ヤングケアラーのリアルな視点・心情が描かれる漫画作者が語る、大人になっても続く苦しみの現実

 ヤングケアラーのリアルな視点・心情が描かれる漫画作者が語る、大人になっても続く苦しみの現実
『私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記』(C)水谷緑/文藝春秋

「ヤングケアラー」とは、本来は大人が行うような家事や家族の世話をしている18歳未満の子どものことを示します(18歳以上の若者のケアラーは「若者ケアラー」と呼ばれます)。ケアの対象は幼いきょうだい・障がいのあるきょうだい・祖父母・病気のある親などです。水谷緑さんの漫画『私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記』(文藝春秋)では、ヤングケアラーの子どもが子どもらしさを押し殺して生きる様子や、大人になってからヤングケアラーだったことに気づき、苦しみに直面しながらも自分を取り戻していく様子が描かれます。

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ヤングケアラーが担っている世話とは、料理や洗濯、ゴミ出し、買い物、きょうだいの世話だけでなく、家族の話を聞くなどの感情面のケアや病院の付き添いや薬の管理などもあります(※1)。

「自分の周りにはいない」と思った方もいらっしゃるかもしれません。しかし「世話をしている家族がいる」と回答した中学2年生は5.7%です。約17人に1人、1学級に1~2人は家族の世話をしている計算になります。なお、世話を始めた年齢は平均9.9歳とのことです(※2)。

近年、ヤングケアラーが注目される背景には晩婚・晩産によって、親や祖父母が高齢であるケースが多くなっていること、共働きや核家族化によってケアが必要な家族がいたときに子どもに頼らざるをえない状況があります。

『私だけ年を取っているみたいだ。ヤングケアラーの再生日記』の主人公・音田ゆいには統合失調症の母親がいます。母親は家で暴れ、時に包丁を向けることもありました。他に家族は父親・弟・祖父がいますが、父親は家庭に無関心、弟にはケア役割を担わせず、祖父は認知症です。

ゆいは日常の買い物・料理・服薬管理・洗濯・母親のメンタルケアなど多岐にわたる世話を担っています。学校を休むことも多く先生から心配されますが「困ってはないです」と答えたり、もう少し踏み込んで聞かれても「本当のことを言ったら家族が壊れてしまうのでは」と正直に話すことをためらったりしており、子どもが大変さに気づいたり、相談したりすることの難しさも見えてきます。

作品で描かれていることは全部実際にあったことで、個人が特定できないよう複数人から聞いた話を組み合わせて描いているとのこと。身近にヤングケアラーがいないと思っている人にとっても、ヤングケアラーのイメージが掴める作品です。作者の水谷緑さんに、取材を通して見えたヤングケアラーの実態やイメージの変化について伺いました。

「子どもらしく」過ごせない子どもたち

——ヤングケアラーをテーマにして描いた背景を教えていただけますか。

今まで『こころのナース夜野さん』(小学館)など、精神疾患をテーマにして作品を描いてきました。なので、精神疾患の人の取材はしてきたものの、子どもの存在はあまり考えてこなかったのですが、編集さんからご提案いただいたことをきっかけに取材を始めました。私が今まで「普通」と思っていたものとは違う考え方の人たちと出会って、どんどん興味を持つようになりました。

——「ヤングケアラー」にはどのようなイメージがありましたか。

当初「かわいそうな子ども」というイメージを持っていたのですが、大変な思いをしているものの、冷めた考えの人が多いことが印象的でした。

——ゆいちゃんも8歳の頃から描かれていますが、小学生とは思えないくらい冷静ですよね。

親を含めて人に期待してなくて、自分がかわいそうだとも思ってない人が多かったです。「『自分の親はダメだと思ったから、早くオムツが取れればきょうだいの面倒をみれるのに』と2歳の頃からぼんやり思ってました」と話してる人もいましたし、小学校1年生でも一家の主のように責任感を持ってる子もいて、完全に親子が逆転してる印象を受けました。

出産や育児も一般的な感覚との違いを感じました。作中でも描いたのですが「自分が母親になったときに、なぜ子どもは初めから親を信頼してるのか不思議に思った」と話してくれる人もいて、私は子どもが親を信用するのは当たり前だと思ってたので、そこから疑問を持つことにはびっくりしましたし、高校生のときにお母さんのことを考えた結果「お母さんはもう死んだ方が幸せなのかもしれないと思ってた」という話も衝撃的でした。

——ヤングケアラーの大変さについて、家事や介護などに注目されがちですが、作中では実家から離れた後も苦しみが続く様子が描かれます。

親と離れられた・親が亡くなったからといって、幸せになれるわけでもないんですよね。親が死んだ後の方が色々と気持ちが残ってしまって、囚われて苦しむ人もいます。

子どもの頃に大変な親と付き合うため、感情をオフにすることを対処法として身に着けているので、人の気持ちがわからないとか、喜びを感じづらいとか、子どもの頃の影響が大人になってから出てくるのでつらい思いをしたという話も伺いました。

