シンガポール人アーユルヴェーダボディーワーカーが語る「アーユルヴェーダが教えてくれた偉大なこと」
シンガポールのアーユルヴェーダボディワーカーのCandiceが、5000年の歴史を持つ伝統医療アーユルヴェーダに出会ったのは5年前。2019年には、縁あってアーユルヴェーダマッサージを提供するSOL Houseをシンガポールに創設しました。今回は、11月にリニューアルオープンした彼女のスペースを訪ね、アーユルヴェーダの本質について、また日本人にも取り入れやすいアーユルヴェーダルーティンについて伺いました。「アーユルヴェーダは日本人には合わない」という意見も耳にしますが、もしかしたら難しく考えすぎているのかもしれません。
アーユルヴェーダは「自然との調和」
– アーユルヴェーダが、一体何なのかということを考えると、すごく大きいものですよね。 アーユルヴェーダを簡単な言葉で言い表すとどうなると思いますか?
Candice: 「自然との調和」ですね。それが最もシンプルな説明になると思います。と言うのも、アーユルヴェーダでは、自然界のすべてのものは「地」「水」「火」「風」「空」の5つの元素で成り立っていると考えられています。これらは、私たちの体を含めた物質や心も構成しています。例えば、「地」は土台を築く働きを持つ元素ですが、穏やかで、安定した性質があります。体で考えると骨格や筋肉など地に属する部位です。「水」は、流動性を備えた要素で、血液やリンパ液など体内を流れる体液は水の要素によって構成されています。
– 自然のエネルギーによって、私たちの体や心は形成されているわけですね。
Candice: はい。この5つがそれぞれ影響を及ぼし合い、常にその割合は変動していきます。ライフスタイルや食生活によって、私たちを構成している要素が変化し、バランスを崩すと心身の不良につながると考えます。例えば、風の元素が強くなりすぎてしまうと、ドライスキンになってしまうということもありますし、体の中が乾燥して(水分が減って)便秘になってしまうということもあります。また、心に影響して、空虚感を感じる人もいるかもしれません。そのバランスの乱れを、自然と調和して快適な状態に戻していくことが、アーユルヴェーダだと考えます。
– 自然と調和して心身のバランスをとっていくということですね。自然と調和する具体的な方法で簡単なものはありますか?
Candice:"休息 "と "自然の中で過ごす機会を作る”ということは、どなたにとっても有益なことではないでしょうか。特に現代的な都市生活をしている人は、音であったり、テキストメッセージであったり、感覚的なインプットに常に強く刺激されていますよね。休もうと思っても、休んでいないことって本当に多いです。例えば、ソファーに座って、すぐにスマートフォンを手にとることってありませんか?
– ありますね…休んだはずなのに、全然疲れが取れないこともあります。
Candice: そこで、休息の質を高めるために、自然の中での時間を増やすようにするのはとても実用的だと思います。自然の中に戻れば、何をすればいいか、何をしなくていいかという答えが自然に見えてきます。
– 確かに自然の中で過ごす時間はリフレッシュできますし、更には、次のステップにつながったりアイデアがパッと浮かんでくるということもあります。
Candice: そうですね。けれど、体質は人によって全く違います。似たような体質の人であっても、やはりそれは違うんです。例えば、アンバランスの出方が、人によっては身体に出ることもあれば、心であったり感情であったりもします。また、その人のベースラインは今どこにあるのかによっても変わってきます。ですので、自然との調和をもたらすには、まず自分を理解しなけばいないということが大前提にあります。そういったことを考えても、自然の中で過ごす時間を通して、自分を理解していくことは役立つのではないでしょうか。
アーユルヴェーダで自分の人生を自分でコントロールすることができるように
– アーユルヴェーダとの出会いについて教えてください。
Candice: 20代半ばに仕事を辞めた時、楽しみのために勉強できるものを探していたんです。どういう経緯で出てきたのかはよく覚えていないんですが、たまたまシンガポールでアーユルヴェーダの基礎コースを提供しているスクールを見つけて通うことにしました。
– それまでアーユルヴェーダに興味を持ったことはありましたか?
Candice: 特になかったですね...
– 直感的に何か惹かれるものがあったのでしょうか。そこからアーユルヴェーダの学びを更に深めようと思ったのはどうしてでしょう?
