【人手不足・プレッシャー…保育士の愛情が歪む背景】元保育士が語る保育園の裏側と働き方の課題

 『問題のある保育園』(オーバーラップ)より
『問題のある保育園』(オーバーラップ)より

『問題のある保育園』(オーバーラップ)は、個人が特定できないよう脚色を交えながらも、さいおなおさんの保育園勤務での経験談をもとに描かれていて、保育園の現状や裏側を見ることができます。さいおさんは保育園で3年勤務した後、現在は漫画家兼ベビーシッターとして働いています。さいおさんに、保育士の働き方で課題に感じたことをお話しいただきました。

広告

1年目のさいおさんが組むことになったのは、1年先輩のユガミ先生。就職して数か月経過し、ユガミ先生のある行動が気になるようになります。それは特定の子を傷つけるようなことを言い、泣かせた後で慰めるという行為。子どもの愛情を試しているようでした。

さいおさんは違和感を覚えたものの、新人でもあったため上手く指摘できないでいました。あるとき園長先生に相談し、ユガミ先生に注意が入ったものの、歪んだ愛情は治まる気配がありません。日々ユガミ先生への疑惑が積もる中、ある日見過ごせない行動があり……。

相次ぐ行事と求められるクオリティで、先生たちのプレッシャーが大きくなる様子も描かれています。ユガミ先生の愛情はなぜ歪んでしまったのでしょうか。保育士さんの置かれた現状について考えるきっかけになる作品です。

『問題のある保育園』(オーバーラップ)より
『問題のある保育園』(オーバーラップ)より

離職理由は本当に待遇や人手不足?

——保育園で働いていてどんなことが印象に残っていますか。

子どもとコミュニケーションを取りながら信頼関係を築き、日々過ごす時間がすごく楽しかったです。先生たちと一緒に行事に取り組んだり、苦しいことを一緒に乗り越えたりすることで絆も生まれて、プライベートで食事に行く仲になった先生もいました。

一方で書類が全部手書きなど、アナログなことは悪い意味で印象に残っていますね。文書作成そのものも手間がかかりますし、ファイルから探すのも大変ですし、紙が増えるので管理の負担も増えていました。実習でも、私が実習に行った園は、実習の日誌を下書きして、担当の先生に確認してもらったら清書するルールだったので、その日の下書きと前日の清書と1日で2日分書いていました。

——実際に勤務していて、保育士の働き方についてどんなことを課題に感じましたか。

世間一般で知られているように、お給料が低いことと人手が足りないことは課題に感じました。でも今の時代、保育士を目指す時点で、ある程度覚悟はしていると思うんです。待遇と人手不足だけでしたら、離職するほどの不満は溜まらないかもしれないと感じた部分もあります。

たとえば、人手が足りないのに優先順位が低そうな仕事を取り入れてしまうことがあって。壁面(へきめん)といって、毎月新しいものを作って教室を装飾するのですが、先生の手作りでなければいけない園もあります。行事の数が多かったり、行事の準備に膨大な時間をかけたりすることも忙しさの拍車がかかっていたと思います。人手が足りないなら、子どもに向き合う時間を優先した方がいいと私は感じました。

私が働いていたのは認証保育園という種類の園でしたが、人気なのは認可保育園です。なので「あえて認証保育園に入れたい」と思われる必要があって、運営母体が株式会社なこともあってか「選ばれる園になる」という意識は強く感じました。認可保育園に負けないために必要以上にクオリティの高い出し物を用意したり、園児を頑張らせたり、先生たちにプレッシャーがかかるような空気はありましたね。

——「人手不足で厳しいので見直しませんか?」とは言いづらい空気なのでしょうか。

そうですね。壁面や行事のルールは園長先生の意向であることが多いんです。特に先輩も「そうあるべき」という考えですと、新人が違和感を持っても言い出せない雰囲気ではありました。私自身も働いているときから少し違和感を覚えていたものの「そういうものなのかな」と受け入れたところがありました。保育園から離れてみて、違和感が明確になりましたね。

本来は避けたいけれども……2年目と1年目の先生がペアに

——ユガミ先生について、最初はどのように見ていましたか。

わざと泣かせるような声のかけ方をしていて違和感を覚えて、少し先輩に相談していました。でも直接は言いづらかったです。自分は新卒で経験も全然なくて、かつクラスにいる大人はユガミ先生と私だけなので、クラスの雰囲気を壊したくないという思いもありました。どうするべきなのか、日々悩んで、モヤモヤしながらストレスを溜め込んでいました。

