「愛って他人から貰う必要ありますか?」毒親サバイバーの漫画家が行き着いた実感「私は私を愛せる」

 『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)より
『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)より

毒親育ちである漫画家の尾添椿さん。『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)ではご自身の経験や他の毒親サバイバーの経験を漫画にしています。現在は分籍・住民票の閲覧制限を行い、実家とは絶縁状態になりました。前編では尾添さんのご経験や「親を捨てること」への考え方をお伺いしました。後編では親以外の人とのコミュニケーションや「家庭を持つこと」への考え方等をお話しいただいています。

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「愛されたい」という思いを埋めるのは「自分」という理解者

——「親を捨てる」には親への期待を捨てる必要があると思います。親を諦められたときの心境についてお伺いしたいです。

夜逃げ同然で実家を出たときは単に離れたい・逃げたいという気持ちでした。少し経って父親に「話そう」と言われて、父親とは年に一度会うか会わないかの距離感になればいいと思っていたので対話に応じたんです。母からの手紙と差し入れを渡されたのですが、私はリンゴアレルギーなのにもかかわらず、差し入れにりんごを使ったものが入っていました。

この人たちは「子ども」は見ていたけれども、私のことは全然見ていなかった。私のことを愛してくれていたことなんて一度もなかったんだと認めて、両親とまだ望みを持っていた自分に絶望しました。このときに「自分は愛されていたのではないか」という期待も捨てることができ、一晩泣いた後、分籍に向けて動き始めました。

——その後「愛されたい」という思いはどう満たしたのでしょうか。

他人から愛される必要ってありますかね……?自分で自分を理解し、自分を愛することで、「自分」という理解者が生まれ、何かあったときに自分で受け止める力が培われます。

「愛」は目に見えないもので、不確かなものを他人に求めるのは危険ですし、自分で自分を愛している人には自然と人がついてくると思います。

「無償の愛」という言葉がありますが、その対象はまず自分に向けるべきです。

——尾添さん自身が自分に向けている無償の愛とは?

「自分はここにいてもいい」という漠然とした自己肯定感です。一冊目の『生きるために毒親から逃げました。』を描いてから、自分の過去を整理できたこともあって、その感覚が強くなっています。

漫画
『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)より

他人と「全てを分かり合いたい」と願うことへの違和感

——毒親育ちは親に頼ることができず、人に頼ることが苦手なまま大人になる人も珍しくないように思います。尾添さんは実家から逃げ出すときにもご友人を頼っているように、人を頼ることが得意なように見えますが、コツはありますか。

私も対人関係は成人するまではボロボロで、高校の時の友人が奇跡的に残っているものの、小学校と中学校は目も当てられないような人間関係でした。

「人を頼る」というよりは、人と会話を重ねた先に人を労わったり頼ったりがあると思っているので、まずは人とたくさん話すことを大切にしています。

——気の合う人はどうやって見つけていったのでしょうか。

価値観が合う人は必ずいるので、たくさんコミュニケーションを取り、見つけていくようにしていました。もちろん違う価値観の人とも当然話すのですが、自分の心の深い部分を相談するのは価値観が一致して、境遇が近い人が多かったです。毒親育ちでも人によって性質は違うので、毒親育ち同士で話して色々な意見を聞くことができ、視野が広がる面白さも感じました。

遊んで会話を重ねるうちに少しずつ仲良くなって、深い話をしても大丈夫だと思った友人には、何か迷って自分の中で気持ちの整理がつかなくなったときにも意見を求めています。自分だけで抱え込まないことは、早い段階で身につけられました。

——毒親育ちは親が自分を受け止めてくれなかったことから、他の人に対して「わかってほしい」という態度をとってしまう話もよく聞きますが、尾添さんもそのような経験はありますか。

18~19歳の頃に友人に対して「自分のことを全て理解してほしい」という態度をとって関係を壊したことがあります。丁寧に話を聞いてくれる女友達でしたが、頼れると思って距離を近づけすぎてしまったんです。

今振り返ると「全てを分かり合いたい」と願うこと自体がおかしかったのだと思います。分かり合うことは関係を続けてお互いを大事にした先にあることで、最初から分かり合うことを念頭に関係を築くものではないですよね。