Candice: 実は、私は※PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)を患っていたんです。今振り返ってみて、PCOSは、問題の初期段階ではなかったと思っています。というのは、PCOSが発症する前の10代のはじめ頃から月経周期の遅れやホルモンバランスの乱れなどの症状が徐々に出てきていました。西洋的な解決策であるピルを飲んでいた時期もあります。即効性もありましたし、周期も整いました。だけど、それは自分ではないものにコントロールされていると私は強く感じていたんです。「自分を自分でコントロールできていない」「私には自分の人生へのエンパワメントがない」と感じ、すごく無力感を感じました。「いつまでも薬に頼っていなければならないの?」というように。
※PCOS (多嚢胞性卵巣症候群) : 両側の卵巣が腫大・肥厚・多嚢胞化し、月経異常や不妊に多毛・男性化・肥満などを伴う症候群 (公益社団法人 日本産婦人科医会)
– アーユルヴェーダ以前、別の代替療法を試したことはありましたか?
Candice: はい。15歳のときから色々な代替療法を試してきて、中医学も試しました。
– シンガポールでは中医学はポピュラーですし、質の高いものが受けられますよね。
Candice: そうですね。中医学は、私のPCOSの症状を緩和するのに役立ったと感じています。でも、正直なところ、ピンとこなかったんです。
– どうしてでしょう?
Candice: 例えば、"青と緑、どっちが好き?"と聞かれて "青 "と答えるような感じです。理由を聞かれても「ただ好きだから」「ピンときたから」っていう時ありませんか?
– あります!
Candice: そんな風に、中医学はピンとこなかったんです。その後も、PCOSの問題は常に私の生活の中にありましたが、それを放置していました。
– アーユルヴェーダは最初は勉強から始めたということですが、PCOSの治療も始めたんですか?
Candice: はい。スクールに通っている間に、スクールが運営しているアーユルヴェーダ治療院に行くようになりました。その頃にはすでに新しい仕事を始めていたんですが…新しい職場環境では、新たなストレスが生じたり、バランスが崩れたりするじゃないですか。でも、治療院でのセッションを重ねるたびに、自分が浄化されて、自分の体のことをより深く知ることができるようになっていったと感じました。その後、月経周期も整い、健康な状態に戻りました。
– すごいですね。
Candice: アーユルヴェーダ治療院での治療では、ヨガセラピーも一緒に受けたんです。ヨガのポーズは家でも自分でできるもので、自宅でも自分のために何かすることができるというのはとても心強かったです。次のセッションに頼る必要はなく、自分の人生を自分でコントロールできるようになったと感じました。
– アーユルヴェーダでの治療を通して感じたことはどんなことでしょうか?
Candice: 治療の期間は6ヶ月ほどかかりました。決して短い期間ではありませんでした。振り返ってみて印象に残っているのは、プロセスがとてもゆっくりであるということですね。一朝一夕で分かるものではなく、とても時間がかかります。要するに、コミットする必要があるんです。ですが、治療を通して、PCOSの問題だけでなく、全体的な健康のために自分で何をすればいいのかを理解することができて、心が晴れやかになったと思います。
– ゆっくりとしたプロセスについて、どう思いますか?
Candice: 大好きです。この経験から、これまで自分がどれだけ急いでいたのか、またすぐに結果を出そうとする目的は何なのかなど、疑問を持つことができました。私たちって、小さな頃から素早く反応し、素早く行動することを要求されていることが多いと思うんです。それを積み重ねてきたことで、ある種の良くない習慣になってしまったのかもしれません。アーユルヴェーダのプロセスは私に忍耐を教えてくれていますし、もっと自分の体に向き合うことも教えてくれています。もちろん、教科書に書いてあることのすべてが私に適用するわけでもなく、これが自分に向いているのかどうか、時間をかけて考える必要もあります。けれど、それも含めてとても楽しんでいます。
– この現代社会では、すべてがあまりに速いため、自分自身をグラウンディングさせるために、ゆっくりなプロセスは素晴らしいことだと私も思います。一方で、人によっては、それを受け入れるのがとても難しく、イライラしてしまうかもしれません。イライラしないためのヒントはありますか?
