「母性神話から脱却したいと思ってきた」デザイナー田中千絵さんが語る、更年期の今の想い
心と体が大きく変化する”更年期”。年齢とともに生じる変化の波に乗りながら生き生きと歩みを進める女性たちにお話しいただくインタビュー企画「OVER50-降っても晴れても機嫌よく」。第7弾は、デザイナーの田中千絵さんへのインタビュー後編です。
更年期は自分で自分の愚痴を聞いて過ごす
ーー更年期に入ってから、更年期障害の症状を感じることはありますか?
田中さん:不定愁訴の症状はあるんですけど、これは更年期といえばそうだし、そうじゃないともいえるし。ただ、「絶対にこれは更年期に違いない」とか思うとどんどん悲観して感じすぎてしまうかもしれないから、あんまりそういうところに自分の気持ちをフォーカスしないで、「今暑いって感じているんだな」ってただ感じるくらいでいたらいいような気がするし、頭が痛かったらマッサージしたり、足がだるい時はオイルを使ったりストレッチしたりね。自分で自分の愚痴を聞くスタイル。「大丈夫だよ」って。
ーーそれでは婦人科で相談することはないですか?
田中さん:次男を産んだ産婦人科が近くにあるので、困った時とかちょっと気分が優れない時にはそこに行って、相談したり漢方を出してもらったりしています。
ーーそれはいつ頃からですか?
田中さん:46歳くらいからですね。
ーー少し早めから病院で相談されていたんですね。
田中さん:そうなんですよ。困った時には家族じゃなくても他に色々相談できるところがあるといいですよね。同世代の相談できる人に話してもいいし、お医者さんに相談してもいいし、相談先はいくつか持っておくようにしています。お医者さんに相談して「大丈夫ですよ」って言われたら安心だし、「それならこの漢方飲んでみましょうか」って話しができるのもありがたいです。漢方薬って番号がついていて、たくさん種類があるでしょう?あれを見ているだけでも面白くて。表を作って飲んだ漢方を全部チェックしていきたくなるくらい。楽しみながら飲んでいます。漢方も、お守りみたいなイメージで頼りすぎずに飲めるといいですよね。そういうお守りっぽいものがあれば更年期も騙し騙しやっていけるって聞いたことがあって、私はその考えが好きだから取り入れているんです。「過渡期だから色々あるさ」っていうゆったりした気持ちでいます。
ただ、睡眠はしっかり摂るようにしています。今までは子供に付き合って夜中まで起きていて、朝はお弁当を作っていたりすると、5〜6時間しか睡眠がとれなかったりしたんです。この世代の女性って、世界的にみても睡眠時間が短いんですね。ずっと話題になっていて気になっているのに、実生活では睡眠がとれていなかった。でも、なんとか自分を守るためにも睡眠はとりたいですよね。睡眠だけとっていれば大きな病気は回避できるんじゃないかなっていうのもあって。寝ることと食べることはちょっと気をつけています。睡眠も毎日絶対に何時間はとるって決めつけるわけじゃなくて、摂れない日があったら後で調整したらいいし、疲れていたら多めに寝たらいいと思っています。
セルフケアはそんなに完璧にできなくてもいい
ーーセルフケアとして行っていることを教えていただけますか?
田中さん:コーピングですね。面倒くさがりだから、手のかかるケアはできないんですけどね。楽しかったり、いい香りがしたりするものだとがんばれるかなと思って。寝る場所の近くにコーピンググッズを置いておいて、「今日はどれにしようかな」って選んでいます。例えば、マッサージ用のボディオイルでマッサージしたり、オーガニックのヘアトニックで頭皮のマッサージをしたり、朝起きて暑かったりすっきりしたかったりした時にドライシャンプーを使ったり。お風呂の入浴剤で入浴を楽しんだりね。シャワーで済ませちゃったりすることもあるんですけど、自分の体が意外と冷えていたことに気づいたんですよね。寒い時期じゃなくても冷えるんですよね。冷え対策として、サマハンを飲んだり、お灸もしたり。子供を産んだばかりの頃、体がつらくてお灸をしていたんです。今また体に都合が悪いところがあるならお灸したらいいんだって思って再開しています。あとは、目を使う仕事だから眼精疲労が溜まるので、目元のマッサージができる美容液を使っています。お香を使って香りで癒されることもあります。五感を素直に喜ばせるコーピングが一番しっくりきます。
ーー様々なケアを実践されていますね。決まった時間に行うというよりも、自分を癒すグッズをすぐに手が届くところに置いておいて隙あらばケアするというやり方ですか?
