「複雑性PTSD」って一体何?日常生活への影響とは|臨床心理士が解説

 「複雑性PTSD」って一体何?日常生活への影響とは|臨床心理士が解説
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石上友梨
石上友梨
2022-06-03

複雑性PTSDについてご存知ですか?昨年、ニュースで複雑性PTSDの名前を目にした方もいらっしゃると思います。近年、PTSD全般に対するヨガなど身体ベースのアプローチが注目されています。複雑性PTSDやヨガによるアプローチに興味がある人はぜひチェックしてくださいね。

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複雑性PTSDとは?

2019年にWHO(世界保健機構)が作成している病気の分類である ICDが30年ぶりに改訂されました。そのICD-11は日本語への翻訳版はまだ発行されていませんが、英語版やスペイン語版は公開されており、今回の改訂で「複雑性PTSD」という病気が追加されました。

PTSDは心的外傷後ストレス障害といい、死の危険など著しい脅威や恐怖をもたらす出来事に遭遇した後に、以下の3つの症状が出現し、社会生活に支障があるものです。

・トラウマの再体験(日常や夢の中でリアルに思い出す)

・回避(思い出しやすい状況や活動を避ける)

・持続的な過覚醒状態(常に神経が張り詰めている、眠れない)

一方で、複雑性PTSDは、逃れることが困難もしくは不可能な状況で、長期間、反復的に脅威や恐怖をもたらす出来事にさらされた後におこります。例えば、虐待や家庭内暴力などです。そして、PTSDの症状に以下が加わります。

・感情コントロールの困難さ

・トラウマ的出来事に関する恥ずかしさや罪悪感などの感情を伴った、自己卑下や無価値観

・他者と持続的な関係を持つことや親近感を感じることの困難さ

PTSDでイメージされるような生命の危機となる大きな出来事だけではなく、ネグレクトを含む虐待や日々繰り返されるつらい出来事の繰り返しによって複雑性PTSDとなることが考えられます。体験していた当時はつらい気持ちを切り離していたため、よく覚えていないこと、つらい気持ちを感じられなかったこともあるかもしれません。そして、環境が変わった後も自分に対する無価値観や「自分は恥ずかしい存在」といった感覚を持ち続け、警戒心から人との深いつながりを築きにくく、自責の念からこうなったのは自分のせいだと思い込んでしまうこともあるでしょう。

複雑性PTSDによる日常生活への影響は

複雑性PTSDを抱えている人は、身体の覚醒状態が極端になりがちです。例えば、身体が過覚醒の状態にある時は、警戒心が増し、簡単にフラッシュバックを起こしやすくなります。一方で、覚醒状態が低くなると、ぼーっとしたり、感情的、肉体的な苦痛を感じないために、身体の感覚を切り離したりします。このような過度に警戒している状態と、無感覚な状態が交互に起こりやすくなります。

色々な感覚を切り離すことは、危険な状況を乗り越えるための一時的な対処方法ではありますが、長期間続くことで過去の記憶が曖昧になったり、自己を統合する力に支障をきたします。そして、自分自身とつながっていない人は、他者と本当につながることができないので対人関係にも支障が出てしまいます。

複雑性PTSDに対するヨガなどのアプローチ

トラウマは身体の生理状態に作用するものであるため、トラウマ治療には身体との協働が必要だという考え方があり、現在のトラウマ治療では対処能力(コーピングスキル)の獲得や、ヨガなどの身体を使った手法を取り入れることが増えています。対処能力の獲得とは、例えば、マインドフルネス(過去ではなく今この瞬間に注意を向けるスキル)、苦痛に耐えるようなスキル、感情調整力、自分にとって助けとなるリソースの確認や獲得などです。アメリカのトラウマセンターの創立者ベッセルによると、近年、新に提出された研究文献は、患者をトラウマに暴露させる(従来のトークセラピー)よりも、現行の問題(すなわち解離および感情の調整、自分自身や他者との関係の変化)にかかわるマネージメントを援助することのほうが大切だということを証明し始めたといいます。従来の心理療法のように「認知(考え方)」に対するアプローチだけではなく、ヨガなど身体を使った方法を用いることも選択の一つに加えてみてはいかがでしょうか。

もともとヨガは「心と身体をつなぐもの」という意味で、自分との繋がりを深め、統合を目指すものです。複雑性PTSDは、心と身体がバラバラになり、感情や感覚を感じられない、現在ではなく過去の記憶に支配されており、1人で孤独に戦っている状態です。ヨガという一連のポーズと呼吸法を用いて、自己とつながる感覚を構築していくこと、現在にとどまる力と自分の内面に気づいてそれを受け容れる力を培うことで、複雑性PTSDで抱えている問題を解決し、自らの体との新たな関係を育成していくことができると考えられます。まずは、過去ではなく今の経験を安全に感じられるようになった上で、過去や「認知」に対するアプローチを行った方が、一見遠回りに見えるかもしれませんが、確実で安全な場合もあると思います。

今回は複雑性PTSDに対するヨガによるアプローチを紹介しました。もちろんヨガにはさまざまな種類があり、全てのヨガが有効な訳ではありません。トラウマセンシティブヨガを提唱したリチャードソンによると、ゆっくりと一歩ずつ進むマインドフルなヨガがオススメだといいます。安全に進めるためには、心理学に関する専門知識があるヨガインストラクターがやっているようなマインドフルネスヨガやトラウマに対応したヨガを選ぶことがオススメです。また、精神科や心療内科に通院している人は、治療に取り組むタイミングがあるので必ず主治医に相談してから参加をしましょう。

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石上友梨

石上友梨

大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。



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