Candice: ヒントは... ないと思います。ごめんなさい!けれど、恐らくそのプロセスに耐えられない人は、その時点ではまだ完全に受け入れる準備ができていないことを意味しているのではないでしょうか。
– 確かに、ある時点で受け入れられなかったことが、時間の経過とともに、受け入れられるようになることは結構ありますよね。
Candice: そうですね。それに、感情の爆発は素晴らしいことだと思うんです。だって、そういった感情は、人生を淀みなく過ごすのではなく、変化をもたらしてくれることだと思うんです。時には、私たちを苛立たせるちょっとしたきっかけが必要なんだと思います。けれど、もちろんお金をかけている人が結果が欲しいのはよく分かります。だから、これは、セラピストや医師が、正直に説明すべきポイントでもあると思うんです。明確な期間を告げることは難しいですが、アーユルヴェーダは時間がかかるものだということ、もしそれにコミットする準備ができていない、あるいは忍耐強くいられないのでは、今は難しいというように。
学べば学ぶほどシンプルになるルーティン
– 毎朝のアーユルヴェティックルーティンを教えて下さい。
Candice: 必ずすることは舌磨きです。そうすることで寝てる間に出てきた毒素を取り除くことができます。それから、コップ一杯の白湯を飲み、マラーサナのポーズをしばらくとって、腸が活性化するのを待つようにしています。また、その後、腸が温まるのを待ちながら瞑想もします。瞑想が終わったらトイレに行ってお腹をきれいにしてから朝食をとるか、時間があればセルフアビヤンガ(アーユルヴェーダマッサージ)をすることもあります。その場合は、シャワーを浴びて、朝食をとります。
– すごくシンプルなルーティンですね。
Candice: 面白いことに、私のルーティンは学べば学ぶほどシンプルになっていっていくんです。最近は、1日をスタートする前に、1から10のステップを踏む必要があると感じる人も少なくないと思うんです。けれど、私はそれをすごく商業化されたものだと感じていて、実際はすごくシンプルなんです。もちろん、私も全てやりました。けれど、圧倒されてしまったんです。「これって本当にアーユルヴェーダなの?」というように。だから、本当に必要なものは何かを考えるようになったんです。
– 確かにアーユルヴェーダの朝のルーティンって、一つ一つは小さいことですが、全部をやろうとすると大変ですよね。アーユルヴェーダの旅を始めたいと思っている人がいたら、まず何をすべきでしょうか?
Candice: 好きなことから始めるのがいいと思います。食べ物が好きな人はアーユルヴェーダの食事法から始めてみればいいと思います。マッサージが好きなら、そこからスタートすればいいのではないでしょうか。また、オイルや製品を購入するだけでも、旅の始まりになりますよね。また、自分の心に響く旅の導き役を見つけることも大切だと私は感じています。というのも、共感し信頼できる人から教えてもらったものや、分かち合ったものは、よりオープンに、そして完全に受け取ることができると思うからです。
日本人に合うアーユルヴェーダとは?
– 日本に旅行に行きましたよね。どうでしたか?
Candice: すごく良かったです!2回目の日本でしたが、今回は東京と鎌倉、箱根に行きました。
– 日本にいる間にアーユルヴェーダ的なものを感じましたか?
Candice: もっと時間があればよかったなと感じているんですが... 自然との調和ということを考えるのであれば、日本には間違いなくその要素がたくさんあると感じました。東京という大都会にいても、自然に溢れていますし、お寺などの静かな場所がたくさんありますよね。それは、私をグランディングさせてくれて今ここにいることを感じさせてくれました。
– 東京ではどのお寺に行ったんですか?
Candice: 明治神宮と築地本願寺に行きました。築地本願寺はすごく大好きになりました。自然に囲まれたお寺ではありませんでしたが、ヴァイブレーションがとても気持ちよかったです。また、築地本願寺にあるカフェで「18皿の朝ごはん」を食べたんです。プレゼンテーションのスタイルがとても気に入りました。味のバランスはアーユルヴェーダでも重要視されていることで、そこにもアーユルヴェーダ的な要素を感じました。
– 日本人がアーユルヴェーダを取り入れたライフスタイルや日常生活を送るにあたって、何かアドバイスはありますか?日本は地域や町によって生活様式が違うので、どこに住んでいるかにもよると思いますが、基本的に日本には、シンガポールのような忙しいライフスタイルを送っている人はとても多いです。
Candice: セルフアビアンガがいいのではないでしょうか。私にとって、セルフアビアンガを通して自分の身体を親密に知ることは、健康面だけでなく、ペースを落とすという意味でもとても役に立っています。というのも、私たちは自分の体を丁寧に触ることにあまり時間をかけていないと思うんです。アビアンガはマッサージというだけでなく、自分の体に戻る旅そのものだと思います。アビヤンガをして、シャワーを浴びて、もし時間があれば、瞑想したり、少し日記を書いたりするようにもしています。次のことを急ぐのが好きではないんです。自分自身とつながることで、他者ともつながることができるようになると思います
– 素敵ですね。アビアンガでは温かいオイルを使うんですよね?
