ヨガでお金をもらうことは悪いこと?【ヤスシのヨガ的お悩み相談室】
30年以上ニューヨークに暮らした経験からグローバルな見識を持ち、スタジオ・ヨギ―でエグゼクティブディレクターとして活躍する人気講師ヤスシ先生が、ヨガジャーナル編集部に寄せられた読者のヨガ的お悩みにアドバイスします。今回は「ヨガのビジネス化問題」など、ヨガにまつわる3つのお金問題について。
ヨガにまつわるお金の問題
Q1:インドでは、ヨガでお金をもらう発想はないと聞きます。アメリカではヨガのビジネス化が問題になっているようですが……。
A1:時代や文化と共に変化するのは、ヨガも同じです
アメリカのヨガはほとんどの場合ハタヨガを指し、ビジネスの形態を持っています。瞑想を主軸にした非営利団体などでは、運営は寄付によって賄われているのでしょう。
僕自身、アメリカでヨガがビジネス化する過程を見て抵抗があったと同時に、経験のある方から知識や技術を分けていただくことにお金が行き来するのは当然だと感じていました。プロフェッショナルたちがどのような研鑚を積み、そのために投資された時間やエネルギーを思うと、その方たちの生活は保障されるべきです。営利目的が大きく目立てば抵抗を感じますが、時代や文化とともにヨガの存在の仕方も変化せざるを得ないのかもしれません。
ヨガが多くの人の手に届くために新しい形態も必要なのでしょう。
これでいいのだ!
Q2:ヨガの哲学で「足るを知る」と習いました。でも私は、貧乏より金持ちのほうが、人生豊かで楽しいと思ってしまいます。
A2:豊かさは素晴らしいもの。ただし「足りない」感覚を抱く限り至福は訪れません。
パタンジャリのヨーガスートラ(第二章ー42節)にサントーシャに関する記述があります。確かに「知足」であり、満ちて足る「満足」とは異なります。僕の本棚にある解説書すべてを改めてチェックしましたが、そのどれもが物質的な喜びではなく内的な至福について述べています。「熱望や好悪が無くなることによって至福に達する」と訳されています。私たちの人生において、何かを得たり失ったりから逃れることはできませんね。「私の」という言葉に続くのは、モノであれ人であれ、失う可能性を持っています。サントーシャとはそれがそこにある無しにかかわらず、自身が揺さぶられない境地なのでしょう。物質的に豊かになれば、欲望は終わるでしょうか? 反対に「足りない」感覚があるかぎり、すべてを削ぎ落としても至福の保証はありません。無条件の至福とは果てしない境地ですね。物質的な世界に生きている以上、豊かさそのものは悪くないと思います。経済的に恵まれればある程度の安全と衣食住の利便性が手に入るでしょう。何よりも他者の救済や教育を高める手段が増えます。豊かさは楽しさ以上のものをもたらします。
これでいいのだ!
Q3:インストラクターをしています。レッスンやワークショップの料金は、何を目安に設定すればよいのでしょうか。
A3:場所代など経費面、インストラクターの技術レベルなど投資面から考えて。
身近な人とはいえ、プロとしての活動を理解してもらう必要がありますね。場所を借りればレンタル代、用意する備品は最低かかる経費です。スタジオを持てば、人件費、光熱費、宣伝費、保険なども加算されるでしょう。たとえ個人的に始めたヨガでも、指導者養成トレーニングへの金銭的な投資もあったはずです。クラス料金は場所設定とインストラクターの経験である程度決まるのかもしれません。正当な料金が発生することで、学ぶ側はより真剣に、インストラクターは責任感を持ってティーチングに取り組みます。集まるお金は生活のためだけでなく、次なる継続教育を受ける資金でもあるのです。あなたが決められる正当な料金はあるはずです。
教えてくれたのは...ヤスシ先生
スタジオ・ヨギーのエグゼクティブ・ディレクター。30年以上暮らしたニューヨークを離れ、2017年帰国。日本各地で後進の育成に努める。
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