医師・稲葉俊郎さんに聞く、”からだ”と”より良い人生”とのつながりとは|インタビュー後編
<日常に埋もれた感覚を掬い上げる>をキーワードに、さまざまな領域で活動される方へのインタビュー企画。大人になると、いつのまにか「当たり前」として意識の水面下に沈んだ感覚たちを、一旦立ち止まり、ゆっくりと手のひらで掬い上げる試みです。第3回目は、軽井沢病院院長である医師の稲葉俊郎さんにお話を伺いました。後編では、わたしたちの”からだ”との付き合い方、そして "いのち”の繋がりについて聞きました。
ーー前回は、わたしたちの “いのち”の中でも”こころ”のお話を伺いました。”からだ”についても、違和感を見逃さずにいることができるようになりたいものです。
体をゆるめたり、ほどいたりすると、体の違和感は感じやすくなります。そういった意味で、一番おすすめしてるのは温泉です。シャワーや家の浴槽ではなく、地球のエネルギーに温められた湯水の中に体を浸す。それだけで多くの人の体は勝手にリセットされるのではないかと思います。
今回、星のや軽井沢の「健幸プログラム」の監修をしました。これもまさに、温泉に入って体を緩め、質の高い眠りをすること自体がメインの目的となるような旅のプログラムです。軽井沢は標高1000mに位置していることもあり、わたしは眠りがすごく深くなったと思っています。深い眠りも軽井沢を気に入っている点です。
ーー標高が違うと眠りが違うんですか?
違いますよ。ここに着目して、現地で普段との違いを観察してみてほしいです。みんな睡眠をすごく軽視しているように感じますが、ぐっすり眠れたら元気になりますよね?眠りは神秘的な生命の治癒力が発動される時間なんです。
これを日々大切に生きていくだけで、健康と感じられる自分自身の "いのち”の場所に戻れるのではないでしょうか。いかに自分の中で眠りと上手く付き合っていくかが、その人のより良い人生に繋がるとも思っています。
ーー都会の中でより良く眠るために、何かできることはありますか?
温泉がないのであれば、銭湯に行ってゆっくり浸かってもらいたいなと思います (笑)。裸になり”からだ”をゆるめる。それが一番簡単なやり方でしょうね。あとは、人工物に毒されてしまっている人は、自然物をできる限り暮らしの中に配置していく。多くの人が、人工的な悩みに押しつぶされているような気がします。
ーー人工的な悩みですか?
悩みの多くは、人間関係を含めた人工的な悩みです。たとえば台風や、雷、それに伴う停電が起きたら大変ですが、そのことを事前に悩み苦しむことはあまりないですよね。それに対して、隣人の騒音や迷惑行為は悩みになりますよね?自然が起こすことは困難で苦難であることは同じですが、それは自然災害であって日々の悩みとしては受け取ることは少ない。けれども、多くは人に言われたことや人との距離感などで悩んでいますよね。
ですから、日々の生活の中に人工的な物よりも、もう少し自然物を取り入れてください。昔の人の言葉で言うと、花鳥風月や雪月花とされるものを取り入れていくことでバランスがとれます。あとは、人間の世界に苦しむ場合には、生きてる人だけでなく、死者の声にもっと耳を澄ませたほうがいいです。
それが松尾芭蕉であろうと、世阿弥であろうと、誰でもいいです。そういう亡くなった人たちの世界を、もう少し自分の中に取り入れる。生きてる人たちの世界の中だけで苦しまないでほしいのです。死者の声は、つまり先人や祖先とも言えますよね。
軽井沢が「屋根のない病院」と呼ばれるようになったのは、宣教師が明治19年ぐらいに「北米の気候と似てる」と、避暑地と別荘地を作ったのが始まりです。その時に彼らが「軽井沢は屋根のない病院のようだ」と言ったんです。
わたしはその言葉が素晴らしいと思いました。けれども、その言葉を発したのは、もうこの世にはいない人たちです。だからこそ、生きる側の役目として、その人たちの言葉を受け継ごうと思い、「屋根のない病院プロジェクト」をやっています。わたしにとって先人たちは仲間であり味方だと思っているんです。
AUTHOR
大河内千晶
1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く