Candice: はい。温かいオイルの使用には、私たちの体からすべての不純物をクリアにする目的があります。私はいつも、熱湯をいれたボウルを準備して、そこにオイルを注いだ小さなカップをいれて温めます。カップがなければ、オイルのボトルをそのままいれても大丈夫です。オイルが温まったら手のひらにオイルをつけて、頭頂、耳、鼻、へそ、足の裏に塗布して下さい。それらのポイントを終えたら、あとは好きな形で、好きなようにオイルを塗布します。シャワーを浴びる前に、キッチンタオルやオイルがついてもいいタオルで軽く拭き取る人もいます。排水溝が詰まるおそれがあるかもしれないので、ボディーソープはあまりたくさん使用しないで下さい。シャワーを浴びたら、新しい服を着て、できれば座って呼吸をしたり、日記を書いたりして、自分を見つめ直すといいかもしれません。アビアンガは、早朝に行うことが勧められていますが、いつでもできる時にやるのがベストです。
– 自分の体質を判断することはなかなか難しいと感じる方もいると思います。ユニバーサルなオイルはありますか?
Candice: セサミオイルはよく使われるオイルです。けれど、覚えておきたいのは、オイルには体質ごとに異なったインパクトや効果があるということ。ですが…とにかく楽しんで色々なオイルを試してみてください。そのために、ログブックのように記録するのもいいと思います。例えば、今日のアビヤンガは何をしたのか、消化や感情、睡眠の質、食事などにどう影響したのか。また、アビヤンガをやらなかった日や、アビヤンガをやった日と比べてどのような影響があったかを見ることもできます。
– ジャーニー(旅)ですね。
Candice: そうですね。アーユルヴェーダには、たくさんのコミットメントと献身が必要です。けれど、コミットすれば、多くの見返りもあるはずです。
– 最後に、世の中にどんなことを伝えていきたいか、また今後のビジョンについて教えてください。
Candice: この空間(SOL House)は、アーユルヴェーダマッサージ以上のものを提供する場所にしたいと思っています。より幅広い層と、アーユルヴェーダを分かち合いたいと思っているんです。というのも、一般的にアーユルヴェーダに興味を持つ人の多くは、その人が健康への道のりを歩んでいたり、何か問題を抱えていて、その解決策を探したい人だと思うんです。そういった人たちは、自らクリニックに行ったり、オンラインで学んだり、スクールに通います。つまり、そういった人たちは、ライフスタイルの面で、今いる場所をより意識し、心に留めている人たちだと思うんですよね。だけど、私は、まだアーユルヴェーダを聞いたこともないような、より多くの人々に手を差し伸べたいと考えています。マッサージってアーユルヴェーダに興味がない人でも、受けやすいものだと思っています。まずはマッサージを体験してもらい、アーユルヴェーダに興味を持ってもらいたいですね。これまでの3年間にいくつかのワークショップも開催してきました。これからも、マッサージ以上のたくさんの教育を提供したり、人々が集まってアーユルヴェーダについて輪になったり、分かち合ったり、話したり、勉強したりできる場所にしたいと思っています。
【プロフィール】Candice
アーユルヴェーダ・ボディワーカー/ SOL House創設者。10代の頃より、ホルモンバランスの乱れと多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を患い、様々な医学的アプローチを何度も試行錯誤した結果、アーユルヴェーダが最適だと感じる。CIBTACアーユルヴェーダ・ボディワーク・セラピストの資格を取得し、現在もアーユルヴェーダの学びを継続中。アーユルヴェーダの叡智を真摯に学び探求する人々に、安全で偏見のない空間を提供することがCandiceの夢。
AUTHOR
桑子麻衣子
1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。
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