お掃除ロボットで「ワンオペ育児」はなくならない|なぜ母親は"ずっとしんどい"のか

 お掃除ロボットで「ワンオペ育児」はなくならない|なぜ母親は"ずっとしんどい"のか
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「ワンオペ育児」というワードを耳にすると、嫌悪感や胸騒ぎ、もやもやを感じる読者もいるのではないでしょうか。子育てをしている人にとっては決して他人事ではないワンオペ育児、「どうにかしたい」と願う社会課題のひとつです。今回は、ジェンダー研究、日本研究、エスノグラフィーを専門とする社会学者の津田塾大学の北村文准教授に、前編・後編に分けてお話しを伺いしました。

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ワンオペ育児は、「女性の問題」「各家庭で解決するもの」と考えていませんか?ワンオペ育児の話題になると「お掃除ロボットを買えばいい」「夫婦で話し合えばいい」「相手に完璧を求めなければいい」といったアドバイスはよく聞きます。けれど、果たして、お掃除ロボットや夫婦での話し合い・妥協"だけ"で「ワンオペ育児」は解決できるのでしょうか?ワンオペ育児という言葉がここまで広がっているのにも関わらず、どうして状況は変わらないのでしょうか。

女性の課題を考えることは社会全体を考えることにつながっている

——北村先生の研究されているジェンダー研究とはどういった研究なのか教えて下さい。

北村先生: ジェンダー研究はその昔は女性学とよんでいたものです。1960年代から1970年代のウーマンリブやフェミニズムと言われた時代ですね。例えば、教科書とか見ても男性ばかり出てくるじゃないですか。女性は人口の半分いるはずなんですが、いないことにされていて。女性だっているし、女性だって色々な問題を抱えている…というので「女性学」という学問が誕生しました。簡単に言えば、「女性のこと、ちゃんと考えようよ」というものです。それはとても大切なことで今でも続いているんですけれど、一方で「女性は、女性は〜」と女性を軸にした研究ばかりしていると、あたかも男と女は別物で「女のことは女が考えろ」と切り離されてしまうことが課題だなと。けれど、女性の課題は結局は男性のこととつながっているので「一緒に考えるべきじゃない?」というのが、ジェンダー研究の考え方です。

だから、女性のことだけを研究しているわけではありません。女性の苦しみを通して社会全体を考えたり、女性を切り離さないという考え方なんですね。「女性」を考えるということは社会全体を考えることにつながっていくのです。

——ジェンダー研究って、現代の女性たちが抱えているワンオペ育児などにもつながるのかなと思うのですが、いかがですか?

北村先生: おっしゃる通りです。だから、お母さんたちが幸せに暮らしていたら、ジェンダー研究は必要ないんですよね。けど、つらい思いをしていたり、苦しい思いをしている現実があるわけです。そこで、その人が悩んでいるのは「その人が悪いから」ではなく、ましてや「その人に、何かが足りないから」ではなくて、「社会がそうさせているんじゃないか」と考えるのがジェンダー研究です。「困っている彼女の問題」ではなくて、みんなで考えなくてはいけない【社会の問題】として浮かび上がってくるということです。

——共働き夫婦間で育児や家事など、家の仕事の負担が妻に集中していることを社会的に問題視して、明治大学の藤田結子教授が「ワンオペ育児」という言葉を広めましたよね。2015年頃からSNS上で広まった言葉だと思うんですが、それ以前にももやもやを抱えていたお母さんってたくさんいたと思います。そういった言葉が出てきたことによって、みんなが発言しやすくなったんでしょうか?

北村先生: おっしゃる通りですね。それが社会学者の仕事なんです。もやもやしていて、みんながなんとなく思っていたことに言葉を与えるっていうこと。「これはワンオペ育児なんですよ」と"言葉"を与えることによって、わたし”個人”がもやもやしているだけでなく、他の人との共通のことだったんだ、つまりそれは社会全体の問題だったんだということに気付けるんですよね。(参照: 藤田結子著『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』)だけど、見えないんですよね、家の中のことって。みんなドアを閉めてしまえば何が起きているか分からないから...あとは結構取り繕ったりするじゃないですか、キラキラママみたいに(笑)

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家事や育児…わたしたちが「家の中のことは女性のしごと」と思い込んでいるのはなぜ?

——お母さんは家の仕事、お父さんは外で仕事というのはいつからはじまったんでしょうか?

