「自分の気持ちを問うきっかけになったら」作家桜木紫乃さんががんばる女性たちに届けたい物語とは

 「自分の気持ちを問うきっかけになったら」作家桜木紫乃さんががんばる女性たちに届けたい物語とは
Naoki Kanuka(2iD)
磯沙緒里
磯沙緒里
2023-10-12

心と体が大きく変化する”更年期”。年齢とともに生じる変化の波に乗りながら生き生きと歩みを進める女性たちにお話しいただくインタビュー企画「OVER50-降っても晴れても機嫌よく」。第6弾は、小説家の桜木紫乃さんへのインタビュー後編です。

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ひとつひとつできるようになる自分を手に入れていく

ーー諦めない姿勢といえば、新人賞を受賞されてから6年近く毎週原稿を送り続けたと伺いました。

桜木さん:そうなの、毎週30枚の原稿を送っていたんです。編集者がそんなに忙しい人だってわかっていないし、まさか読んでもらえていないなんて思わなくて。だから、送っても返事がこないならダメだったんだと思って、また次の週に30枚書いて送っていたんですよね。だんだん原稿が積み上がっていって、読む前から送ってくるから「この人おかしいんじゃないか」という判断のもとに、ダンボールひとつ分の原稿が溜まったそうです。それを見た当時の出版の部長になった人が若手編集者に、「君の仕事はこの人をデビューさせることだよ」って言ったらしいんです。その中に何本か、改良すればなんとか読めるかもというものがあったので、それからデビューに向けて動き出したんです。だからね、気づかないっていうのもひとつの武器ですよ。

ーーなかなかデビューできない状況に不安はなかったですか?

桜木さん:私ね、更年期の時にようやく不安でつらいっていうのを自覚したんです。更年期まではとにかく突っ走っていて怖さを感じなかったんですよね。「デビューもしたぜ、直木賞も取ったぜ、ええ人生だわ」って思っていたんですけど、更年期は理由もなく怖かった。本を出す怖さっていうのは、職業人としての自分の成果が問われるからですよね。そういう怖さはみんな同じだと思うんですけど、更年期はわけもなく怖い。恐怖の理由がわかれば解決できるのにって思っていました。

それで優しい女医さんに薬を出してもらって、ストレッチを無心でしていましたね。ひとつひとつできるようになる自分を手に入れていく。もうね、ちっちゃなちっちゃな達成感です。それまで達成感なんて考えたこともなかったんですよ。更年期を迎えて、1だったものが0になってマイナスになったときに、もう一回自分を立て直す作業として体を動かすことを覚えたっていうのはとってもよかったです。ちゃんと体を温めたり、ひとつひとつの関節に何かを尋ねる感覚で伸ばしてみて初めて、「あ、この動きをしなかったから、だるいんだ」とわかったり、足を開いてみて初めてガチガチだったことに気づいたり。体と心は連動していることがわかったのは、体を動かすようになってからです。

桜木紫乃
photo by Naoki Kanuka(2iD)

『彼女たち』は全員が100パーセントを出し合わないと出来上がらないものだった

ーー新刊『彼女たち』は3つのエピソードそれぞれが今を生きる女性たちに寄り添ってくれるような物語だと感じました。『彼女たち』をどのような想いで執筆されましたか?

桜木さん:2年くらいかけて書いた原稿に合わせる絵が決まらなくて。書き手としての足りなさもあると思うんだけど、ピタっとくる絵がなかったんです。そこで、編集さんから「桜木さん、写真はどうですか?中川正子さんって方がいます。」って言われて、「いいねいいね!」って。中川さんが受けてくれたらいいと思って、意を決してお願いしたんです。

手を抜くってことがわからないので、これまでもなにひとつとして全力を投じなかったことはないんですけど、『彼女たち』は写真家の気概も受け取ったので、燃えましたね。その気概にお応えできているものになっていたら嬉しいな。中川正子さんという方は、納得しないことはやらないだろう、思ったことはちゃんと言ってくれる人だと思うからこそね。

出来上がってみて思ったのは、私は時々歌詞を書いて曲を作るっていう仕事もしているんですけど、それと同じ空気を感じました。私が詞を書いたら作曲家がメロディーをつけて、アレンジャーがいて、プロデューサーがいて、1曲が出来上がるんですけど、誰が欠けてもだめなんです。私が文を書いて、正子さんがメロディーをつけて、デザイナーはアレンジャーですよね。編集担当者は総合プロデュースを担当して、全員が100パーセントを出し合わないと出来上がらないものだった。本当にいい経験でした。1冊になるってそういうことなんです。

『彼女たち』が自分の気持ちを問うきっかけになったらいい

ーー『彼女たち』を読んで励まされる人がたくさんいると思います。様々なものを抱えながらがんばっている読者にかけたい言葉はありますか?

桜木さん:「自分だけじゃないんだから甘えるな」って自分に言い聞かせて生きている「あなた」に贈りたいです。大変なのは自分だけじゃないんだからと思ってがんばっている、それは我慢と呼んだり忍耐と呼んだりもするのだけど、この本を開くくらいの時間は自分にあげましょうよと。開脚を続けて関節に問いながらちょっとずつできるようになっていった時間が、私にとってとても大切だったように。

ーー今後挑戦したいことはありますか?

桜木さん:またこのチームで何かできたらいいなと思っています。今回は気づけなかったことに、もう1回やったら気がつくかもしれない。離れ難いですね。大変でしたけど、学べたと思います。私は人と自分を比較できないし、共感という言葉もほとんど使わないでやってきました。腹の中にそこそこひねくれた気持ちを持っているんですけど、短い文章でなにかを伝えることは私にとっては自分を一から叩き直すくらいの作業なんです。今の私はこのジャンルでは新人なので、ここでも自分を育てていきたい。そして、短いものも長いものも書ける人になれたらと思います。

ーー年齢を重ねるにつれて諦めることが上手になりがちですが、その逆をいく姿勢に励まされました。

桜木さん:ケイさん(『彼女たち』の登場人物)みたいに「大丈夫よ」って言葉を、自分に向かって言える人になりたいですね。 


お話を伺ったのは・・・桜木紫乃さん

桜木紫乃
桜木紫乃さん photo by Naoki Kanuka(2iD)

1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年に同作を収録した単行本『氷平線』を刊行。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞を受賞。同年『ホテルローヤル』で第149回直木三十五賞を受賞し、ベストセラーとなる。20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。そのほかの作品に『ワン・モア』『砂上』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『ヒロイン』、絵本『いつか あなたを わすれても』など。研ぎ澄まされた筆致と、ユーモラスでチャーミングな人柄とのギャップに魅了されるファンも多い。

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磯沙緒里

磯沙緒里

ヨガインストラクター。幼少期よりバレエやマラソンに親しみ、体を使うことに関心を寄せる。学生時代にヨガに出合い、会社員生活のかたわら、国内外でさまざまなヨガを学び、本格的にその世界へと導かれてインストラクターに。現在は、スタイルに捉われずにヨガを楽しんでもらえるよう、様々なシチュエーチョンやオンラインでのレッスンも行う。雑誌やウェブなどのヨガコンテンツ監修のほか、大規模ヨガイベントプロデュースも手がける。



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