漫画
『私だけ年を取っているみたいだ。ヤングケアラーの再生日記』(文藝春秋)より

家族だからといって仲が良くなくてもいい

——ゆいちゃんが途中で気づいているように、父親が家庭のことなのに他人事感があるのが気になりました。

取材した中では、お母さんが精神疾患になって離婚してる人もいましたし、仕事だけしてればいいと思っているタイプのお父さんが多くて、家庭での存在感があまりなかったです。

「おじいちゃんの介護で大変な上、お兄さんが荒れてる」といったように問題が重なってて、お母さんがキャパシティーオーバーになって精神疾患を発症して、それでもお父さんは家にあまり関与しないといったケースもありました。

お母さんも出産を機に退職したり、精神疾患が重くて働けなくなってしまったりと専業主婦の人も多くて、夫にあまり主張をしない・できない人も多くて、夫婦が対等ではない印象も受けました。

——ヤングケアラーの子どもは「自分が親を助けなきゃ」と強く思っている子もいますよね。

小さい頃からの習慣で責任感が埋め込まれてしまっているようです。結婚した後も親の近くに住んでる人がいて「お母さんのことが好きなんですか?」と聞くと、そうではないとおっしゃってました。喜んでやってるわけではないけれども「自分が何とかしなきゃいけない」という考えが染み付いてて、磁石のように引っ張られてしまうようです。

——作中では「支えるのは家族じゃなくてもいい」というメッセージをところどころで感じました。世間にある「家族で支え合うべき」という規範についてはどう思いますか。

社会では「家族の絆」は素敵なものとされていて、小学生の頃から親の仕事を作文にしたり、似顔絵を描かせようとしたり、家族の絆を深めようとするイベントが積み重なっています。その影響を受けて、一人ひとりにも「家族は仲良くすべき」という思い込みがあると思います。

でも令和4年の警察白書の「殺人の被疑者と被害者の関係別検挙状況」 では親族が46.0%で最も多く、実際には家族は暴力が起きやすい集まりだと思っています。

「家族のことは家族で解決すべき」という考えも根強く、他人があまり入り込んではいけないという空気もありますよね。確かに他者が介入するのは難しいのですが、結果、子どもにしわ寄せがいくと思います。

——水谷さん自身は取材を通してご自身の考えに影響を受けたことはありますか。

私の子どもが1歳になる前くらいに取材をしてたのですが、子どものことはかわいいと思いつつも、大変という気持ちも大きくて。取材では「家族の絆系のエンタメが嫌い」という話を聞かせていただいて、家族だから仲良くあるべきとか、子どもを常にかわいく思えないとおかしいとか思わなくていいんだと気づいて肩の力が抜ける感覚がありました。

あと本人は認めないんですけど、夫はヤングケアラーだと私は思ってて。夫も異様に人に期待しなかったり、自分が家の中でくつろぐための工夫をしなかったり、プレゼントをあげようとするとすごく居心地が悪そうだったり……人に何かしてもらう習慣がなかったので苦手みたいで、自分の意見も全然言わないんですよね。夫のことも知ることのできる取材でした。

——ヤングケアラーの子どもたちのために社会や周囲の大人はどのようなことができると思いますか。

ヤングケアラーの子は自分がヤングケアラーだと気づいてないことが多く、かつプライドを持って取り組んでいるので「助けてあげる」といった同情した態度だと嫌がられます。

親が通院してる場合には、子どもが一緒についてくることが多いので、医師や看護師が話しかけたり、あえて子どもが好きそうな『週刊少年ジャンプ』などを置いてたり、夏休みの宿題をやる日を作ったりしてるという話を聞きます。

無関心でないことが第一歩になると思ってます。近所の人がいつも気にかけて物を持ってきてくれたとか、声をかけてくれる大人がいて、当時は無視していたけれども、大人になって回復してきてから一人じゃなかったと思えて泣けたとか聞かせてくれた人もいて、後々癒しになることもあるようです。身近に気になる子がいる場合、難しいかもしれませんが、挨拶などちょっとした接点を繰り返せば話してくれる可能性があるとは思います。

※1 参照:『ヤングケアラーってなんだろう』(澁谷智子著/筑摩書房)
※2 参照:https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2021/04/koukai_210412_7.pdf

『私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記』(文藝春秋)
『私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記』(C)水谷緑/文藝春秋

【プロフィール】水谷緑(みずたに・みどり)
神奈川県生まれ。好きなものはモチモチした食べ物。『あたふた研修医やってます。』(KADOKAWA)でデビュー。主な著書に『精神科ナースになったわけ』(イースト・プレス)、『大切な人が死ぬとき』(竹書房)、『カモと犬、生きてる』(新紀元社)、『こころのナース夜野さん』(小学館)、精神科医・斎藤環との共著『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)。Twitter:@mizutanimidori

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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『私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記』(文藝春秋)