「会社に行くのがつらい、でも仕方ない…」 “仕事での我慢”から心を守る思考と行動

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「会社に行くのがつらい、でも仕方ない…」 “仕事での我慢”から心を守る思考と行動

毎朝、会社に行くのがつらい、仕事がつらいと感じていませんか?そのような状況が続いているにもかかわらず、“でも、人生には我慢も大事”などと思ってしまっているのではないでしょうか?そんな人にぜひ知ってほしい考え方を、心療内科医の鈴木裕介さんの著書『我慢して生きるほど人生は長くない』からご紹介します。

必要以上に「我慢」が重視されている

人間の脳は、よくコンピュータに例えられます。そこには親や教師、会社の上司、メディアなどによって、さまざまなソフト(価値観やルール)がインストールされ、私たちの思考や行動のもとになっています。

そうしたソフトの中には、ときどき、要らないものやいまの環境に合わないソフトも混じっていて、それがパソコンの動きを鈍くしたり、不具合を生じさせたりしています。

「我慢は美徳」という名のソフトも、その一つでしょう。「我慢は美徳」というのは、他人に我慢をしてもらったほうが都合がいい人たちの勝手なルールにすぎません。

もちろん、社会に適応する上で、我慢というスキルが必要になることはあります。しかし、あくまでもそれは我慢する期間が限定されており、かつ、それによる苦痛を上回るメリットが得られるときに限って発揮されるべきものだと思います。 「我慢することそのもの」は美徳でもなんでもありません。

我慢することの危険性は、思考を奪われることにあります。我慢することが定常化すると、自分にとって本当に大事なことが見えなくなるのです。「自分はうまくやれる」というコントロール感や主体性が奪われ、誰かに強制されなくとも自ら進んでつらいことをやろうとしたり、自分を喜ばせたり休ませたりすることができなくなってくるのです。

ブラック企業で厳しいノルマを課され心身ともにギリギリまで酷使しながら働く人や、苦痛でしかない人間関係を続ける人が世の中にあふれているのは、経済的な貧困だけが理由ではなく、その人にとってあるべき「正常な思考」が奪われているということでもあるでしょう。

「我慢」はいつか必ず爆発する

人間の脳は、自分が理不尽な状況に置かれ、つらさを感じると、何とかしてラクになろうとします。まずは「理不尽な状況を変える(闘争)」「理不尽な状況から逃げ出す(逃走)」ことで苦痛を逃れようとするというのが考えられる方法なのですが、それらを実行しようと思ったら、 大きなエネルギーが必要になります。状況を変えるには、他人への働きかけが不可欠であり、「住み慣れた環境を捨て、新たな環境に飛び込む」ことには、大きな不安や恐怖心や恐怖をともないます。なかなか思い切った選択をできないで我慢を続けていると、徐々にエネルギー自体が枯渇してしまい、能動的な手段がとれない状態になってしまいます。

そうなると脳は、つらい状態に対する感受性そのものを変えようとします。つらい状態を「つらくない」ようにするために、麻酔薬をかけるように感覚を鈍くするのです。なんとなく意識や記憶がぼんやりして、自分に起こっているつらいことが他人事のような感覚になるため、 つらい環境をやりすごすことができるのです。これは「解離」といって、心と身体の接続をシャットダウンするような防衛の手段になのです。

怒りや悲しみ、つらさなどの感情もその場では感じにくくなるため、自分の欲求や気持ちがだんだんつかめなくなっていきます。人間らしさや「生き生きとした感じ」が失われた状態と言ってよいでしょう。

こうした防衛的な適応は、心に蓋をしてあたかも苦痛を感じないようにしているだけで、ダメージを受けていないということではありません。なかったことにされた「本来の感情」は、蓋の下でたまり続け、徐々に圧力を増していき、いつか必ず爆発します「会社に向かう電車の中で、突然涙が出る」といったように、心身の不調となって表面化するのです。

給料=あなたの苦労の代償ではない

「我慢は美徳」という価値観は、あなたの本来の感情を感じる機会を奪い、抑えつけ、今のあなたに本当に必要なものを判断する能力を奪っていきます。そのデメリットは、我慢そのものによって得られるメリットよりもはるかに大きいと考えます。思考停止に陥る前に、脳内からアンインストールしてしまったほうがいいでしょう。

この価値観がインストールされていると、「ラクしてお金をもらうこと」に罪悪感を抱きがちになります。「お金は、『苦労』や『我慢』の代償として支払われるものである」という思考がベースにある方は決して少なくありません。

しかし、冷静に考えてください。給料や代金は、あなたの時間、労働力、能力や、あなたが生み出した「価値」、あなたが提供した商品やサービスに対して支払われるものであり、あなたがどれだけ苦労したか、我慢したかは一切関係ありません。

給料や代金をもらうときに、「こんなにラクにお金をもらってもいいのかな」という気持ちが浮かびそうになったら、「自分はそれだけの価値を生み出したのだ」「自分にはそれだけの価値があるのだ」と考え直すようにしましょう。

不公平なトレードには「NO」と言おう

もちろん、特に仕事を始めたばかりのとき、修業によって何かを身につけなければならないときなど、仕事の場において、どうしても我慢が必要なこともあります。その場合も、ただ「新人だから、修行の身だから」と他者の要求を無条件で受け入れるのではなく

・我慢することで、自分に得られるもの(メリット)があるか。そのメリットを自分が欲しいと思っているか。

・それを得るために、自分の支払うコスト(お金、時間、エネルギー、ストレスなど)に見合っているかどうか。

・我慢しなければならない期間が決まっているかどうか。

・相手が、支配的な関係をつくろうとしていないか。

これらをきちんと吟味しましょう。もし、支払うコストに見合うメリットがなかったり、期間が不明瞭だったり、相手が支配的な態度をとってくるようであれば、それは不公平なトレードといえます。とくに、支配に敏感になる、というのは非常に重要な視点です。不公平な関係を見極める力は、経験の中で徐々に培われ、自らの人生を守るためにとても重要な役割を持ちます。

拙著『我慢して生きるほど人生は長くない』では、「我慢しすぎてしまう人はどうすればいいか」だけでなく、社会との関わりから生まれる「心の痛み」や「生きづらさ」と向き合うための方法を、心療内科医の立場から得た気づきをもとに記しています。

社会のなかでの「よい」「わるい」という基準に合わせすぎず、自分の内側から感じられる「ここちよい」「ここちよくない」といったあなた自身の情動や主観にのっとって人生を選択できるような一助となることを心から願っています。

プロフィール:鈴木裕介さん

内科医・心療内科医。2008年高知大学卒。内科医として高知県内の病院に勤務。研修医時代に、近親者の自死を経験。そうしたことが二度とおこらないようにと、研修医のメンタルヘルスを守る自助団体「セーフティスクラム」を同級生と一緒に立ち上げ、一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原saveクリニックを高知時代の仲間と共に開業、院長に就任。人々が持つ「生きづらいという苦しみ」や「根源的な痛み」、「喪失感」に寄り添いながら、SNSや講演などでメンタルヘルスに関する発信も行う。著書に『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)がある。Twitter:@usksuzuki

我慢して生きるほど人生は長くない
『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)

 

Text by Yuki Ikeda

AUTHOR

ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。

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