逆に、仲良くなり始めたら相手の距離の詰め方が近すぎて、その人が人間関係に利益や損得を噛ませないと関われない人だと見抜けなかったことがありました。

毒家庭育ちには、自己肯定感の低さからモノやお金、時間や労力などに自分の感情が反映されないと攻撃的になる人がいて。私が「仲良くするのをやめたい」と言ったときに「椿ちゃんと離れたくない」「これだけ助けてあげたのに」「時間をかけたのに、割に合わない」と言われて、関係を絶つのに苦労したこともありました。

その子とは初対面で違和感を持っていたのですが、同性であったのであまり警戒心を持たなくて……。初対面での違和感や直感は大事にした方がいいと思いました。

——毒親育ちは大きく分けると「育った家族がつらかったので、自分は温かい家族を築きたい派」と、「家族に夢を持てなくなる派」に分かれると思うのですが、尾添さんは「家族を持つこと」についてどのようにお考えでしょうか。

その二大派閥は存在してると思うのですが、どちらの派閥でも家庭を持っている人と持っていない人がいますよね。今連載している「それって愛情ですか?」で取材した方は、結婚して子どもを産んで自分が子育てをするようになってから、自分がえげつないネグレクトを受けていたことに気づいたとお話ししていましたし、家庭を持った後で気づく方もいらっしゃいます。

家庭を持つ・持たないだけが人生ではないと思うので、大事なのは自分自身がどういう人間か、生まれ育った家庭から受けた影響も含めて理解することで、その後に結果がついてくるのではないでしょうか。家庭を持つことは義務ではないので、持ちたくないなら持たなくていいと思います。ただ、持ったからには責任が生じますよね。

私自身は、親のことを散々悪く描いていますが、すごく小さかった頃には愛された記憶も存在していて、親の良い面の記憶もあります。けれども実家で過ごした人生の大半が虐待でした。家庭を持つか持たないかよりも先に、自分は親のような人間にならないようにしようと考えています。

「自分は毒親家庭で育って色々な経験をしたけれども、自分は幸せになっていいんだ」と思えるようになったのは最近で……。

「毒家庭で育ったから幸せになってはいけないのではないかという思いがある」と友人に打ち明けた際に「それが頭にあるから、幸せを逃がすんじゃない?」と言われてハッとしました。友人からの指摘で「よし、幸せになるぞ!」と。そこから広い意味での良い出会いがありました。

「毒親問題」を漫画として可視化していく

——尾添さんは本作を含め、他の毒親サバイバーの経験談を漫画化されていますが、話を聞いていて、ご自分の過去を思い出してつらくなることはないですか。

一冊目の『生きるために毒親から逃げました。』で自分の境遇を振り返って描くことと平行して、メンタルクリニックでトラウマ治療をしていました。メンタルクリニックでは心理療法、記憶の整理、トラウマ治療。家では漫画を描くことでの暴露療法。描いてからは一段階乗り越えた感覚があって、今はつらくならないです。

思い出は整理するものだと思っています。脳みその容量は無限ではないので、いらない記憶は端に寄せ、必要な記憶は真ん中に寄せて情報の取捨選択をした結果、今は苦しくならないです。

他人の過去と自分の過去がリンクして苦しくなることもなくて、毒親が破壊しがちなバウンダリー(心理学定義:自分と他者を区分する意識的な境界線)を持つことが大事だと思うこの頃です。

——「描く」原動力についてもお伺いしたいです。

描くこと自体は小さい頃から好きですし、逆に漫画を描くことしかできないと思っています。

毒親問題について描くことは、私のケースは特殊でしたが、現実にはありふれたケースからもっと対応が難しいケースなど、たくさんのパターンがあります。今の社会では、どんな問題があっても闇に葬られてしまうことがまだまだ多いと思うんです。漫画にすることで問題提起していくことを大切にしています。

『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)
『そんな親、捨てていいよ。~毒親サバイバーの脱出記録~』(KADOKAWA)

【プロフィール】

尾添椿(おぞえ・つばき)
イラストレーター、漫画家。東京都出身。両親と絶縁したことを漫画にしてSNSに公開したことをきっかけにエッセイ漫画を描きはじめる。『生きるために毒親から逃げました。』(イースト・プレス社)として書籍化される。

●X(旧Twitter):@ozoekkk
 

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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