更年期は「綺麗なものが綺麗に見えなかった」作家桜木紫乃さんが語る更年期の経験とは

 更年期は「綺麗なものが綺麗に見えなかった」作家桜木紫乃さんが語る更年期の経験とは
Naoki Kanuka(2iD)
磯沙緒里
磯沙緒里
2023-10-12

心と体が大きく変化する”更年期”。年齢とともに生じる変化の波に乗りながら生き生きと歩みを進める女性たちにお話しいただくインタビュー企画「OVER50-降っても晴れても機嫌よく」。第6弾は、小説家の桜木紫乃さんにお話を伺いました。前・後編に分けてお届けします。

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主婦から直木賞作家へと転身を遂げ、数々の人気作品を世に生み出し続けている桜木紫乃さん。新刊『彼女たち』では今を生きる女性たちをそっと励ますような文章が印象的です。そんな桜木さんの更年期のこと、お仕事のこと、そしてこれからのことを伺いました。

自分で自分をジャッジせずに納得できるまでやってみる

ーー数々の作品を世に生み出し、直木賞も受賞されている桜木さんですが、デビュー当時は専業主婦として子育てをしながら執筆されていたと伺いました。まだお子さんも幼い時期では、大変ではありませんでしたか?

桜木紫乃さん(以下桜木さん):当時は苦労をしている意識がなかったんですよ。子どもをおんぶしたり足であやしたりしながら仕事をしていました。背中にいるから、かえって安心して仕事ができるんですよね。人に預けるとなるとお金もかかるし、私はその方が大変だったと思います。会社勤めをしながら子育てをしているお母さんってたくさんいると思うんですけど、どちらが大変ってことじゃないんですよね。きっと今のお母さんたちは私が知らない苦労もしているだろうしね。

ーー当時は家事と育児と執筆活動を同時進行していた生活ですか?

桜木さん:実際は格好いいものじゃなかったですよ。死なない程度の子育てと、病気にならない程度の掃除と、食中毒にならない程度の台所仕事。もう全部中途半端でしたね。全部を完璧になんてとても出来なかった。誰に何を言われてもいいと思ってやっていました。子育ての悩みを打ち明ける人もいなかったし、そもそも悩んでいる暇がなかったんですよね。ただね、専業主婦で子育てをして小説を書いていると自分の時間がないって思われそうだけど、小説を書いている時間は自分の時間なので、苦じゃなかったんです。小説は自分がやりたいことだから、ろくに寝ていなくても、若かったし楽しかったですね。

ーー桜木さんのように主婦になってからでも夢を叶えることができる人がいてくれることは、読者にとって励みになると思います。挑戦することに躊躇している人がいたらどんな言葉をかけますか?

桜木さん:やりたいことがあったら、何も無駄にならないからやってみたらいいと思います。好きなことをやってみたらいいんです。好きなだけじゃ続けられないけど、好きじゃないと続けられない。それは仕事でも結婚でも子育てでも同じだと思うんですよ。全部、好きだけどちょっとしんどい。だから、好きで多少はできて、楽しいことを見つけたら納得できるまでやってみたらいいんですよ。「どうせ私なんか」とか「才能がないから」っていう言葉を私は使わないんですけど、そうやって自分をジャッジするのが苦手なんですね、たぶん。

桜木紫乃
photo by Naoki Kanuka(2iD)

更年期は綺麗なものが綺麗に見えなかった

ーーとてもお忙しい時期に更年期を迎えられたのではと思いますが、更年期障害の症状はありましたか?

桜木さん:体調が悪いって口が裂けても言いたくなかったし、認めるのも嫌だったけど、しんどかったですね。ホルモンに左右される自分と向き合うって本当にしんどいですね。産後は寂しさがありましたが、更年期はそれに怒りが加わりました。今まで我慢できていたことが我慢できなくなるんです。夫のひと言、実家からの電話、冠婚葬祭、ありとあらゆる人間関係にイライラするんです。だから、当時被害に遭われた方々ごめんなさいっていう気持ちがあります。

そのイライラしている時期に直木賞をいただいて、さらに夫が仕事をリタイヤして子供が巣立って夫婦2人きりの生活になるということが重なりました。48歳から52歳の間、「いま病院に行ったら病名がつく」と思って怖かった。まわりに相談できる人もいなかったし、気休めを聞く耳も持ってなかったんです。

当時の私が唯一頼ったのは、婦人科です。「よくわからないんですけど、すごい調子が悪いんです」と言ったら、血液検査で女性ホルモンの数値を調べてくれました。それからは色々な漢方薬を試したり、眠れなかったので眠剤をあれこれ変えたりしました。どの眠剤を飲んでも1時間に1回は目が覚めてしまうという生活でしたね。こういった症状は何年か続いたんです。(直木賞の授賞式で)ゴールデンボンバーのTシャツを着ていたころの私は、実はけっこうしんどかったんです。

ーー更年期症状はお仕事に影響はありましたか?

桜木さん:仕事自体はずっと続けていて、原稿もちゃんと書いていました。でも、そのときの原稿はやっぱりどこか、小説世界が不健康なんですよね。書き手が不健康だと、変に健やかなものを書きたくなるんですよ。本当に自分が健やかだったらどんなひどい事でも書けるんですけど。だから、気持ちが荒んでくると変にまっすぐな話を書きたくなってくる。それって、書き手としての幅が狭くなってしまうってことなんです。生産枚数も下がっていたし、あの時期はよくなかったですね。

ーー婦人科での治療は効果的でしたか?

