「親のせいにしたくなかった…」親ガチャにハズれた作者が「普通」に生きられるまで【インタビュー】
突然始まる暴力・「ママ」と呼んだら「なれなれしくしないで」と怒られた幼少期・月給16万のうち、8万円を家に入れるよう言われる・会社でいじめられていることを打ち明けても味方をしてくれない……「親ガチャ」にハズれた経験を漫画に描いた上村秀子さん。「優しい親」の下に生まれた人を冷ややかな目で見て、“完璧”な人間になるため努力を重ねる。ところがあるとき“完璧”の鎧は壊れてしまい……。『親ガチャにハズれたけど普通に生きてます』(KADOKAWA)は上村さんが「普通」に生きられるまでを描いた作品です。上村さんに「普通」に生きられるまでのことを伺いました。
生きる世界が狭い子どもは親の言動を我慢するしかない
——世間には親を悪く言うことを認めない空気があり、親からひどいことをされていても、親ガチャのハズれに気づくのに時間がかかる人も少なくありません。上村さん自身はいかがでしたか。
子どもの頃は自活できず、親に生命線を握られているようなものです。だからどんなに嫌なことをされても我慢しなきゃいけなくて。我慢するために「親が自分に厳しくするのは自分を愛しているから」だと思い込みます。
ゆえにその思い込みから抜け出すのに時間がかかるのだと思います。自分の場合は、働き始めたタイミングでその思い込みから抜けられました。
小さい頃は交遊関係の世界が狭いので、親から無条件の愛を求めるのは当然です。人は無条件に味方になってくれる人が欲しいと思ってしまいますし、親を見切るのは勇気が必要なことだと思うんです。その親を自分から突き放すのはある意味、自分は孤独で、無条件の愛なんて存在しなかったと認めなくてはいけないので、つらい作業でもあります。
——完璧ではない自分や「優しい親」の下で育った人たち、親ガチャにハズれた人たちが自分の性格を親のせいにすることを受け入れられるようになったことが描かれていますが、受け入れられるようになるまでに、どのような考えの変化がありましたか。
人間が抱えている悩みは全て違うもので、感じ方やキャパシティが人それぞれ違うことに気づきました。
私は人間は変わることはできないと思ってるんですよね。その代わり成長はできると思っていて。人間が生まれながらにして持っている性格は、短所も含めてどんなに努力しても変わらないと私は思います。それを変えようとすることで逆につらくなってしまうこともあると思うので、変えるのは諦めてもいいと思ってて。他人も自分も無理して変わる努力をする必要はないと思います。
そう思えるようになったのは、何か特別な出来事やきっかけがあったというよりは時間が必要でした。
——上村さん自身は自分の特性で変えられないと思っている部分はありますか。
私はネガティブに考えてしまう傾向があって、何をしても人に批判されるんじゃないかって身構えてしまうんですよね。
人の言葉にものすごく傷ついたり暗くなったりすることが多くて困っているのですが、気持ちが鬱々としているときには、この気持ちを人にうつさないように、他人と話さないようにするなど対処しています。
全部自己責任だと思っていた
——かつては他人に厳しかったことも描かれています。振り返って、なぜ他人に厳しかったのだと思いますか。
昔は「自分が社会で独り立ちしていけるのは、親のおかげではない」と思っていて、その代わり、自分の短所があっても絶対に親のせいにしないことも決めていました。言い換えれば全て自己責任で生きていくと決めていたんです。自分に厳しくて、その物差しを基準にしていたから、他人にも厳しかったのだと思います。
「自分は許されていいのだ」と思うためにも、他人のことを許す必要があることに気づいて、それから他人に厳しく振る舞うのもやめられました。
——その過程でご友人の寄り添いの影響は大きかったのでしょうか。
私には「理解のある彼くん」はいなかったので、気にかけてくれる人は友人しかいませんでした。作中に登場するMさんは寄り添ってくれたのですが、その後色々あって距離ができてしまって。今は遠くから幸せになってほしいと思ってます。
根本的には人に頼ることが苦手で、自分は「孤独」であることを認めているんですよね。自分がつらいときは、何もせず何も考えずにとにかく休んで時間が過ぎるのを待つようにしています。ただ、本作に限らず漫画を描くことは心の整理になっています。
精一杯生きているうえでの選択だった
——冒頭でも終盤でもお母さまのことに触れていますが、お母さまのことはどう気持ちの整理をされたのでしょうか。
本当は何も整理できてなくて、とにかくしまいこんで考えないようにしています。何かのきっかけで箱が開いたら大出血するので、開かないよう用心しているんです。
「100%母親が悪い」って思えればいいんですけど、残念ながら小さい頃の良い思い出も少しはあるので、それを思い出してしまうと今でも心に大怪我してしまうので。今でも夢に母が出てくるんですけどね。
——親と接することがつらくて避けている人に「後悔するよ」と言ってくる人が世の中にはいますが、上村さんはどう思いますか。
親がモラハラしてくる人だったら、話を聞く必要はないと思います。親とはいえ、人間同士なので、性格が合わないことも多々あると思いますし、縁を切ってもいいと思います。義父に対しては介護をしたくないので「縁を切ります」とは伝えていますし。もちろん縁を切るほどではないと思うなら、無理して切る必要もないと思います。
一方で、作中でも描いたように、母が亡くなる前日にメールが届いていて「あのときなんで返事をしなかったのだろう」「上手く立ち回れていれば、母親のことも幸せにできたかもしれない」と考えてしまって、思い出すとつらいです。
でもそのとき私は精一杯生きていました。母からの連絡に反応しなかったのも、精一杯生きていた結果の選択です。私は小さい頃から母親が憎くて大嫌いでした。母が亡くなったときには「ああしておけばよかった」という気持ちは湧いてきましたが、だからといって、私がした選択が間違っていたとは思ってないですし、小さい頃の自分の気持ちは尊重しなきゃいけないと思っています。
――子どもの頃からの「自分の精一杯」を肯定するのは、とても大切なことですよね。まずはそこが第一歩という気がします。
今の私の気持ちとしては、過去の親のふるまいに悩んでいる人より、現在進行形で親に虐待されている子どものほうが心配です。私も、他の方たちも、みんな救ってほしいときに助けてもらえなかったわけなので、虐待されていることに気づかない子どもたちの心を助けられたら……と願わざるを得ません。
それを可能にするものがあるとしたら、マンガや本や音楽など、子どもにも手が届きやすい文化だと思うので、今後もそれを念頭に置いて画業に努めたいと思っています。
【プロフィール】
上村秀子(うえむら・しゅうこ)
マンガ家。2008年BL漫画読み切りでデビュー。『小野寺古書店へようこそ~看板猫が導く恋~』『白百合の殺意』『年下幼なじみの尚くんは私を離さない』連載中。『精子バンクで出産しました!アセクシュアルな私、選択的シングルマザーになる』(華京院 レイ著、KADOKAWA)の作画担当。
●Twitter:@shuko_uemura
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