北村先生:まず最初に分けて考えなくてはいけないのは、「お母さんはこうあるべきだ」という考えと、「実際のお母さんたちはどうなのか」ということは別だということです。「家や子供のことは、お母さんの仕事」と考えられてきた、これは事実としてあります。けれど実際本当にそうかっていうと、必ずしもそうではないんです。例えば、「性別分業」といって「サラリーマンの夫と専業主婦の妻」という、戦後の"サザエさん的な家庭"で育った年代は、「家や子供のことは、お母さんの仕事」ができた世代だと思います。とはいえ、サザエさんの時代の日本においても、サラリーマン家庭ではない家庭、例えば、自営業のお家や農家、漁業をしている家庭では、お父さんもお母さんも一緒に働き、お父さんもお母さんも一緒にごはん作り、「今日はお母さんとごはんを食べる日」「今日はお父さんとごはんを食べる日」といったように「分業がなされていない家庭」がありました。サラリーマン家庭を思い描くと「男はこう」「女はこう」と思いがちなんですけれども、それ以外の夫婦や家族の在り方はこれまでも今でも日本社会には存在しているわけです。現実は多様であるにも関わらず、わたしたちの頭の中には「お母さんは家にいて」「お父さんは家の外で働く」っていう思い込みがあるんですよね。

——家事や育児など家の中のことが女性の仕事となったルーツを教えてください。

北村先生: 難しいですよね。誰か偉い人がはじめたとかではないのでピンポイントでは言えないのですが…キーワードは「近代化」だと思います。ちょっと大きな話になりますが、分かりやすいところでお話しすると、明治時代に日本が鎖国をやめました。日本が近代国家として西洋諸国と対等に渡り歩くためには、国家としての成長が必須で、そのためには個人を"国民"として管理し国家に貢献させる必要があった。だから「どこどこ村の誰々さん」という属性ではなく、「日本国民の◯◯さん」として国家への所属意識を持ってもらうために、"立身出世"というスローガンを与えたのです。日本国民として「お国のために」、ちゃんと教育を受けて、国に尽くせと。でもその時女性は、立身出世を求められなかった。代わりに、女性には”良妻賢母”というスローガンが与えられました。ここが多分、分岐点です。

明治時代以前はみんな必死で、明日食べるのも大変な時代だったので、男性も女性も分け隔てなく働きましたが、明治時代に入り日本が近代国家として進んでいこうとした時、"ちゃんとした"国になるためには、"ちゃんとした"男性像、"ちゃんとした"女性像というのを作らなくてはならなくなったんです。

「令和の良妻賢母」は「明治の良妻賢母」以上にしんどい

——国が決めたことだったんですね。

北村先生: 男女全てが立身出世を頑張ってしまうと、赤ちゃんの面倒を見る人もいなくなってしまうし、ご飯作る人がいないので、女性がその役割をやってくださいとなったんですね。それが”良いこと”とされ、それが「正しい日本人」とされてきた。だから、日本の女性というと、自動的に「夫に尽くす」というイメージが浮かび上がってくると思うんですけれど、たぶんそれはその時の良妻賢母のイメージからきていて、歴史的に脈々とあるのかなと思いますね。

とはいえ、明治時代にはじまったことなので何千年も続いてきたことではありません。比較的新しい伝統でしかないはずなのに、わたしたちは女の人はつねに家の中にいて働いてきたって思いがちです。けれど、それはイメージでしかないのです。

——(学校で習ったかもしれないんですが)”良妻賢母”がスローガンだったということは知りませんでした。

北村先生: 「良妻賢母になりましょう」って明治政府が言ったということは、つまりはもともとは良妻賢母ではなかったということなんです。わざわざ言わなくてはいけなかった、「良妻賢母で”あるべき”」っていうスローガンが、いつの間にか「良妻賢母で”ある”」に横滑りしてしまったんでしょうね。

——それにしても「明治時代の良妻賢母」と「令和の良妻賢母」ってだいぶ違うような気がします。

北村先生:  そうですね。夫にかしづいて、自分のことをさておいて、全部夫のために子どものために自己犠牲する母親という「明治時代の良性賢母」のイメージとは変わってきているのは事実だと思います。

むしろ、今は「女性も立身出世しろ」って言われちゃうので、その意味ではわたしは実は明治時代よりも今の方が大変な時代じゃないかなと思いますね。家事育児だけじゃダメっていう、最悪ですよね(笑)。家事育児もして「社会的な地位を確立して社会で活躍しろ」って言われて、めちゃめちゃ大変だと思います。

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なぜワンオペ育児はなくならない?

