休むことに罪悪感を抱く人に伝えたい。「書店 有給休暇」店主が考える"書店という場所"の意義
あなたは、自分のためにお休みをとったことがありますか?自分のために休むということにハードルを感じている方もいると思いますが、「『あのお店に行くために、自分におやすみをあげよう』という1つのスイッチになれたらいいなと思っています」と話すのは、東京・国立に「書店 有給休暇」を構える店主のナカセコエミコさん。店内は本の異空間が広がり、そこで味わう感覚はヨガマットの上で感じる安心感にも似ています。休むことが苦手な方、休むことに罪悪感を感じている方も少なくない昨今、休むことの心地よさを感じさせてくれる「書店 有給休暇」が大切にしていることについて伺いました。
– 現在は、執筆や選書サービス、書店運営、出版など、本に関わる事業を幅広く手掛けていらっしゃいますが、ナカセコさんはもともとは一般企業に勤める会社員だったと伺っています。
ナカセコさん:はい、20年以上会社員をしてきました。けれど、実は学生時代は学校の図書館司書になりたいと思っていたんです。幼い頃から、本は大好きでしたし、私にとって母校の図書室がすごく大切な場所だったということもありまして。けれど、私が新卒の頃は就職氷河期で学校の図書館司書に空きがなく…更に、当時は何らかの就職をするという考え方が強い時代だったということもあり、銀行に就職しました。それでも、図書館司書になりたいという気持ちはずっと持っていて…それで、就職して1年経った頃に、公立図書館司書の仕事を見つけて転職しました。と言っても契約社員で、時間にも余裕があったので、一般企業とダブルワークで働いていたんです。
– その後、図書館司書は続けられなかったんですね。
ナカセコさん:公立図書館の司書は、事務仕事が多く、学校司書のように利用者の方々とお話する機会もあまりありませんでした。私はただ図書館で働きたい、本に関わる仕事がしたいだけではなく、母校の図書室のような”場所作り”をしたかった。そこで、一旦、ダブルワークをしていた一般企業の方に軸足を移しました。全国に支店があるような会社でしたが、販売や商品開発部門の仕事がすごく面白かったんですよ。そこで20年働きました。
– そこから、どのようにして本の事業を立ち上げようと思ったんですか?
ナカセコさん:プレイヤーで商品開発の仕事をしている時も楽しかったですし、勤めていく中で管理職になり、工程管理をしたり人の管理をするようになっていきました。もちろん、それもやりがいはありましたね。ですが、そのうちに本が好きで、本の仕事がしたかったということに立ち返るようになりました。それも、ただ本に関わるというだけではなくて、本を通じて人の人生が豊かになればいいなと。私自身も、本を通じて知恵をもらったり楽しい時間をもらったので、人生や暮らしの手助けができる本の仕事がしたいなとうっすらとずっと考えてところで40歳を迎え、ある意味では原点回帰したような感じですね。
– 独立してからしばらくは執筆活動を中心にされていましたが、その後、働く女性のためのオンライン選書サービス「季節の本屋さん」をオープンされましたよね。
ナカセコさん:はい。前職時代、友人とシェアして雑貨の定期便のようなものを利用していました。毎月忘れた頃に「スープが届いたよ」「コーヒーが届いたよ」というように、何かちょっとしたものを受け取るのが、密かな楽しみだったんです。そんな感じで本が届いたらいいなと常々思っていて。本は好きだけど、忙しいと選ぶのも疲れてしまったり、選んだ本が好みに合わなくてがっかりした経験がこれまでに何回かあって、自分の好みに合うものを見繕ってもらえて届くといいのにな、とずっと思っていました。それが「季節の本屋さん」をはじめたきっかけです。コロナ禍に入る直前にはじめたのですが、特に選書サービスを広げようと思ったわけではありませんでした。けれど、その後コロナ禍に入ってからは注文がすごく増えていき、本が届くというシステム自体がないことではないんだなと思い、現在も継続しています。
– ターゲットを「働く女性」に設定したのは、何か理由があったんでしょうか?
ナカセコさん:"働く"とつけましたが、単に職についているというだけではなく、忙しい大人の女性をイメージしています。私たちは、お客様からのヒアリングはせずに「おまかせ」で選書する形態にしていますが、ターゲットを絞らないと、お客様にとって「全くハマらない本」を届けてしまう可能性も出てきます。その点、「忙しい大人の女性」は自分自身の属性とも近いので、何が知りたいか、どんな本を求めているかといったことが感覚でわかるというか…そうなると選書の精度が上がって、お客様にハマると思ったんです。
有給休暇をとって、本屋さんに行こう
– 実店舗「書店 有給休暇」をオープンされたのが2023年ですね。本離れや書店の経営難という話を耳にすることは決して少なくありませんが、そんな時代にあえて実店舗をオープンしようと思ったのは、最初にお話していただいた母校の図書室のような場所を作りたいという思いがあったからでしょうか?
