医師・稲葉俊郎さんに聞く、”からだ”と”より良い人生”とのつながりとは|インタビュー後編
優しい言葉をひとつかけるだけで、その人の《くすり》になるかもしれない
ーー「屋根のない病院」プロジェクトについて教えてください
2022年4月1日に軽井沢病院の院長になり、新しく「おくすりてちょう」を発表しました。通常の処方箋も薬かもしれませんが、わたしは《くすり》は誰もが考えることができるものだと思っています。自分の《くすり》は自分で考えることができるし、自分の大切な人や身近にいる人の方が、よっぽどその人の《くすり》が何なのかを分かっていたりもしますよね。
たとえば、優しい言葉を一つかけるだけで、その人の《くすり》になるかもしれないし。だからそういうものを書き込んでもらうための「おくすりてちょう」を作りました。その人に対しての《くすり》を、周りの人が書き込む、もしくは、自分で自分の《くすり》を考えるための手帖です。だから中は全てA4の白紙で、入れ替えればずっと使えるようにしています。
表紙は、軽井沢町の障がい者の方にクリエイターとして依頼して描いてもらっています。一個一個が全て手描きで、シリアルナンバーも入れています。これは、「人間はどんな人でも世界に一人の存在である」というメッセージを、この中に入れたかったからです。人間はコピーではなく、誰かの真似でもなく、その人の色があって形がある。だからそういう、いろんなメッセージを込めて「おくすりてちょう」を作りました。
軽井沢の「屋根のない病院」というのも、住んでる人全体が「屋根のない病院」だと捉えて、「みんなが自分自身の "いのち”や、周囲の《くすり》を考えよう」というプロジェクトにしたかったんです。その第一段階として、このような取り組みをしました。
ーー実際にプロジェクトを始めてみて、いかがですか?
医療と芸術と福祉という、三つをうまく連動させていきたいという気持ちもありました。現代はいろんな問題がありますが、意外に異なる分野を協働させることで同時に解決できるのかもしれません。わたしはそれが芸術や、文化の力だと思っています。
実際に始めて面白かったのは、「おくすりてちょう」を見た人たちの反応です。病院の入口に40個ほど陳列しているのですが、美術館のようにずっと見ている人がいて嬉しかったです。そんな後ろ姿を、思わずわたしもずっと眺めてしまいました。
これらは生の息づかいが残るペイントのため、実物の筆のタッチがあります。ですから普段、生の絵を見ない人たちにとって、まるで美術館やギャラリーに行った気分になるのではないかと思っています。
それから、これを手伝ってくれている看護師が、以前は学芸員として働いていたことも知るきっかけになりました。あるいは、「もともと絵には興味がありませんでしたが、やってるうちに絵の置き方や配置次第で印象が変わるんだ、ということが色々わかってきて面白いです。」と言ってくれる人がいることも、すごく嬉しかった副産物です。
陳列一つをとっても、微妙な並べ方の違いで、見え方が変わってきますよね。その人なりの「やっぱりこっちの方がいいかな」とあれこれ考えているだけで、その時点ですでに芸術の制作と同じプロセスが始まっていると思うんです。
芸術の世界にいる人たちからすると当たり前かもしれないことも、医療の世界の人たちは普段あまり考えてなかったりもします。だからこそ、そういう違う視点や立場を持った人が交わるというのは、お互いにとっていい化学反応が起きるのではないかと思っています。
AUTHOR
大河内千晶
1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。
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