田中さん:そう、隙あらば!ちょっとモヤっとしたら何かするって感じでやっています。そんなに完璧にできなくてもいいという姿勢でやっています。
お母さんは家族のために尽くさなければという思い込みがあった
ーー卒母についての投稿が印象的ですが、卒母にまつわる作業って、これまで家庭内で粛々と行なわれてきてあまり発信されてこなかったかと思います。卒母について発信しようと思われたきっかけはありますか?
田中さん:やっぱり心理学の勉強をしたのは大きいと思います。お母さんに関する研究ってたくさんされていて、その文献を読むうちに、「あれ?お母さんってそこまで家族のために尽くさなくていいんだ。なんだ、思い込んでいただけなんだ」って思ったんですよね。これまでは、「お母さんはいつも笑っていないと」みたいな、お母さんはこうあらねばという意識があったことに気づいて、そのことにびっくりしたんです。私だけ我慢しているのはおかしいし、これからはもっと外に出していこうって思ったんです。それは、勉強をしたから出せるっていうのもあります。
それから家事を見直してみて、「私は家事が好きじゃないんで、みなさん大きいし自分でどんどんやっていってもらえますか」って家族に言ったんです。そしたら家族は「家事好きなのかと思ってた」ってびっくりしていたんです。私は家事も楽しそうにやるものだから、好きだと思われちゃっていたんですよね。
ーー好きじゃないことを楽しそうにできるって素晴らしいですね。
田中さん:友達にも言われました。「それは悪いことじゃないんじゃない」って。好きなことでも機嫌悪くしているよりは、嫌なことでもニコニコしているほうがいいと思っています。ただそれが原因で、家事も楽しいからやっていると思われちゃっていたんですよね。ちゃんと話してよかったなと思いました。いずれは親子だって離れるわけだから、これからは家事を切り離して、自分のことに時間を使いたいって話しました。その宣言をしたのが今年の1月です。
ーー卒母についての投稿は既にたくさんされているので卒母に取り組んでから何年も経っているのかと思っていました。まさか1月からとは驚きです。急ピッチで進められたんですね。
田中さん:コロナ禍で家にいる時間が増えたことで学んだり、考えたり、話したりすることを重ねていく中で、ある日一気に色々なことがつながった感じです。うちに限らず、コロナ禍で先行きがわからない世の中にみんながイライラしていたと思いますが、家族のイライラの矛先を向けられやすいこの世代のお母さんたちはやはりそれぞれに皆さん悩んだり辛いことも多かったとか。そうやって困っているお母さんたちはたくさんいるって知って、自分だけじゃないってわかったんです。そんな中で心理学を勉強すると、「あれ、中年って普通に生きているだけで大変な時期なんだ」ってこともわかって。「体の健康のためのケアだけじゃなくてメンタルのケアもしないといけないな」と、学問という情報の安心感からすんなり理解しました。
「楽しい」ことは今からでもつくれるから好きなことをやっていこう
ーー卒母によって母の役割を意図して整理されたように、誰にとっても年齢を重ねながら役割の整理をする必要があると思います。具体的にどのように整理しましたか?