——2年目には、さいおさんも新人保育士と組んで働く描写がありました。ユガミ先生の見方は1年目と2年目とで変わりましたか。

そうですね。2年目で新人と組むという、ユガミ先生と同じ状況になりました。2年目で新人と組むのはすごく大変で、きっと心がグチャグチャだったのかなと少し共感するところはありました。良くないことは「良くない」と言わなくてはいけないものの、私が結構きつく詰め寄ったので、少し罪悪感もありましたね。

——2年目で新人と組むのは珍しくないのでしょうか。

X(旧Twitter)で漫画を公開したときに「こんなのありえない」「うちの園は絶対にない」といった声も結構届いたのですが、2年目と1年目が組んだり、2年目から担任をしたりすることは正直、珍しくはないという感覚です。

もちろんそうしない園もありますし、多くの園では2年目と新人を組ませたり、2年目で担任をしたりすることはなるべく避けたいことだと思います。ただ、人手不足でそうならざるを得ない状況なのも現実です。

1年働いたら「1年やったのだからできるよね」という扱いになることが多いのですが、1年目は自分のことで精一杯で、経験しても記憶に残っていないこともあります。最低でも3年目でないと新人と組むのはきついと感じました。

——2年目で新人と組んで、実際にどういう部分が大変でしたか。

新人は仕事をまだ覚えていないので、効率的にこなすのが難しいですし、子どもとうまく接することもできなくて、たとえば変に泣かせてしまったけれども上手くなだめられなくて、それをカバーしなきゃいけないなんてこともあるんですね。

12人のクラスを2人で見ていたので、保護者への連絡帳も単純に割れば1人6冊なのですが、新人は書くのも慣れていません。親御さんに伝えるものなので、悪気はなくても嫌味になってしまうと問題なので、最初は連絡帳の下書きをして、先輩に見てもらうという工程もあります。だから最初は2冊だけ書いてもらうのですが、その分自分が書かなきゃいけない冊数も増えるわけでして……。全体的に自分の仕事+1.5人分の仕事をこなさないとクラスが回らなくなると感じました。

保育園の現状や保育士の働き方について考えるきっかけに

——ベビーシッターに転職した経緯をお話いただけますか。

保育園の勤務中に、偶然ベビーシッターというお仕事を知りました。気になって少しは調べたものの、一歩踏み出す勇気もなくそのままになっていたのですが、あるとき知り合いのお子さんを見る機会があって、状況がベビーシッターっぽくなったんですね。実際に経験してみて、自分に合っているかもしれないと感じました。

保育園ではどうしても作業を優先しなくてはいけないときがあったのですが、ベビーシッターは一対一で子どもとゆっくり向き合うことができます。遊び方も目の前にいる子のことだけを考えて選べるんです。保育園で働きながら「もっと一人ひとりとゆっくり向き合いたい」と感じていたので、私にはベビーシッターの方が合っていると感じて転職を決意しました。

——SNSで連載していた頃から大きな反響がありましたが、印象に残っている読者さんの反応はありますか。

ユガミ先生を嫌な人として描きすぎてしまった部分はあったので、ユガミ先生にも私にも批判的な意見が集まるのではないかとドキドキしていました。実際に「ムカつく」といったユガミ先生に否定的な意見はありました。でも意外と「保育士さんって本当に大変だよね」とねぎらってくれる声が多くて、ユガミ先生の行動の背景についても考えてくれるような意見も多かったです。保育士さんや園の事情を考えるきっかけになったのではないかと感じています。

後編に続きます。

『問題のある保育園』(オーバーラップ)
『問題のある保育園』(オーバーラップ)


【プロフィール】 
さいおなお

保育園で3年勤務後、独立してベビーシッターとして活動中。
『さいお先生は今日も子どもに翻弄される』(竹書房)、『3時間だけママを代わります! 駆け出しベビーシッターの奮闘記 』(オーバーラップ)

■Instagram:@saionao_
■X(旧Twitter):@saionao_
■ブログ:https://saioblog.com/

広告

AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

『問題のある保育園』(オーバーラップ)より
『問題のある保育園』(オーバーラップ)