ナカセコさん:これまで漠然と本屋さんになりたいなと思うこともありましたが、会社を辞めた時点では、「本屋さんになろう!」と決めていたわけではありませんでした。けれど、コロナ禍で選書サービスを運営する中で注文は多く、本を欲している方がたくさんいる。また、コロナ禍でブックカフェが閉鎖されていくことに危機感を感じたというか…そういったこともあって、本が読めてコーヒーが飲めて、という場所を自分で作れないかなと感じるようになっていったんです。
– やはり、本を通じた場所というのは、ナカセコさんにとってとても重要だということですね。それにしても「書店 有給休暇」という店名がとても素敵です。どんな思いが込められているのでしょうか?
ナカセコさん:ありがとうございます! 店名には、「自分のためだけの休みをとって(休み時間を作って)行きたい本屋」という思いが込められています。書店を立ち上げる前、本屋経営の先輩で、私の絵本の出版でもお世話になっている、都立大学の絵本専門店の「ニジノ本屋」を運営されている、いしいあやさんに相談しました。もともとは、「季節の本屋さん」の実店舗として運営していこうと思っていたので、そんなお話をしたところ、「ナカセコさんがやりたいのは、忙しい人にとってのリフレッシュできる場ということだから、もう少し広い体になるのでは?」とアドバイスをいただいたんです。
– どういうことでしょうか?
ナカセコさん:現実の世界では色々なことがありますよね。家庭もそうですし、仕事でも、楽しいことややりがいのあることだけではなくて、「疲れたな」「しんどいな」という瞬間があると思うんです。それでも「よし、頑張ろう」と踏ん張ってやっていく。そんなことが繰り返される日常を、私たちは送っています。例えば、ディズニーランドに行くと違う世界に行ったような気がするじゃないですか。現実はそう変わらなくても、異空間を訪れてリフレッシュすることで新たな気持ちで現実世界に戻ることができると思うんです。そのように、現実世界で頑張るための異空間を作りたいと思いました。
– 疲れた時やストレスが溜まっている時に、いつもと違う場所に出かけると気持ちを切り替えることができたという経験は、私もあります。異空間を作るために大切にしていることはどんなことですか?
ナカセコさん:「本の異空間に来た」と感じていただけるように、インテリアにはアンティーク調のものを取り入れたり、もちろん本の選書にも気をつけています。あとは、清潔さも大切にしています。例えば、見た目はキレイだけど掃除がきちんとされていなかったり、隅の方にホコリがすごく溜まっているのを見ると、少し興ざめするというか現実に戻ってしまうと思うんです。
– 清潔さは重要ですよね。ディズニーランドのようにゴミひとつ落ちていない場所はそれだけで特別感というか、まさに夢の世界に来たなという感覚があります。本の他にも、雑貨やお洋服、お菓子を置いていたり、またコーヒースタンドも併設されていますよね。
ナカセコさん:はい。私自身もそうなんですが、忙しい時にあちこち行ったりできないという方は多いと思います。だから本だけではなく、ついでに「このメモ帳も」「このハンカチも」「お菓子やお茶も」といったように、1つの場所でちょこちょこ買って楽しむこと自体がリフレッシュにつながるのかなと思っています。
– 確かに、1つの場所で色々な買い物ができると、そのぶんゆっくりもできるので嬉しいですよね。
ナカセコさん:ジェンダーで分けることではないんですけど、多くの男性は書店といえば「本を買う場所」「読書する場所」というイメージを持たれている方や、それを求めている方が多い傾向があるように思います。一方で、多くの女性は、「本を読みながら、コーヒーを飲みたい」「お買い物もしたい」というような、時間と空間そのものにリラックスを求めていることが多いような気がしています。
– 本の選書は、ナカセコさんが担当しているんですよね。選書にはどんなこだわりがあるのでしょうか?
ナカセコさん:ビジネス書や、働く女性にスポットを当てた本、哲学・文学や衣食住の本なども取り扱っています。あとは、植物辞典や絵本などですね。大型書店だと選びこむのが大変だと思うんですが、できるだけジャンルは絞って、お客さまが選ぶときに苦にならないようにしています。また、一期一会という意味も込めて、本は1冊ずつしか置きません。特集を組んでいる本は何冊か積んで置くという例外もありますが、基本的には「今その本を買わないと、次にお店に来た時は誰かの手に渡っているかもしれない」というようにしています。
– 本との貴重な出会いがあったという特別感も異空間ならではですね。ワークショップも定期的に開催されているんですよね?