田中さん:私は働き方も変えたいと思っていたのでキャリアカウンセラーさんの講義も受けていて、その考え方が参考になりました。自分が持っている役割を円グラフに書き出してみると、私はお母さんを75%くらいやっちゃっていた時期があって、明らかにやり過ぎていたんですよね。母としての役割を少しずつ取り払っていこうと思いました。人の役割って様々なものがあって、私の場合は社会との関わりや、妻として、自分の親に対しては娘としての役割など色々。人生のフェーズによっても役割は変わるんですよね。だから、時々自分の役割を書き出してみて、自分がどういう役割に多く時間を割いているかを可視化してから、どんな役割の配分に持っていきたいかも書き出してみるんです。この時に、「遊ぶ」とか「趣味」や「つながり」の役割作るんですよ。今までは、お母さんが楽しそうに遊ぶのってどこかタブーなところがあったけど、子育てが終わっても人生は続くわけだし、遊ぶ時間ってなおさら必要ですよね。こうして自分の役割を時々見直していけば、進むべき方向の道筋がわかりやすいと思います。このルールは母じゃなくても同じですよね。
ーーどんな人にも適用できるやり方ですね。
田中さん:そうですね。これを誰かと一緒にやってもいいと思います。人生の時間は限られているから、時間は好きなことや得意なことに充てたいですよね。特に得意なことを伸ばしたほうが絶対にいいんだけど、自分のいいところって自分ではわからないじゃないですか。だから人に見てもらいながら、自分の得意なこと、生かせることを見つけてもらうんです。見てもらう相手は、仲が良い人でもいいし、別の視点を持っている人でもいいんです。
ーー自分の時間を見つめ直すことで自由になる時間が生まれ、勉強も遊びもできるようになるとは、人生がますます楽しくなりますね。
田中さん:もちろん、ネガティブなニュースはあるけど、それを知った上で自分なりになにかできることがあるんじゃないかと思います。更年期に母を卒業することで自由になって動けるようになった人たちが、自分の仕事ができるってだけで人生の選択肢は広がると思うんです。新しい仕事を作っていけたらみんなが自分らしくいられるんじゃないかな。みんな諦めずに、後半の人生をできる範囲で楽しもうよって思っています。
50歳のあたりって、みんなそれなりに大変だと思うんです。特に女性は、賃金が低めだったり、社会的な制約を受けてきたり、それぞれに我慢したり、辛い思いをしてきているんですよね。そこを後半で取り戻していこうよって伝えたい。私もまだ道の途中。みんなで探りながらやっていける仲間を増やしていけたらいいと思っています。みんなで考えていこう、それぞれに合う方法もみんなで選んでいこうって思っています。NPOの仲間たちも、卒母投稿も基本姿勢は同じです。
ーー年齢に捉われることなく、これから巻き返していこうという意欲を感じます。日本の更年期世代の女性たちは、社会的な抑圧を受けてきたこともあり、自分のやりたいことをまだまだ抑えてしまう傾向にあると思います。やりたいことに踏み出せない人がいらしたら、どんな言葉をかけますか?
田中さん:まずは睡眠をしっかり摂ろう!そして、役割の整理をして、自分の時間に隙間をつくる。それをしたら、なにかしら切り開けると思います。勉強するのもいいですよね。分野にこだわらず学ぶことでたくさんヒントがもらえると思います。この歳まで色々なことを経験し、考えてきましたが、それを学問に裏付けてもらえる心強さもあります。自分が思っていたことは間違っていないんだとわかったり。自分が思ったことを自分で認めてあげるって大事なんですよね。あとね、「楽しい」ことは今からでもつくれるから好きなことをやっていこうよって言いたいです。
ーー年齢に捉われずに自分を解放するって大切ですね。
田中さん:たくさんの課題がありますが、まずは抑圧されていたり我慢していたりする人を解放していくところからだと思っています。「どうせ無理」とか「でも」とかいう言葉がつい出ちゃうけど、変えられるよって。みんな同じように悩んでいるから大丈夫だよって。一人で悩んでいるような気がしてしまいますが、同じ悩みを抱えている人っていっぱいいるんですよね。特に日本なんて、悩みが近い人はいっぱいいるから。ひとりじゃない、大丈夫って言いたい。
ーーそのような想いから、卒母の本を出版されるのですか?
