の神経と呼ばれる副交感神経が優位になり、体の自然治癒力が働くダウンタイムの時間にかかっている。たとえ少量でも、一日中何か食べているようだと、体の消化機能は働き続けなくてはならず、それ以外の重要なタスクにエネルギーが使われなくなる。ここでのレッスンはこうだ。限りある体のエネルギーへ意識を高めると、そのパワーが強まり、どんな瞬間にも生かすことができる。

ベイジルの食とエネルギーの話は、食べ物とまったく関係のない、ある原則を思い出させる。それは、自分を守り保ち続ける手段、セルフケアのためにも、エネルギーを与える相手を選ぶという原則だ。ベイジルと会話をしながら、私は、自分の体を太陽系になぞらえ始めた。内臓は惑星、血液は重力、ほかはすべて、独立しつつも、巨大な宇宙の中で同じ法則に支配される銀河だ。すべてが共に働いて私たちは成立している。
宇宙の中で私という人間は、調和を守ったり乱したりする、ただの風景にすぎない。そこには、私の欠点や舌のセルフィー、批判のマインドが入る余地はなく、恥ずかしさにとらわれたり、その感情を持ち続ける意味もない。宇宙にあるのは、バランスの均衡と不均衡のみで、それすらも、変わり続けることが約束されているのだ。

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text by Hannah Lott-Schwartz
illustrations by Liz Lovasco
photo by Katherine Brooks Photography
translation by YUKO
yoga Journal日本版Vol.75掲載

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