——これだけ社会からも女性の力が求められて、ワンオペ育児という言葉によって社会問題にもなっているのに、女性への負担が変わらないのはどうしてでしょう?

北村先生: 意識の面と構造の面という2つがあって、2つは連動します。いくら夫婦で家事育児を「50:50」でやりたいと思っていても、労働時間が違ったりとか、労働形態が男女で違ったりしますよね。多くの場合、男性は長時間労働を強いられていて、そのように経済構造が回っている以上は「4時に帰ります」「子供が熱を出したから帰ります」と言えないわけです。それを許容する働き方になっていないし、柔軟な働き方で回る経済構造になっていないという【構造の問題】が大きいと言えます。

だから男性が「もっと家のことをやりたい」と意識を持っていても、できないのは【構造の問題】。構造がそうであり続ける以上、意識改革だけしてもしょうがないから、やっぱり妻がパート勤務に切り替えるとか、妻がリモートワークとか、夫が単身赴任するとか。妻の方がキャリアを中断したり諦めることになる。意識がいくら変わっても、構造が変わらないという問題があるからだと思います。

日本の特徴として都市集中型なので、通勤に2時間かかるケースも珍しくありません。土地が高いから都心にはお家は持てないことなど、色々な要因が複雑に絡み合っていると思います。

——コロナでリモートワークになってから家事や育児を手伝ってくれるとうになったという話も耳にしますが...

北村先生: 多様化もしてきているし柔軟化もしてきているけれど、思ったほど多くはないようです。昼休みに夫がその日の夕飯を作ったりという可能性が見えたけど、結局みんな旧来の通勤電車に揺られる生活に戻っているので。逆に、リモートワークになった夫に「昼ごはんを作って」と言われたり、日本の狭い住宅事情の中で「会議をするから静かにしろ」とか悪い方向に振れた事実もあるので、あんまり楽観視もできないです。

——イクメンなんて言葉もあるので、「手伝う夫」も増えているのかと思っていました。

北村先生: 父親はちょっとやっただけでものすごく褒められるんですよね。例えば、父親が幼稚園のお迎えに行けば「すごーい」「イクメンですね」「いいパパですね」と言われるのに、母親がお迎えに行ったら何も言われないどころか「5分遅れています」なんて言われたり。母親が仕事をしている間に、父親が子供の面倒を見ていれば「素敵」と言われるのに、母親が子供の面倒を見ても褒められることはほぼない。

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——身に覚えがあります(笑)

北村先生: ちょっとやってちやほやされる人たちなんだから、同じだけのものを背負うってことにはなかなかならないですよね。もちろん、自分たちの子供を育てるという当たり前のことをしているので「イクメンって言われたくない」と思う男性もたくさんいます。けど、一方で、イキっているイクメンも結構多い(笑)。それってもしかしたら、お母さん側からしたら、「夫が何もしない」よりも腹が立つことかもしれないです。ちょっとやっただけでチヤホヤされて、イクメンぶって、「私なんて何も言われないのに・・・」っていう父親と母親との扱われ方の違いを感じることになって、イライラやもやもやにつながりますから。

インタビュー後編(「超ハードモードな時代、ワンオペ育児のしんどさを少しでも減らすには?研究者がSNSに見出した希望」)に続きます!

ライター取材後記

ワンオペ育児を解消するには「お掃除ロボットを買えばいい」「食洗機を買って」また、「夫婦で話し合って」など各家庭で解決する方法が促されることが多いですが、それは結局は根本的な解決にはなっていないと常々感じていました。それはやはりワンオペ育児は、社会全体で解決しなくてはいけないものだから。とは言っても、社会を変えるには、社会の一員であるわたしたち自身が行動を起こしたり、考え方を変えなくてはいけないとだと思います。いささか極端に聞こえるかもしれませんが「わたしには社会を変える力がある」という自覚を持ちたいですね。次回は、母親たちの家事や育児の負担を軽減するために、どのような社会を目指していけばよいのかについてお話しを伺います。

取材協力: 津田塾大学准教授 北村文さん

津田塾大学准教授。1976年滋賀県生まれ。専門は、社会学、ジェンダー研究、日本研究、エスノグラフィー。著書に『日本女性はどこにいるのか イメージとアイデンティティの政治』勁草書房、『英語は女を救うのか』筑摩書房、共編著書に『現代エスノグラフィー 新しいフィールドワークの理論と実践』新曜社。

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桑子麻衣子

桑子麻衣子

1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。



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