ナカセコさん:よく開催しているのは、文章や手帳術などビジネスに関連したもの、アロマやグリーンスワッグメイキングなど癒やし系のワークショップ。それに絵本の会や読書会など、本関連のイベントを含めて、月2−3本のワークショップやイベントを開催しています。実はこれから、簡単なヨガや瞑想のワークショップなども開催したいと考えています。
– 本の異空間で、ヨガや瞑想…素敵です!お客様はどういった方が多いですか?
ナカセコさん:年齢層がわりと幅広く、30代から40代の方を中心に、下は一人で来れるようになったばかりの小学校2、3年生くらいのお子さん、上は80代の方までいらっしゃいます。休日はご夫婦やカップルでいらっしゃる方が多いですね。男女比で言うと、女性の方の方が気持ち多いですが、本好きやコーヒー好きの男性もいらっしゃいます。
– どんなふうに過ごされることが多いんでしょうか?
ナカセコさん:過ごし方も多種多様ですね。本を1冊だけ買ってカウンターでコーヒーを飲みながら過ごされる方もいますし、本を何冊も買って帰る方、またドリンクだけの方や、雑貨やお菓子だけを買いにくる方もいます。必ず17時半に来られるお客様がいたり、ちょっとした世間話なんかをしてくださる近隣のお客様もいますね。色々な方がいらっしゃいますが、お一人お一人のどこかのニーズに合っていればいいかなと思っています。
– お客様とそういった交流があると楽しいですね。お客様からはどういった声をいただくことが多いですか?
ナカセコさん:「癒やされました」「かわいいものやキレイなものに囲まれて、本来の自分に戻ることができたような気がする」というお声をいただくことが多いです。お客様の中にはご自分のお話をしてくださる方も多いんですが、話の流れで「次に来るまでに、これを頑張ってみます!」というような決意表明をされて帰る方もいました。
「あのお店に行くために、自分にお休みをあげる」という1つのスイッチになれたら
– 「有給スタンプカード」というものがあると伺いましたが、これはどういうものでしょうか。
ナカセコさん:いわゆるショップカードですね。買い物1回ごとに「休」スタンプを押しています。3つスタンプがたまると、ドリンクを1杯無料でサービスさせて頂いています。最初の頃は「今日は、有給休暇ですか?」と聞いていたんですが、だんだん「もういいかな」と思うようになって(笑)洒落っ気ではないですが、会社の有給申請や夏休みのラジオ体操カードのスタンプのようなレトロなイメージではじめました。
– 面白いですね!実際に、有給休暇を取っていらっしゃる方はいるのでしょうか?
ナカセコさん:結構いらっしゃいます。そういう方は、「今日は有給休暇を取って来ました」と教えて下さいます。
– 自分のために有給休暇を取っている方がいるというのは嬉しいですね。日本は有給取得率が世界最低という調査結果もあり、休むことに罪悪感を感じてる方とかも少なくないと耳にしますし…。
ナカセコさん:私も会社員時代は、有給休暇を取りそびれて、次の年に繰り越しをしていました。やはり、気が引けてしまうということもあるかもしれませんね。特に別に誰が何かを言うわけではないけれど、自分だけのために休むということにハードルを感じる方もいると思いますが、「あのお店に行くために、有給申請してみよう(休もう)かな」という1つのスイッチになれたらと思っています。
– 自分で自分に休む許可を与えないと、本当の意味でリフレッシュできないですよね。最後に、これからどんな書店を目指していきたいという思いを教えて下さい。
ナカセコさん:実は、お客様の中には、北海道から沖縄までかなり遠方から来る方もいます。そういう方は、もともと「季節の本屋さん」のお客様が多いのですが、やはり実店舗とオンラインと両方あることが大切だなと思います。また、本だけではなく、ワークショップだけにいらっしゃる方や、お買い物が好きな方もいらっしゃる。バランスを取りながら、お客様一人一人のニーズに合った、その方にとって心地良い時間やサービスを模索していけたらと思っています。
今回お話を伺ったのは... ナカセコ エミコさん
株式会社FILAGE代表・書評家・絵本作家(図書館司書/キャリアカウンセラー/認定コーチ)。東京都国立市「書店 有給休暇」・ネット書店「働く女性のための選書サービス」"季節の本屋さん"を運営。女性のキャリア・ライフスタイルを中心とした本の事業を行っている。自著に『COFFEE TIME -珈琲とめぐる毎日- 』『LEMON TIME -檸檬とつなぐ毎日-』『窓のようなカレンダー』(出版:ニジノ絵本屋)がある。【書店 有給休暇】
場所:〒186-0004 東京都国立市中2丁目3−2 双木ビル 1階
定休日: 月曜日・火曜日
開催時間:13:00~18:00
Instagram: FILAGE (書店有給休暇・季節の本屋さん)
AUTHOR
桑子麻衣子
1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。
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