桜木さん:そのときそのときで「今は1番なにがつらい?」って先生に訊かれて、「めっちゃイライラします」と答えたらツムラの54番を処方してくださったり、むくみがひどいときは「今回は水分がちゃんと流れる漢方を追加しましょう」と、漢方薬をすすめてもらいました。漢方薬って飲んでいるうちにだんだん忘れがちになっていくんですよ。朝昼晩と必ず飲むはずが、いつの間にか在庫が増えていって。ある時先生に「そろそろ無くなるんじゃないですか?」と聞かれて「すみません、飲み忘れてしまって」と答えながら、内心では怒られるんじゃないかと思っていたら、「漢方薬は飲み忘れていつの間にか飲まなくなるのが理想なんですよ」って。そうなったらもう漢方薬に頼らなくていい、クリアしたってことらしいんです。

この先生が、予約をすると30分くらいかけて話を聞いてくださるんですよ。人に話を聞いてもらうって大事なことだったんですね。仕事としてたくさんの患者さんを診ている方に「だいじょうぶ」って言ってもらって安心したんです。こういう時間は大事ですね。

トンネルを抜けた瞬間って今でも覚えていてね、ある朝、台所で水を流したらそこに朝日が当たっていて、水が流れていく様子がすごく綺麗に見えて「ああ、綺麗だ」って思ったんです。それまでは綺麗なものが綺麗に見えなかったんですよね。それって気持ちが荒んでいるってこと。だから、綺麗に見えたその時に「抜けたかも」と思いました。こうして緩やかに少しずつ症状が改善されていった感じです。

桜木紫乃
photo by Naoki Kanuka(2iD)

毎日ストレッチをコツコツ続けて開脚ができるように

ーー聞いてもらうことが心のケアになっていたんですね。心と体の健やかさのために行っているセルフケアはありますか?

桜木さん:ストレッチですね。『裸の華』っていう元バレリーナの話を書いた時に、大阪のバレエの先生にオーディション風景を見せてもらったことがあるんです。その先生とすごく気が合って。「股関節柔らかくせなあかん」ってストレッチを教えてもらったり、腰が痛いときは四つん這いで背中を丸めたり反ったりというストレッチを教えてくれて。教えてもらったポーズを言われたとおりにやっていたら治ったんですよ。それからは先生が家に来た時にストレッチを3パターンずつ教わるんです。私も変に真面目なところがあるからやると決めたら毎日やらないわけにいかなくて続けています。毎日寝る前は仕事に触れないようにしているので、テレビの前でニュースや映画を観ながら体を動かすようになりました。

最初はできなかったのに、3ヶ月も続けると足を開いた状態で上半身を前にベターっと着けられるようになったんですよ。骨盤のストレッチを続けていたら、トイレの便座が大きくなったように感じました。こんな経験はなかったから、嬉しかったですね。「これは続けるしかない」と思って、ストレッチは6〜7年続けているんです。

ーー継続したからこその変化ですね。

桜木さん:朝にも、10分くらいストレッチしてから起き上がるようにしています。私、ストレッチを教わるようになってから1回も足を組んでないことが自慢なんです。最初は大変だったんですけど、電車に乗る時に背もたれに背中を預けないようにして、ちゃんと座れるようになりました。先生に、「それは大変なことだからずっとその姿勢でとは言わないけど、スタンダードを体に覚えさせる時間を持ちなさい」って言われて、「はい!はい!」って感じでやっていました。「私がんばってますよ!」と言える相手がいるというのは嬉しいものですね。

ーー姿勢が美しいと思っていましたが、ストレッチだけでここまで整えられたとは驚きです。

桜木さん:私は五十肩もやったのですが、その時にぶら下がり健康器を買いました。毎朝、必ずやっています。最初はぶら下がれなかったんです。体が重くなっているし、腕力もないから、体の重さに耐えられなくてとてもぶら下がっていられないんですよ。最初は3秒もできなかったものが、そのうち4秒になり7秒になり10秒になった時に足をちょっと上げてみたら「上がる!」って。ひとつひとつできることを増やして、気がついたら五十肩が治っていました。

ーーコツコツ続けられる姿勢が素晴らしいですね。

桜木さん:そこには自信があるんですよ。一度始めたことは辞めない方だと思います。高校生の時、運転免許を取りに毎日通っていたのに5ヶ月もかかったの。仮免で6回、本免で2回も落ちた。それくらい鈍いんですね。そんなに落ちると諦める人が多いらしいんですけど。小説も、私があんまりにも諦めないからデビューさせてくれたんじゃないかって思っています。

*後編に続きます

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磯沙緒里

磯沙緒里

ヨガインストラクター。幼少期よりバレエやマラソンに親しみ、体を使うことに関心を寄せる。学生時代にヨガに出合い、会社員生活のかたわら、国内外でさまざまなヨガを学び、本格的にその世界へと導かれてインストラクターに。現在は、スタイルに捉われずにヨガを楽しんでもらえるよう、様々なシチュエーチョンやオンラインでのレッスンも行う。雑誌やウェブなどのヨガコンテンツ監修のほか、大規模ヨガイベントプロデュースも手がける。



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