田中さん:そうなんです。母業って完全になくなるわけじゃないんだけど、過剰になりがちだから、少しずつ縮小していけたらいいですよね。お母さんたちは、これまで「母」に乗っかっていた軸を「自分」に戻して、自分を取り戻していってほしい。そこで自分が元々好きだったものや得意だったもの、これからやりたいことを洗い出して、自分を理解して、自分なりに思う自立を実現していってほしい。お母さんという立場にこだわらず、社会で色々な人と関わって、自分を知っていくことが必要だと思います。「自分なんて」とか「どうせ」とか思う必要はないんです。卒母は、子供の手放し方にもなると思います。こういう考えをぎゅっと詰め込んだ1冊になる予定です。
ーー楽しみです。発売はいつ頃ですか?
田中さん:年明け2月末を予定しています。
ーー今後したいことはありますか?
田中さん:自分たちが老人になったときに今の老人ホームじゃあ満足できないだろうから、もうちょっと楽しくみんなで過ごせるようなことを考えたいですね。できればみんなで力を合わせてなにかを生み出せる老人ホームがあればいいと思っています。締切を忘れちゃうならみんなでカバーしていくとかね。できない方へ向かっていく老人ホームばかりだから、協力して「できる」老人ホームがあるといいですよね。なにより、老後を軽くしたいです。子供にとっても、お母さんがお父さんの世話だけしていて、たまに実家に顔を出したら「もう帰っちゃうの?」って言われたら、実家に行きたくなくなるでしょう。だけど、お母さんがどこかで楽しくやっていて、子供がきたら「ああ来たのー!元気だったー?」って明るかったら、子供も「また来るね」って言いやすいだろうなと思って。そういう老後がいいな。
あとは、次世代のお母さんたちにも楽になってほしいから、負の遺産を残さないためにもお母さんを楽にしたいです。みんなが困った時には頼り合って、それぞれに楽しめるように。世間の「べき」に囚われずに、誰も責めずに、これからも仲間を増やしていきたいです。
Profile|田中千絵さん
1974年、東京都渋谷区生まれ。1996年、武蔵野美術大学造形学部 空間演出デザイン学科卒業。在学中に伯父である田中一光のもとでデザインを学び、卒業後はフリーで仕事をスタート。『TSUMORI CHISATO』の路面店や『BEAMS』のウインドウで、独自の世界観により展開したウインドウ・インスタレーションの作品群が話題になる。1998年よりストライプファクトリーでの活動を開始し、個人の活動と並行してCM映像やアプリの企画なども担当。デザイン全般、イラストレーション、アートなど、表現方法にこだわらず幅広いシーンで活躍している。著書であるペーパークラフトのアイデアブック『紙と日々、』(キノブックス)も好評発売中。17歳と21歳の男の子の母。
AOYAMA CREATORS STOCK 22 田中千絵 “stencil(ステンシル)”展 開催中
会期:2023 年10 月30 日(月)~ 12 月1 日(金)
時間:10:00 ~ 18:00(土日祝休)
会場:株式会社竹尾 青山見本帖 (東京都渋谷区渋谷4-2-5 プレイス青山1F)
tel. 03-3409-8931
アクセス:表参道駅(半蔵門線/ 銀座線/ 千代田線)B1 出口より徒歩8 分
*詳細はウェブサイトにて
AUTHOR
磯沙緒里
ヨガインストラクター。幼少期よりバレエやマラソンに親しみ、体を使うことに関心を寄せる。学生時代にヨガに出合い、会社員生活のかたわら、国内外でさまざまなヨガを学び、本格的にその世界へと導かれてインストラクターに。現在は、スタイルに捉われずにヨガを楽しんでもらえるよう、様々なシチュエーチョンやオンラインでのレッスンも行う。雑誌やウェブなどのヨガコンテンツ監修のほか、大規模ヨガイベントプロデュースも手がける。
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