「母になる」とは本能的な欲求なのか?臨床心理士が『母親になって後悔してる』を読んで感じたこと
「母になる」ということ、そして「良き母」とは一体何でしょうか。
2022年3月、『母親になって後悔してる』というタイトルの書籍が発売され話題になりました。書籍には、
女性が母になる道筋はさまざまであり、自分がどんな道をたどっているのかが自身にさえよくわからないこともある。
と述べられている一方で、
「女性が母へと移行する理由は自身の願望以外にない」という一般的かつ正反対の仮定があるために、女性が母になることを奨励されるという悪循環が保たれるのである
と書かれています。私たちが母になる選択を選ぶのか、そしてどのような過程で母になるのかは、人それぞれなはずです。しかし、世間の「女性は母になりたいはずだ」「女性は母になるべきだ」といった見方が、多様な考えを持つ人を苦しめていることもあるでしょう。今回は「母になること」について考察をしていきます。
「母になる」とは"本能的な欲求"なのか
母になることについて、どのような想いを抱くかは人それぞれです。そして、必ずしも自由な選択として生んだり、育てていたりしているとは限りません。しかし、実際には周囲にその視点が欠けている場合もあります。そんな時に、ついこぼれた育児の愚痴に対して「好きで生んだんだろう」といった批判はとても苦しいものになります。母になることは本能的な欲求なのでしょうか。それが「当たり前」「普通」なのでしょうか。もしそのような欲求を抱かないなら、「私は人としてどこか欠けているのではないだろうか」といったことを考える人もいるかもしれません。以前に私の先輩が「子供が生まれればカウンセラーとしても成長するよ」と職員同士で話しているのを聞いたことがありました。その言葉を聞いた時に、「カウンセラーとして、子供を産まないと得られない何かがあるのだろうか。そうしたら私は未熟なままなのだろうか」と強く感じたことを覚えています。この書籍にも、
出生を促進する社会の多くには、母になることが「約束」として一母になるとそれ以前よりも必ず人生が向上するというー組み込まれている
と記載されています。
母は感情労働
感情労働とは、接客業など感情のコントロールが必要な仕事のことです。母というものは、感情労働と言えます(これはもちろん、母だけではなく、全ての親がそうです)。それが仕事なら、時間と場所が決まっていて役割を脱ぐことができますが、「母」だと役割を脱ぐことはなかなかできません。怒り、悲しみ、不安、さまざまな感情をコントロールしながら行動する必要があることでしょう。そして、うまくいかなかった時も、落ち込んだり後悔したりするよりも、気持ちを立て直してリカバリーする場面もあるでしょう。このように強い感情をコントロールするには大きなエネルギーを消耗し、ストレスが溜まりやすくなります。
「良き母」とはどんな母だろう
みなさんの持つ「良き母のイメージ」は、子供を無条件に肯定することでしょうか。子供を平等に愛することでしょうか。理想はそうですし、そうであって欲しいです。関わりについてはどうでしょうか。イギリスの小児科医・精神科医のウィニコットの言葉に「Good enough mother(ほどよい母)」というものがあります。完璧な母ではなく、ほどほどの母こそが子供に良い影響を与えるといいます。赤ちゃんの欲求に全て完璧に答えるのではなく、時にはうまく応じられないこともある。この不完全な部分、不一致な部分こそが、自他の境界、他者や外側の世界の存在に気づいていくために必要なことです。つまり、子供に暖かい関心を持って関わるけれども、いつでもどこでも完璧である必要はないということでしょう。
母になるかどうかの選択は決して簡単なものではないはず
母になるのかならないのか、子供について考える時、以前にインタビューしたZAZEN BOYSのMIYAさんの言葉「とにかく毎日、息子が可愛い」が浮かびます。MIYAさんは子供が産まれる前は、子供を好きという感情がなかったといいます。ですが、子育てをする中で変わってきたのでしょう。どんなに大変な子育ての中でも素敵な瞬間はたくさんあり、母になりたかったわけではない人が「母になってよかった」と思う瞬間もたくさんあるのだろうなと感じます。
母になるかどうか、それは以前よりも自由な開かれた選択になってきています。その過程でアンビバレントな感情を持つことは人として当然です。子供を育てる中でうまく感情がコントロールできないこと、後悔や不安があることも当然です。人間だから誰しも悩むし、さまざまな感情を同時に感じるし、うまくできないことがあります。しかし、子供を無条件に肯定しないこと、兄弟を比較したり平等に愛さないことによる影響が指摘されています。そのため、どうやって自分の気持ちのバランスを取るのか、ストレス解消をどうするのか、どう折り合いをつけていくのかなど、相談先や拠り所、自分の時間の作り方、夫婦の役割分担など準備できることを進めることは必要でしょう。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く